第18話:初めての女子寮

 本当に大丈夫なのか。

 そう問いかけたいところだが、女子寮の扉を掻い潜った今声を出すことができない。


 伊井予に命令され、俺は【透明成化】の力を借りて女子寮に潜入することになった。なんでこんなことをしなければならないのだろう。そうは思っても、先ほど急襲してきた奴らのことを聞かないわけにはいかない。


 姿が消えたとはいえ、声や足音は聞こえる。

 寮はフロアもエレベーターも絨毯が敷かれている。気をつければ音を立てることはほとんどない。


 伊井予は自分の部屋に行くためエレベーターに乗る。俺も後に続いた。


「すみません」


 伊井予が4階のボタンを押し、閉ボタンを押そうとしたところでもう一人が慌ててエレベーターの中に入ってきた。金髪ショートヘアの綺麗な女性だ。どこかの国の王女様と言われても頷けそうだ。


 幸い、彼女は俺たちとは対角方向に位置し、壁に体をもたれかけさせる。俺はできる限り伊井予に体を近づける。


「何階にします?」


「3階でお願いします」


 伊井予の親切に肖って彼女は行き先を告げる。3階のボタンが押され、今度こそ閉ボタンが押される。静かな時間が流れる。バレるかドキドキしながら早く3階に着いてくれるよう祈る。


 3階にたどり着く。

 伊井予が開ボタンを押しっぱなしにして彼女を促した。


「ありがと」


 伊井予の隣まで歩くと礼を言う。


「あんまりおいたが過ぎないようにね」


 次いでそんなことを漏らしてエレベーターから出ていった。

 気付かれていた。とはいえ、何もしてこなかったのは一体どういう意図だろう。


 それからは特に何事もなく俺たちは伊井予の部屋にやってきた。


「ふー、やっと一息つけるね」


 伊井予はベッドに座って一息つく。

 美里の言ったとおり女子寮の部屋は男子寮の部屋と大差なかった。


「それでアイツらに話してくれるんだよな?」


 さっきの金髪少女の発言が脳裏を駆け巡る。早めに女子寮から退散した方が身のためだと悟り、本題へと誘導する。


「うん。もちろん。ただ、今日は動きっぱなしで汗びっしょりだから先にお風呂入るね〜」


 伊井予は勢いよく立ち上がると、俺を跳ね除けてそそくさと洗面所に足を運んだ。


「ちょっ!」


 有無を言わせることなく洗面所の扉がガチャリと閉められる。ほんとマイペースなやつだ。ため息をこぼしながら椅子に座った。


 洗面所ではシャワーの音が聞こえる。

 あの扉の奥では伊井予が全裸姿で汗を流している。そう思った瞬間、卑猥な考えが頭を巡った。


 いかんいかん。

 邪念を振り払って机に突っ伏す。この行動すらも何だかいけない気がしてきた。


 体感10分ほどで洗面所の扉がガチャリと開く。


「なんだ意外と早かっ……」


 音に反応して顔を向ける。

 そこにはバスタオル一枚を体に包み込んだ伊井予の姿があった。


 俺は慌てて顔を背ける。しかし、背けた先には鏡があり、伊井予の姿がばっちり映ってしまっていた。今度は絶対に安全であろうテーブルに顔をつける。


「そこ私がいつも勉強しているところなんだけど。ひょっとして遥斗くんって匂いフェチ?」


「ちげーよ」


 変な誤解をされないように否定しておく。その瞬間、先ほど金髪少女が俺の存在に気づいたのは匂いのせいかもしれないと思った。臭い匂いだったらどうしようと不安に駆られる。


「ていうか何でそんな状態なんだよ」


「ごめんごめん。いつも風呂上がりは裸でいることが多いから洗面所に着替えとか持っていってないんだよね」


 発言と共に布が擦れる音が聞こえる。もしかして、今裸に裸になったんじゃなかろうな。ドキドキしながら耳を凝らしていると引き出し開く音が聞こえる。絶賛お着替え中のようだ。


「もう聞いてもいいよな? さっきの奴らは一体何なんだ?」


 ずっと黙っていると変な気を起こしそうだ。だから俺は本題に切り込むことにした。


「そう来たか。いいよ。教えてあげる。彼らはこの学園の上級生。3年生はいないから2年生の人たちだよ」


 伊井予は軽く言ってみせるが、とんだ爆弾発言だ。


「どうして2年生が俺たちを襲ったんだ?」


「理由は主に2つ。1つは風紀を乱さないため。夜遅くに出歩くのは危険だからね。それを身をもって体験してもらうためよ。これから2年は学内で過ごす。学内が安全であると、いざ外に出た時に変な事件に巻き込まれる可能性があるからね」


 確かに、中学時代は夜遅くの外出は禁止されていた。夜は悪い奴らがたくさん出歩いているらしい。


「はい。着替えたから顔あげていいよ」


 伊井予がそう言ったので、俺は顔を上げる。

 目の前にはパジャマ姿の伊井予がいた。しかし、上のボタンが外されており、黒色のブラジャーが顕になっている。


「お、お前なー!」


 慌てて顔を下に向けた。


「ははは。なに顔赤くしてんの。遥斗くんは可愛いな」


 高笑いして俺の後ろに行く。チラッと見ると、伊井予はベッドに座っていた。パジャマの上のボタンは全てつけられている。


「じゃあ、話の続きね。もう1つは優秀な生徒を探すため。急襲することで本人の本気を出させるの。脳ある鷹は爪を隠すではないけれど、クラスでは本気を出さない生徒とかいるからね」


「優秀な生徒を探して何をするんだ?」


「彼らに街で起きた事件を解決してもらうんだよ」


「それって3年生がやることじゃないのか?」


 1、2年は学内で鍛えられ、その成果を実践という形で試すために3年生は学外で街で起こった異能力関連の事件を用いて実践演習する。


「そうだよ。3年生、それから優秀な1、2年生がやるの」


 飛び級みたいなもんか。


「もしかして、伊井予は優秀な生徒として選ばれるためにわざと夜に出歩いてたのか?」


 俺の質問に伊井予は指をパチンと鳴らす。


「正解。本当は一人でやるつもりだったんだけど、相手の実力が分からないから遥斗くんもいてもらったほうがいいかなと思って呼んだの」


「俺は道連れかよ。でも、伊井予はどうして優秀な生徒として選ばれたいんだ? ていうか、どうしてそんな情報を持っていたんだ?」


「姉さんに教えてもらったんだ。そして、私が優秀な生徒に選ばれたい理由もまた姉さん関連になる。教えられるのはここまでかな。もし、遥斗くんが優秀な生徒になった時が来たら、教えてあげるね」


 パチンと鳴らした指を顔に持っていき、鼻に人差しを添える。片目をつぶって今日何回目かのウィンクをした。


「でもさ。どうして学校側は強い生徒を早く実践に行かせたいんだろうな?」


「政府がいち早く『強い人間を自分のテリトリーに収めたいから』だよ。強力な戦闘系能力や戦闘に秀でた人間が自分たちの敵に回ったら厄介でしょ?」


「確かに」


「強い人間をいち早く見つけて手中に収める。だから中学で優秀な成績を収めた生徒や特殊な能力を持っている人間に招待状を送っているの。遥斗くんの【脳内模倣】とか私の【波動支配】は後者に該当する」


 なるほど。美里の【部分時戻】も俺たちと同じ部類だろう。


「話はここまで。さあ、夜遅いからさっさと解散しよ」


「夜遅くなったのは誰のせいだと思ってるんだよ」


「ごめんごめん」


 時刻は十一時を回ろうとしている。自分の部屋番号と扉の外装をイメージして【瞬間移動】の能力を使おう。


「ねえ、遥斗くん」


 能力を発動しようと思った矢先、伊井予が俺の名前を呼ぶ。先ほどの元気が感じられない声であったため、反射的に彼女の方を向いた。


「もし優秀な生徒になったら、一緒に頑張ろうね」


 切実に願っているようで、伊井予の表情はしんみりとしていた。

 ギャップのせいか、彼女の表情は俺の頭にこびりついて寝るまで離れることはなかった。

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