第26話:付き纏う我妻

『1位:久遠遥斗

 2位:我妻凛音

 3位:結闇朔夜

 4位:真賀田進也

 5位:来栖清香 』


 全ての対戦が終了し、順位は上記のようになった。

 俺と我妻はAグループ入りが確定。結闇はもう一方の上位リーグの3位と戦い、A・Bグループ入りを決める。真賀田と来栖は明日のリーグ戦でB・Cグループ入りを決める。


 Aグループ入りが決まったことで明日のリーグ戦は免除。

 今から明日まではしばしの休息となる。上位リーグでは強敵揃いで戦うのに疲れたので、1日ゆっくりと休めるのはありがたい。


 昨日と同じようにリーグ戦が終わったグループから順次解散となる。

 俺は実技場を出ると、空に向けて大きく伸びをした。狭い空間から広い空間に出るとこんなにも開放感を覚えるのは何故だろう。

 清々しい気分だ。


「それで、なんで我妻は俺の制服をつまんでいるんだ?」


 リーグ戦が終わってから我妻は俺の服の後ろ身ごろの部分をずっとつまんでいた。おかげで後ろを振り向くことができず、銃口を突きつけられた人質みたいになっている。


「逃さないためにね。ねえ、今ここで【瞬間移動】の能力を使ったら、私にも適用されるの?」


「さあ、試したことがないから分からない。やってみるか?」


「やめてほしい。もし、久遠くんだけが瞬間移動してしまった場合、探すのが大変になるから」


「諦めてくれないんだな。なあ、もし俺がこれから男子寮に戻るって言ったらどうする?」


「もちろん私も付いていくよ」


「勘弁してくれよ」


 クラスカースト上位が決定したのに、学園を去らなきゃいけなくなる可能性が出てくるじゃないか。


「いいでしょ? 久遠くんは昨日女子寮に入ったんだから」


「ぐうの音も出ない反論を持ってくるなよ」


 このまま男子寮に帰ろうものなら、我妻に女子寮に入ったことを告げ口されてジ・エンドと言うこともあり得るか。


「しょうがない。娯楽施設に行って昼食でも摂るか」


「賛成」


「遥斗くーん!」


 二人で話していると、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。

 誰かに見られるのが恥ずかしかったのか、我妻は素早い動きで俺の服から手を離した。動けるようになれたので、後ろを振り向いて声をかけてきた人物に目をやる。


 実技場の入り口からこちらに向けて走ってくる井伊予の姿が目に入った。

 昨日と同じく竹刀の入った袋を担ぎ、俺に向けて元気良く手を振っている。彼女の陽気な表情からして上位リーグで良い結果を残せたみたいだ。


「お、昨日エレベーターにいた子?」

 

 こっちにやってくると、はじめに我妻に顔を向けた。


「同じクラスの我妻凛音。よろしく、井伊予さん」


「へぇ〜、同じクラスだったんだ。よろしくね」


「昨日は違うリーグだったし、入学式はサボってたから分からないのも無理はない」

 エレベーターで出会った時に同じクラスの子だと気づけなかったのは、入学式をサボっていたために見てなかったからか。


「なるほど。入学式以降のスケジュールはあらかじめ情報が共有されているから入学式に出る意味はないもんね。それにも関わらずよく私の名前を知っているね」


「クラスメイトの名前は全員覚えるようにしているから……」


 口にしながら我妻は鋭い視線をこちらに向ける。

 そういえば、俺と戦っている最中に井伊予のことを一方的に知っていると言っていた。口外するなと目で訴えているのだろうか。


「律儀だね〜。私は人の名前を覚えるのが苦手だから全然分からないんだよね。今日の対戦相手も大半は忘れちゃったし」


「対戦相手といえば、井伊予の結果はどうだったんだ?」


「もちろん1位だよ。私を倒せるのは遥斗くんくらいなもんだよ」


 井伊予は満面の笑みを浮かべながら人差し指を立てた。

 もう一方の上位リーグで井伊予が一位と言うことは、井伊予を倒した俺は必然的にクラスで1位ということになるのではないか。


 クラス1位。なんて良い響きだろう。


「遥斗くんはどうだったの?」


「1位だよ」


「流石だね。私に勝ったんだから1位でなきゃ困るよ」


「因みに我妻は2位だからここにいる全員Aグループ入りだな」


「そうなんだ。これからよろしくね」


 井伊予は我妻に手を差し出す。

 我妻は井伊予の手を一瞥すると、ゆっくり自身の手を添えた。


「うん。よろしく」


「それで、お二人はこれからどうするつもりだったの?」


 握手を終え、井伊予はこれからの予定を尋ねてきた。


「我妻と昼食を摂る予定だったんだ」


 俺の回答に井伊予は目を丸くした。視線を俺から我妻へと移動する。我妻はポカンとした表情で井伊予と目を合わせた。


「ふーん。我妻さんも案外隅に置けないね」


 右手を口に添え、井伊予は不敵に笑う。

 井伊予の考えていることが分からないのか、我妻は終始頭にはてなマークを浮かべていた。我妻は好意があるわけではなく、ただ単純に俺に対して興味があるみたいだ。自分で言うのもなんだか強者への羨望みたいなやつだろうか。


「まあ、いいや。私も混ぜてもらってもいい? 今後Aグループで行動を共にする仲間としてさ」


 両手を合わせて懇願する。


「俺は構わないけど……」


 言いながら我妻に視線を向ける。


「私も構わない」


「よっしゃ! じゃあ、善は急げってことで早速いきましょう!」


 井伊予は俺の両肩に手を乗せるとカートのように押していく。背中に柔らかいものが当たり、動揺しながらもされるがままに前に進んだ。井伊予に関しては昨日の件があるからある程度の耐性がついていた。


 それよりも気になるのは我妻だ。まるで飼い主のように再び俺の服をつまんで逃さないようにしている。二人に勝った身であるのに、なんだか従者みたいな仕打ちを受けているような気がする。


「ちょっと待ったぁぁぁ!」


 歩かされること数秒。大きな叫び声が実技場付近から響き渡る。

 無視できないほどの大きな声だったためか、井伊予と我妻は動きを止める。後ろを向く我妻とは反対に俺は微動だにしなかった。


 声の主に心当たりがありすぎた。


 付き合っているわけではないのだが、昨日今日と他の女子と一緒にいたことに何となく罪悪感を覚えている相手だ。決して目を合わせるわけにはいかない。


「えっと……あなたは?」


 後ろにいる井伊予の声はわずかながら上擦っていた。

 彼女は非常な剣幕でこちらに迫ってきているようだ。ますます顔を見たくなくなる。


「私は柳井美里。そこにいる久遠遥斗の『お・さ・な・な・じ・み』よ!」


 何を強調して言っているのだろうか。

 そう思った瞬間、両肩に乗せられた手が離れ、代わりに右腕を強く抱かれる。見ると、美里が頬を膨らませて俺を見ていた。力強く振り回され、我妻と井伊予と向かい合う形にされる。


「幼馴染。へぇ〜、そうなんだ」


「ガクッ! ちょっとは興味を持ちなさいよ! それで、あなたたちは?」


「私は井伊予暦。遥斗くんとはクラスメイトだよ」


「遥斗くん……クラスメイト……」


「私は我妻凛音。同じく久遠くんとはクラスメイトよ」


「久遠くん……クラスメイト」


 美里は二人を交互に見てから井伊予に狙いを定めて猫のように威嚇する。

 完全に敵視している。決め手は名前呼びといったところだろうか。


「ここじゃあれだし、ひとまず娯楽施設で食事しようか」


「あれって何よ! まだ遥斗との関係性を少ししか……」


 美里は自分の声を牽制するように腹から大きな音を鳴らした。

 みんなの目が点になり、美里は顔を真っ赤に染める。


「わ、分かったわ! ひとまず食事にしましょう」


 そして、恥ずかしさを隠すようにして俺の提案は受け入れられたのだった。

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