第28話:アスレチックルーム

 昼食後、俺たちは『アスレチックルーム』に足を運んだ。

 トレーニングウェアを借り、各々着替えたところでアスレチックルームを楽しむこととなった。


 着替えを終え、アスレチックルームに入る。

 ボルダリング、トランポリン、パルクールと色々な競技が設置されていた。


 一足先にやってきた伊井予と我妻以外は誰もいない。クラスカースト決め後にアスレチックでさらに体に負荷をかけようとするドM野郎は俺たちくらいだろう。


 俺は始める前に準備運動をする。

 柔軟をしながらもボルダリングを楽しむ伊井予の姿を覗く。伊井予は余裕の笑みを浮かべながら着々とてっぺんに向けて登っていた。


「遥斗くん」


 俺の視線に気付いたのか伊井予は顔をこちらに向けた。


「お尻を見ちゃ嫌よ」


 嫌と言う割にはウィンクしながら喜ばしい表情を浮かべている。


「誰が見るかよ」


「そっ。なら良かった」

 

 伊井予は俺の返事を聞いて再び登り始める。俺は尻を床につけ、両足を直角に開脚させて右足のつま先に左手の指先を差し伸べる。


 流石に人が一生懸命昇っているのを下からエロい目では見れないよな。鼻で笑いながらも口からゆっくり息を吐いて上体を倒していく。今度は左足のつま先に右手の指先をつけるようにして腰を曲げる。


 ………。


 まずい。伊井予の尻を見てはいけないと思えば思うほど、伊井予の尻を見たい欲求に駆られてくる。これがカリギュラ効果というやつか。もしかして、伊井予はこれを狙って俺にあんなことを言ったのか。とんだハニートラップだ。


 どうしよう。見るか。


 でも、「見ない」って宣言したからな。見ているところがバレたら絶対に馬鹿にされるだろうな。井伊予ならみんなに聞こえる声で「遥斗くんのエッチ」って言ってもおかしくはない。


 ボルダリングに集中してるんだから見てもバレないか。いやいや、さっき何気なく見ていた時に気づかれたんだから変な目で見てたら余計に気づかれるだろう。

 

 仕方ない。ここは『チラ見』でいくことにしよう。

 上体をゆっくり起こす。開脚させた状態で前を向く。最後に体を前に倒すのだが、その前にチラッと伊井予の姿を見よう。


 息をゆっくり吐いて体を前に倒す準備をする。

 そして、前に倒しつつ、視線を上に向けて伊井予のいる場所を見ようとした。


 刹那、視界がグラッと崩れる。同時に背中に思いっきり重圧が加わった。


「遥斗! 精が出るね!」


 後ろから聞こえてきたのは美里の声だ。どうやら、俺が柔軟しているから背中を押して手を貸してくれたようだ。


 邪魔が入った。もしかすると、美里は俺がチラ見するのを分かっていて体を前に押してきたのかもしれない。そうであるなら、とんだ策士だ。


 まあ、良いか。

 美里が力強く押してくれたことで彼女の柔らかい上体が体に触れている。これによって、井伊予の姿を見たいという欲求が消え去ったのだから結果的にチャラだ。


 ドンッという物体の落ちる音がアスレチックルームに響き渡る。

 疾しい感情をかき消しながら音のした方を見る。そこには我妻の姿があった。大きな音をさせたにも関わらず平然とした様子で汗を拭う。


「何してたんだ?」


 美里が大きな音に驚き、反射的に俺から体を離したので、隙をついて体を上げて我妻を見る。


「パルクール」


 我妻は親指で自分の後ろを指す。そこにはパルクール用に設置された物体があった。


「物体を駆け回ってここまでやってきたの」


 どうやら、さっきの音は最後に物体から飛び降りた時に起きたようだ。


「クラスカースト決めが終わったばかりなんだかあんま無茶するなよ」


「へぇ〜。心配してくれるんだ。優しいね」


「っ!」


 不意に我妻から柔和な笑みを向けられる。


「別にこれくらい普通だろ」


 恥ずかしさを隠すように顔を背けながら口にする。


「なーに照れてんのよ」


 後ろから美里が頬を突っぱねてきた。その姿を見て我妻が吹き出す。


「久遠くんは可愛いね。心配はいらないよ。実戦では戦闘が終わってまたすぐ戦闘なんてザラだからね。いつでも俊敏に動けるようにしておかないといけないの。じゃあ、次は井伊予さんと一緒にボルダリングでもしてくるよ」


 我妻は俺たちに手を振って去っていった。

 なるほど。実戦は頻繁に戦闘が連続して発生するからいつでも俊敏に動く必要があるのか。今後に備えて体力をつけておいた方が良さそうだな。


 そういえば、我妻は結闇に対して武術で圧倒したんだっけ。今度、彼女に頼んで稽古をつけてもらった方が良いかもしれない。能力を使えば相手を無双できるが、能力なしだとただの凡人だ。弱点は早めに潰しておいた方がいい。


「我妻に感化されてえあんまり無理するなよ。明日もリーグ戦が控えてるんだからな」


 俺は後ろを向いて我妻を凝視している美里に目をやる。

 俺や井伊予や我妻はAグループ入りが確定したので明日のリーグ戦は免除されている。


「ざんねーん! 私も明日はリーグ戦がありません!」


 美里は得意げな表情で言う。

 そっか。美里もまたDグループ入りが確定したから明日のリーグ戦はないのか。得意げに言うとはなんて悲しいことだろう。


「というわけで、私もボルダリングに行ってこようかな。下から私のお尻見ないでよね」


 歩きながら彼女がこぼした言葉に動揺が隠せなかった。


 今のは井伊予が言ったことを聞いていて狙って言ったのだろうか。それとも天然だろうか。

 ひとまずこのままいけば、またカリギュラ効果と戦わざるを得ない。俺は俺で先ほど我妻のやっていたパルクールでもやるとするか。


「そういえば、晶は何処に行ったんだ?」


 顔を右往左往させること数秒で晶は見つかった。

 トランポリンの上で空高く舞い上がっている。女子三人とは違って晶だけは明日にリーグ戦を控えている。だからできる限り体力を使わずに楽しんでいるみたいだ。


 晶は俺の視線を察してこちらを向くと親指を立てた。彼女の様子がおかしくて頬が緩む。


 全員の居場所が分かったところで俺はパルクールのある場所に足を運んだ。

 さてと、俺もアスレチックを楽しむとするか。気構えた時、ふと電子端末が反応して視界にメッセージが来たことを知らせる。


 誰だろう。

 タップしてメッセージを確認する。

 

『明日の午前9時に生徒会に集合せよ』


 メッセージは短くそう綴られていた。

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