第19話:上位リーグ挨拶【クラスカースト決め】

 クラスカースト決め2日目が始まった。

 昨日とは違って5人でのリーグ戦。上位2人はAグループ入りが決定し、明日のリーグ戦は免除される。


 大事な試合であるにも関わらず、体調はあまり万全ではない。

 伊井予のやつが振り回されたせいでいつもの睡眠時間が取れていない。まあ、伊井予の言いなりになった俺にも責任はあるのだが。


「今日はよろしく」


 リーグ戦が始まる前、一人の男が話しかけてきた。

 眼鏡の似合う高身長の生徒。皺のない制服から潔癖さを感じるが、跳ねた髪が彼の隙を見せており、愛嬌があるように感じられる。


「よろしく」


 差し出された彼の手を握りしめる。俺よりも力強い握力で彼は握り返してきた。


「僕は真賀田 進也(まがた しんや)。君の名前は?」


「久遠遥斗」


「久遠くんか。今日は互いに力を尽くそう。試合を楽しみにしているよ」


「こっちこそ。よろしく頼む」


 真賀田ははにかむ。一瞬、伊井予が脳裏をよぎった。

 手を離すと別の生徒の元へと歩いていった。後ずさる際にこちらに手を振る。気配りに抜かりがないな。それからも真賀田は律儀に一人ずつに挨拶していた。


 彼みたいなのが人望の厚い人間になるんだろうなと遠目に見る。


 彼に視線を送っている最中、俺はとある人物を目にして驚嘆する。

 休憩スペースで肘をつきながら黄昏ている一人の女子生徒。金髪ショートヘアと整った顔立ちからどこかの国のお嬢様のように見える。


 そんな彼女はお嬢様であれば絶対に取らないであろう動作をしていた。真賀田が差し出した手を一瞥するも取ろうとしなかったのだ。それどころかそっぽを向いて『お前と関わるつもりはない』と暗に仄めかしている。


 昨日夜遅くに一人でエレベータに乗ってきたことも考慮して、一人狼みたいなやつなのだろう。


 彼女の無視を受けても真賀田は気に止むような素振りは見せなかった。普通なら心が折れそうな場面だが、案外平気みたいだ。他の生徒にも同じことをやられた経験があるのだろうか。


「久遠くん!」


 真賀田に視線を向けていると、高らかな声で自分の名前を呼ばれる。

 声のした方に目を向けると、小柄な女子がこちらにやってきた。ミドルヘアを二つに結んでいる。


「私、来栖 清香(くるす きよか)。よろしくね!」


 まるで幼稚園児や小学生のように無邪気な声音で自己紹介してくれる。その可愛さに思わず口元がだらしなくなりそうだ。


「俺は久遠……って知ってるんだっけ?」


「うん! 久遠遥斗くん! ちなみに休憩スペースにいるのが我妻 凛音(わがつま りんね)ちゃんで、一人一人に挨拶しているのが真賀田 進也(まがた しんや)くんで、隅の方でポツンと座っているのが結闇 朔夜(ゆいやみ さくよ)くんだよ」


「へぇー、全員の名前知っているのか? すごいな」


「クラスメイトの名前を覚えるのは基本中の基本だから」


「そ、そうだな」


 俺は全然覚えてないな。初日に先生が出席を取るために全員の名前を呼んだ&【超絶記憶】の能力を持っているのに、覚えていないということがタチの悪さを際立たせている。聞いてないし、見向きもしなかったってことになるもんな。


「全員の用意ができたので、これよりクラスカースト決めを行う」


 前日とは違い、各々で挨拶をしたところで笠見先生の声が聞こえる。

 前日と同じくリーグ戦の説明がされ、次いでグループ分けの説明がされる。


 本日のリーグ戦で上位2人はAグループ入りする。3位はもう一つの上位リーグの3位と対決して勝った方がAグループ、負けた方がBグループ入りになる。下位2人は後日下位リーグの上位2人を混ぜた4人でのリーグ戦を行い、BグループかCグループを決める。


 画面が切り替わり、俺たちのグループの対戦表が掲示される。


『1回戦:真賀田進也 対 来栖清香』 

『2回戦:我妻凛音 対 結闇朔夜』 

『3回戦:久遠遥斗 対 真賀田進也』 

『4回戦:来栖清香 対 我妻凛音』 

『5回戦:結闇朔夜 対 真賀田進也』

 休憩 

『6回戦:結闇朔夜 対 久遠遥斗』

『7回戦:我妻凛音 対 真賀田進也』 

『8回戦:来栖清香 対 久遠遥斗』

『9回戦:結闇朔夜 対 来栖清香』

『10回戦:久遠遥斗 対 我妻凛音』 


 俺は3回戦から。この中で一番遠い。

 体調が万全ではないため、早々に休憩スペースへと足を運ぶ。


 向こうでは真賀田と来栖が仲良さげに戦闘スペースへと歩いていった。昨日と同じ作りのため、彼らが中に入った瞬間に姿も音も完全に遮断される。


 結闇はずっと部屋の隅っこで縮こまっていた。彼にとってはあそこが休憩スペースらしい。


「君」


 休憩スペースに座ってぼーっとしていると、対角線上にいる我妻が声をかけてきた。


「昨日女子寮のエレベータにいたよね?」


「え……」


 不意の発言に言葉を失う。


「やっぱりか」


 沈黙は肯定と取られたようだ。

 俺は慌てて両手を振って弁明を始める。


「いや、あれは。伊井予が『私の部屋に来て』って言ったから」


 口にしておいて何だが、全く弁明になっていない。

 むしろ自分の首を絞めるような発言だった。「部屋に来て」って言われたから禁止事項を破って付いていった。なんて馬鹿なことだろう。


「安心しな。誰にも言わないでおいてあげるから」


 我妻は無関心な様子で言う。

 これは「言わないでおいてあげるから私の言うことを聞きなさい」的なやつだろうか。


「それと、君、さっきあの眼鏡の人に握手されたよね」


 だが、予想外にも我妻はすぐに話題を変えた。


「気をつけなよ。古来より戦いっていうのは戦う前から勝負が始まっているから」


 忠告してくれているのだろうが、いずれも無関心な言い方が違和感に駆られる。むしろ我妻が何かわ罠を張っているように見えてしまう。


 訝しんでいると、ドアの開く音が聞こえた。

 勝負が決したようで真賀田と来栖が戦闘スペースから出てきた。来栖が片手を頭にやって照れている。


 スクリーンには『1回戦勝者:真賀田進也』の文字が刻まれている。

 真賀田の呆気ない勝利。俺の中で我妻の言ったことが気になり始めた。

 当の我妻はやる気のない様子で立ち上がり、戦闘スペースに足を運んでいった。

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