第27話:瘴気の漂う昼食

 フードコートの料理は美味しく感じられなかった。

 昨日、一昨日と美味しいと食べていた料理なのになぜ今日だけは美味しく感じられないのか。それは俺の隣から漂う瘴気が俺の味覚を凌駕しているからに他ならない。


 チラッと横に目をやる。

 隣にいる美里は向かいに座る井伊予と我妻を睨みつけながら鉄板に乗ったウィンナーを齧る。彼女の瞳は「下手な真似はするな」と告げているようであった。


 美里の猛獣のような眼光を受け、向かいに座る井伊予は苦笑いを浮かべている。我妻は平然とした様子でご飯を口に運んでいる。


「美里のやつ、昨日からずっとあんな調子なのか?」


 俺は隣にいた晶に口元を隠しながら尋ねる。


 晶は実技場の前で話していた時、美里の後ろにいたため成り行きで付いてくる事となった。こんな修羅場に付き合わせてしまって申し訳ないと思うが、いつもと変わらぬ表情をしているので、気にしていないと言うことにしておこう。


「うん。昨日のリーグ戦が終わって遥斗を待っていたあたりくらいから」


 晶の回答で何となく状況を察した。

 リーグ戦が終わり、俺を待っててくれていたのだが、肝心の俺はすでに井伊予とレジャー施設で遊んでいたため、美里をずっと待たせる形になってしまったみたいだ。


「待ってても来なかったのなら、どうして連絡して来なかったんだ?」


「美里は寮に忘れてきたらしい。私は対戦中に壊れたら嫌だと思って持ってきてなかった」


 二人とも連絡手段がない状態で俺を待っていたわけか。

 俺に対する信頼は結構厚かったみたいだな。だから、俺が自分たちを放って他の女子と遊んでいる

のを見て腹を立てているらしい。


 井伊予や我妻に敵意を抱いているのは、彼女たちが俺をたぶらかして一緒に行動させたのだと思っているからだろうか。俺への信頼はかなり高いらしい。美里にはどこかのタイミングで埋め合わせをしてあげよう。


「ところで」


 瘴気漂うテーブルを和ませようと、井伊予が手を叩いて話始める。


「遥斗くんと我妻さんには聞いたけど、柳井さんと……えっと……」


「私は永井晶」


 フードコートに来るまで美里が「近づくな」オーラを出していたため、井伊予と晶は会話を交わしていなかった。


「永井さんか。よろしくね。私は井伊予暦」


「暦、よろしく」


「おっ! いきなり、下の名前で呼んでくれるなんて嬉しいな。私も晶ちゃんって呼んでいい?」


「問題なし」


 井伊予と晶はすぐに仲良くなった。晶ってぼーっとしていて誰も近づけない感じがするけど、案外打ち解けやすいんだよな。


「それで、私と晶に何を聞こうとしていたの?」


 美里はハンバーグを口に入れながら殺伐とした様子で本題に戻す。いつもは打ち解けやすい彼女だが、今この瞬間においては誰よりも打ち解けにくい存在になっていた。


「あー、ごめんごめん。柳井さんと晶ちゃんはクラスカーストどうだったか気になって?」


「人に結果を尋ねる時は、まずは自分からって教えられなかったかしら? まあ、Aグループ入りした遥斗に色気をかけようとしたところから見て、BかCあたりになるんじゃないかって予想はしているけどね」


「なんで俺がAグループなの知ってるんだよ?」


「当たり前でしょ。何てったって遥斗は私のヒーローなんだから!」


 胸を張って自慢げに言う。


「ヒーロー?」


 ここに来て我妻が初めて喋った。

 なぜそう呼ばれているのか心底気になった様子で目を光らせている。


「そう! 私のピンチに颯爽と駆けつけてくれて敵を倒してくれたんだから!」


 我妻の疑問を待ってましたと言わんばかりに高らかに答える。「さすがは遥斗くんだね」と井伊予は拍手を送り、「へぇ〜、やるじゃん」と我妻は笑みを浮かべた。何だか照れ臭くなって無意識に頭を掻く。


「それで、私たちの結果から言わないとダメなんだっけ。私は遥斗くんと同じAグループだよ」


 井伊予は拍手の余韻に浸るように両手を合わせて答える。


「私も同じくA」


 我妻はポテトを齧りながらつまらなさそうに答える。

 美里の方に目を向ける。彼女は引き攣った顔で「そ、そうなんだ」と明らかな動揺を見せていた。 


「私は明日でBかCが決まる」


 二人が言ったからか、同調するように晶が答える。

 昨日、井伊予から「晶は私のリーグにはいない」と聞いていたので、下位リーグから上がってきたみたいだ。


 残ったのは美里だけ。

 全員が彼女に視線を向ける。


「わ、私は……」


 美里は言い淀む。額から汗を流し、視線を俺たちから背ける。その動作で彼女が何グループかはあらかた察しがつく。


「美里はDに決定したらしい」


 痺れを切らしたのか、晶が代わりに答えた。


「ちょっと、晶ちゃん!」


 予想外の出来事に、美里は晶に対して前屈みになる。

 自然と俺に体が寄る形となり、シャンプーの良い香りと柔らかい肌の感触が感覚器官を刺激する。


 ふと、こちらに寄せられる痛ましい視線。

 それは俺ではなく、俺の目にいる美里に送られたものだった。もちろん、送った相手は井伊予と我妻だ。美里は嫌な視線を紛らわせるために口笛を吹きながら元の体制に戻る。


「まあ、私の能力は戦闘向きじゃないからね。しょうがない、しょうがない」


 腕を組んで言い訳しつつ、何度も頷いて自分を納得させる。


「柳井さんの能力って何なの?」


「き、聞いて驚くなよ。私の【部分時戻】よ」


 美里が答えた瞬間、カランと音が鳴った。

 井伊予が持っていた箸を落とす。横では我妻がポテトを咥えたまま微動だにしなかった。


「【部分時戻】ってめちゃくちゃ強い能力じゃん……」


「【部分時戻】の能力を持っている人に初めて会った……」


 二人とも呆気に取られた様子で美里を凝視する。


「そ、そうなの。ま、まあ、私はオンリーワンの人間だからね」


 そこまで驚かすつもりはなかったらしく、美里はぎこちなく言葉を並べる。


「ねえ、今度見せてよ。私、美里ちゃんの持っている能力について色々と知りたいの!」


 井伊予は前のめりになって美里に願う。


「私もあなたの能力を見てみたい……かも……」


 我妻もまた恥ずかしそうな様子で美里に懇願する。


「しょ、しょうがないな〜」


 先ほどとは打って変わって好奇の視線を浴びせられ、美里は困惑していた。


「ね、ねえ。遥斗」


 ふと、美里は俺に耳打ちする。

「どうした?」と目配せして次の言葉を待った。


「我妻さんも井伊予さんも良い人たちだね」


 頬を赤く染め、だらしない笑みを浮かべながら口にする。


 美里は甘い言葉にすぐに負けるチョロい女だった。

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