第29話:招集
朝の8時50分。いつもよりやや遅い時間に寮を出て、校舎のある方へと歩いていく。校舎に行くのは入学式の日が最後だから三日ぶりか。
「遥斗く〜ん!」
校舎にたどり着くと、伊井予が声が聞こえてきた。顔を向けると彼女は手を振りながらこちらに走ってくる。一昨日同様、竹刀の入ったバッグを背負っていた。
「おっはよ!」
「おはよう。伊井予にしては案外遅いな」
「そう? 9時に集合って書いてからちょうど9時に着くようにしただけだよ。私としては遥斗くんの方が遅いと思ったくらいだよ。クラスカースト決めの時は私よりも早く着いていたはずだから」
「上級生がいるところに単身で待たされたくはないんだよな。気まずいからさ」
「なに? ビビってるの?」
伊井予は冷ややかな視線を向けてくる。
「ビビってなんか……ねえよ……」
「うわぁ、その間はビビってる人のやつだ。別にビビる必要ないと思うけどな。私より強いんだからさ」
「どんな根拠だよ。伊井予より強いからって上級生より強いとは限らないだろ?」
「うんうん。私より強いなら上級生より強いよ。敵わない相手がいるとすれば生徒会会長、生徒会副会長くらいじゃない? 生徒会のメンバー程度なら余裕」
「随分と自信あるんだな」
「当たり前だよ。だって所詮は実戦経験の乏しい小童だもん」
先ほどまでとは打って変わって、その言葉にはとても強い感情が込められていた。伊井予の方に顔を向けると、依然として朗らかな笑みを浮かべている。それがより一層先ほどの言葉を悍ましくさせていた。
「それにしてもどうして生徒会に呼ばれたんだろうな? 非戦闘特化クラスのAグループだからか? この前の夜襲が効いたのか?」
生徒会からの招集。俺と同じ文言が伊井予と我妻にも届いていた。俺たち3人の共通点があるとすれば今の二つくらいだ。
「どっちも理由に含まれているんじゃない? あるいはそれ以外にも理由があるのか。まあ、行ってみれば分かるでしょう」
話している間に生徒会と書かれた電子掲示板の設置された部屋に到着した。
ノックを3回。少しして扉が自動的に開いた。開いてすぐ我妻の姿を発見する。その他見知らぬ生徒が3人彼女の隣に並んでいた。
俺と伊井予は我妻の横を歩いていった。
「これで招集をかけた6人が揃ったみたいだね」
横にいるメンツの顔を覗こうとしたが、前から聞こえてきた一般よりもやや高い男声に惹かれ前に顔を向ける。
目の前にある四角形に並べられた机の左右二辺に二人座し、最奥には男性が座り、その後ろで女性が立っている。先ほどの声の主は座っている男性からだろう。
ストレートの髪が顎の辺りまで伸びている。微笑ましい表情には余裕が感じられる。それでいて、細い目にある瞳は終始相手を見定めるように感じられるので、こちらに余裕を与えてくれない。
「さて、全員揃ったところだからとっとと始めてとっとと終わろうか」
肘ついた腕を机から離し、机の下に隠す。
「まずは自己紹介から始めようか。僕はこの学校の生徒会会長を務める
やはりと言うべきか、生徒会に勧誘する目的で俺たちを呼び出したようだ。
「生徒会は具体的にどう言った活動をしているのでしょうか?」
久世さんの言葉を受け、俺とは反対側の端にいる男が質問する。俺よりもやや背が高く、岩のように固まった表情から真面目さが窺える。
「我々の主な活動は学内の治安維持。その他で言えば、他学年の遠征への付き添い、学外で実戦演習をしている3年生の補助といったところか」
「つまり、生徒会に入れば私たちは1年のうちから実戦に出ることができるわけか?」
真ん中にいる活きのいい女性が尋ねる。
先輩にタメ口を聞いたからか、左右にいる生徒の目に力が入る。
「場合によってはね。頻繁に起こることじゃないから。多くても3回が上限じゃないかな。去年は1回だったし」
「1回か。まあいいや。他の生徒より早く実戦ができるなら悪い話じゃねえ」
「生徒会に入ったら何か特典みたいなものはあるんですか?」
真面目と不真面目の間にいる男性が手を挙げて質問する。晶のようにボーッとした様子を醸し出しているが、話はちゃんと聞いているらしい。
「特典はちゃんとあるよ。学内の施設で支払う料金が2割引きになる。お得でしょ。他の生徒の分まで支払うことも可能だけど、やりすぎると割引がなくなっちゃうかもしれないから注意してね。特典はあくまで生徒会に所属する生徒が受けるものだから」
「わかりました。大丈夫です。僕、あんまり友達いないんで」
さらっと自虐を挟んだな。あれは卓越したボッチだ。前世でボッチの経験を積んだ俺にはわかる。
「そちら側にいる人たちは質問はあるかい?」
左端の生徒ばかりが質問していたため、久世さんは俺たちを気にして話を振ってくれた。
「私は特にありません」
我妻が答える。
「私もです。生徒会についてはある程度知識があるので」
伊井予も質問なしのようだ。
久世さんが最後に俺を見る。
二人が質問なしと答える中、俺もないと言うのは話を振ってくれた久世さんに申し訳ない気がする。とはいえ、なんて質問しようか。あまり時間もかけたくないし。
「えっと……先ほどクラスカースト決めで優秀な成績を収めた者に勧誘をかけたと言ってましたけど、『夜の襲撃』は関係ありますか?」
俺の質問に横にいた伊井予が「それ言っちゃうんだ」みたいな呆れた表情を見せる。
そうだよな。俺も言っている最中に気づいた。言っちゃまずい質問だったかもしれないって。生徒会の人たちも俺に目を丸くしている。
「夜の襲撃……久遠くんは襲撃にあったのかい?」
久世さんは一度腰をかけ直してから俺に尋ねる。
夜の襲撃を受けたということは『夜に出歩いていた』と答えるも同然だ。学内の治安維持を目的とする生徒会に答えるのは憚られるが、裏は取れているだろう。
「はい。横にいる伊井予さんと被害に遭いました」
「うわ、私を売った! 久遠くんとクラスカースト決めで戦って友情が芽生えたので、レジャー施設で楽しく遊びすぎたんですよね〜」
伊井予は頭を掻きながら雄弁に語る。
そっか。夜に出歩いていることすら危ういのに、夜に男女が出歩いているとなれば危うさは倍増する。伊井予にはとんでもない迷惑をかけてしまったな。
「学内での過度な色恋沙汰は我々にとっては看過できない事案だからほどほどにね。それよりも今は襲撃の方に焦点を当てよう。悪いけど、君たちの受けた襲撃は我々とは関係ない」
久世さんの答えを受け、俺は目を瞬かせた。伊井予も予想外みたいで遭いた口が塞がらなかった。
「私はこの学校に『夜襲』の噂を聞いていたんですが、撤廃されたんですか?」
「伊井予くんの言うとおり。『夜襲』は去年まで存在した。でも、僕らの代から撤廃することにしたんだ。治安を維持するために万が一生徒を傷つけてしまう可能性があるのは良くないからね」
「じゃあ、俺たちの受けた『夜襲』は?」
「僕たちではない。伝統と偽って学内にいる生徒たちに危害を加えようとしている悪しき人間がいるみたいだ」
悪しき人間。俺と伊井予は彼らに目をつけられていたようだ。
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