第33話:副会長の実力
「あの……神巫さん……」
生徒会室を出て、実技場に向かう途中、俺は神巫さんに声をかけた。
「どうしました?」
俺よりも数歩先を行く神巫さんがこちらを振り向く。せっかくの機会だから隣に並んで何かしら話したいと思ったが、彼女から放たれるオーラに気圧され、話すことができないでいた。
それでも、これから話す事柄だけは重要であるため伝えておかねばならない。
「堂前さんは我妻の実力を測るために自分の戦い方を調整していましたが、神巫さんは初めから全力で戦ってください」
自分が全力で戦っているというのに向こう側が力を制御していた。なんてことが自分の知らないところで起こっているのは避けたい。幸い、俺と神巫さんは警備のペアではない。一撃で決着がつく結果となっても問題ないだろう。
「良いでしょう。私も堂前くんのやり方には少し不満があったんです。もし、私が我妻さんの立場だったら、剣で滅多刺しにしてやりたいと思いますから」
了承は得られたけど、すごくおっかないことを聞いてしまったな。今後、神巫さんの逆鱗には触れないように行動しよう。
「私に全力を出させたいのであれば、場所を変えるとしましょう」
「実技場ではない場所でやると言うことですか?」
「いえ。実技場ではありますが、堂前さんたちが戦っていた場所とは別の場所で行います。一年生はまだ訪れたことがないと思いますので、私について来てください」
神巫さんは再び前を向き、淡々と歩き始めた。その後ろをついていく。
二人の歩いた時に鳴る靴音だけが響き渡る。「どこに行くんですか?」と聞きたいところだが、「ついてくれば分かります」と一蹴される気がして喋れない。
こういう時、みんなはどんな感じでコミュニケーションを取るのだろうか。
話題を考えている間に実技場に到着。結局、一言も喋れることができなかった。
実技場に入ってすぐ、神巫さんは近くにあるエレベーターに足を運んだ。一階で止まっていたようで、ボタンを押した瞬間にドアが開く。彼女が乗ってから俺も後に続いた。
神巫さんは入ってすぐ左にあるボタンの羅列から『地下一階』のボタンを押す。
「久遠くんの中学では、VR空間を用いての実践演習はしたことがありますか?」
エレベーターに入って初めて神巫さんが口を開く。
「VR空間……いえ、記憶にはないですね」
遥斗に転生したのが3年の3学期だったため、それ以前に使っていた可能性は大いにありえる。でも、俺自身に経験がないのであれば、「ない」と口にするのが得策だろう。
「そうですか。なら、最初は久遠くんの身体がVR空間に慣れる時間に使いましょう」
「今から俺たちはVR空間で戦うんですか?」
「ええ。久遠くんは私と全力で戦いたいのでしょう。私が本領発揮するには、堂前くんたちの戦っている場所では狭すぎるんです。だから、広大な場所で戦うことのできるVR空間を使おうと思うんです。そういえば、私の能力をまだ教えていませんでしたね」
神巫さんがそう言ったところでエレベーターの扉が開く。
「インヴォーカレ・ビースティア。【幻獣降霊】。それが私の能力です」
能力について教えたところでエレベーターを出ていった。
降霊。リアルな獣、それも実際に見たことのない幻の獣で戦ってくる。広大な空間が必要なのは数を打って戦ってくるからか。
自分とは違う生物を通して戦ってくるというのは芦田で体験した。違う点があるとすれば、神巫さんの言っていたように戦った空間の広さだろう。3体だった氷の造形が、数十、数百に及んでいたとしたら、勝利は極めて困難だったかもしれない。
地下1階にやってくると、神巫さんは扉横にある生体認証システムに手をかざす。彼女曰く、ハードウェアの置かれた場所には基本的に施錠がされているらしい。開くことができるのは先生と生徒会のみ。生徒会の権力はかなり高いみたいだ。
部屋には仮想空間にダイブするためのカプセル装置が2行5列で計10個置かれている。
「どうして10個なんですか?」
「普段の日常で目にしているかもしれないですが、我々の多くは高校卒業後に警察の異能公務課に配属されます。異能公務課は1班5人で形成されておりますので、それ用に5人チーム戦を行えるように開発しているんです」
「なるほど」
「特に決まりはないので、好きなカプセルを使ってください。カプセル内に入って肘かけに腕を乗せて、椅子に深く腰掛ければ後はシステムが勝手にやってくれます」
神巫さんの指示を受け、俺は一番近くにあるカプセルに腰掛けた。言われたとおり、カプセル内からAIによるアナウンスが流れ、手首と頭から目までを鉄製の器具に覆われる。手首がチクっと痛むと、意識を失い、気づいた時には広大な街に佇んでいた。
「来たようですね」
少し離れた位置に神巫さんの姿がある。俺よりも先に仮想空間にダイブしたようだ。
「先ほど言ったようにまずは慣れるところから始めましょう。体を動かしたり、技を使ったりと好きにしてください」
神巫さんは片手を腰にやりながら俺の様子を身守る。
初歩ではあるが、腕を振って足を上げて見る。異能力を育成する学校なだけあって扱っているVR機器の精度は高かった。
まるで現実世界かのように自由に体を動かせる。
この調子で異能力も使ってみることにしよう。俺は今までで一番多用してきたであろう【瞬間移動】の技を使う。
場所の認識は全くできていないので、神巫さんの目の前に姿を現すことにした。急に目の前に来たことでびっくりして澄ました表情を崩したりしてくれたら面白いのだが。
「【脳内模倣】」
神巫さんの目の前をイメージし、【瞬間移動】を発動。
視界はガラッと変わり、神巫さんとの距離を一気に詰めた。
「やべっ!」
刹那、何かに乗り上げていたようで体が前に倒れる。
なんとか踏みとどまることができた。だが、バランスを取ろうとして手を前に出したためか、俺の手は神巫さんの胸を握りしめてしまっていた。
澄ましていた神巫さんの頬が赤く染まる。
俺の手を強く弾き、身を後ろに寄せる。両腕でしっかりと自分の胸を押さえていた。
「好きにしてくださいとは言いましたが、まさか私に淫らな行為をしようとは」
「ち、違うんです! これは不可抗力というやつで!」
「まあ、いいでしょう。これで本気を出す理由が見つかりました。もう体は十分に動かせたでしょ。さっさと始めましょう」
本気というか120%くらいの力を出してきそうな気がするほど、神巫さんの形相はひどく怖いものだった。俺は泥棒の如く抜き足差し足で颯爽と距離をとる。
「では、始めましょう。クラスカースト決めで扱うバッジはここでは手を胸に数秒間当てれば展開されます」
神巫さんは胸に手を当てる。数秒してから腕に校章が展開し、神巫さんを薄い光の膜が覆った。
「あんまり人の胸をジロジロ見ないでください。殺しますよ」
「ご、ごめんなさい」
慌てて視線を外し、手を胸に当てた。少しして校章が現れ、同じように光の膜が展開される。
「試合を始めます。5、4、3、2……」
始まる寸前に構えをとった。神巫さんは両手を合わせる。
「1、試合開始」
「【幻獣降霊】ヤマタノオロチ」
合図と同時に、神巫さんが自身の能力名と幻獣の名前を口にする。
すると、彼女の後ろに大きなシルエットが浮かび上がる。奴は神巫さんの背後に建てられた建造物を軒並み破壊する。大きな土煙がまった。
八つの顔を持つ赤目の龍。古の書物に出てくる伝説の生物。
ヤマタノオロチは姿を現すと同時に、俺に向けて大きく火を吹いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます