第17話:夜襲
「いや〜、今日は楽しかったね〜」
伊井予は両手を大きく広げ、胸を天に向けた。
レジャー施設に入る前には空にあった太陽も今はすっかり姿を消してしまっている。代わりに綺麗な月と星々が世界を照らしていた。
「それにしても、伊井予ってずっと元気だよな」
後ろを向くと、レジャー施設の出入り口がある。
シャッターが完全に閉まっており、忘れ物でもあろうものなら明日まで待たなければならないだろう。
俺たちはレジャー施設の閉まる午後十時までずっと施設内に入り浸っていた。施設に入ったのは午前十一時前だから約半日ほど入り浸っていた。アミューズメントパーク、映画館、ゲームセンターなど施設内にあるほとんどを遊び尽くした。
俺の体はクタクタにも関わらず、伊井予は未だにピンピンしている。
明日もリーグ戦が控えている。それもクラスAが決められる大事なリーグ戦だ。
それなのに、夜遅くまで遊ぶ伊井予は頭がおかしいと断言できる。まあ、それに付き添っている俺も大概ではあるがな。
周りを見渡すと生徒は誰一人いない。
当然だ。1年生は然り、2年生もまたクラスカースト決めを行っている。3年生は学内にはいない。だから全員が明日大事な試合を控えているのだ。
「さて、そろそろ帰るか」
「だね。ねえ、遥斗くん」
伊井予に呼ばれ、彼女の方を向く。
「こんな夜遅くに女の子を一人にするわけないよね?」
伊井予はまた嫌な笑みを浮かべると、俺に向けてウィンクを送った。
「はぁ……分かってるよ」
散々付き合わされて、最終的に一人取り残されるとはなんたる仕打ちだろう。
まあ、仕方ない。ありえないとは思うけど、伊井予に危険があっては面目ないからな。
「ありがと! 遥斗くん!」
屈託のない笑みに変わって感謝を述べる伊井予。笑みだけで感情を表すとは、とんだ芸当だな。
話が決まったところで俺たちは歩き始めた。
昼間の喧騒な雰囲気とは正反対に夜の学校は物静かだ。聞こえるのは虫の声のみ。まるで世界から俺たち以外の人間が消え去ったみたいだ。
「あ、そういえば一つ言い忘れてた」
前を歩く伊井予が顔をこちらに向ける。
「ここから先は結構危険だから気をつけてね」
いつも通りの笑みを浮かべながらも物騒な発言をする。なぜ危険と言いつつ、そんな余裕のある笑みを見せるのだろうか。
疑問は頭上に漂う殺気によってかき消された。
飛んで後退する。俺が去って1秒も経たないうちに先ほどいた場所に何かが突き刺さる。
地に足を突いて、こちらにやってきた物を凝視する。
馴染みのある物だった。今日のリーグ戦で俺が使用した氷柱だ。【氷雪遊戯】の技を誰かが俺に向けて撃ち放ったようだ。
胸にバッチをつけていないため、当たれば大きな損傷を負っていた。
伊井予の言っていたとおり危険な香りがする。でも、どうして伊井予は予言できたのだろう。
まさか伊井予が俺を夜遅くまで連れ出したのは、俺を危険に陥れるためだったのか。夜襲をかけ、明日のリーグ戦に出させないための伊井予の罠。
その考えは次の瞬間には完全に打ち砕かれた。
「伊井予!」
目の前に広がる氷柱の軍勢。その全てが伊井予めがけて飛んでいた。
「分かってる。私の能力をもう忘れたの?」
相変わらず笑みを絶やすことはない。
伊井予は背に抱えたバッグから竹刀を取り出し、空めがけて振り払う。【波動支配】によって強風が吹き荒れ、氷柱は勢いを失う。カランカランと甲高い音が静かな夜の空間に響き渡る。
伊井予が企てたことではないのと、伊井予の身が無事だったことに安堵する。今日一日とはいえ、彼女との間に友情が芽生えたのは確かだった。
【瞬間移動】の能力を使って伊井予との離れた距離を埋める。
「これは一体何なんだ?」
「説明はあとでしてあげる。ひとまずは戦いに集中しよ。敵は感じ限りで5人。私たちの倍以上いるんだからね」
5人。そんな大人数で俺たちに奇襲をかけてきているのか。
話している間に再び敵が攻撃を仕掛けてくる。俺たちの周りに三度氷柱を生成させた。
「遥斗くん、前に飛んで! 二手に分かれるよ」
「分かった!」
言われたとおり前に飛ぶ。体を丸め、前転することでうまく体勢を立て直す。
伊井予は二手に分かれるよと言ったが、本当に大丈夫だろうか。敵の情報がわからない今下手に分かれるのは悪手なんじゃ。
とはいえ、もう遅い。
すでに俺の右手から敵がこちらにやって来ていた。
全身を黒のマントで着飾っている。夜という状況が相まってか顔を認識することができなかった。
敵は近寄りながら俺に手を振るう。
先ほどの伊井予と同様吹き荒れる風。
もしかして、奴も【波動支配】の能力を持っているのだろうか。
吹き荒れる風によって体を動かせない。
だが、そんな小細工では俺は止められない。
「【脳内模倣】」
【瞬間移動】の能力をイメージ。
敵の背後へと素早く移動する。気配ですぐに気づかれるが、敵が守りの体制に入る前に先手を打つ。
後ろを振り向こうとした瞬間に【氷雪遊戯】の能力で地面と足を接着させる。動きが止まったところで、【火炎遊戯】の能力に移行する。拳に炎を纏わせ、構の姿勢をとった。
刹那、俺の横にもう一人の敵が姿を現した。
現れる寸前に稲妻が走ったことから【雷光遊戯】の能力だと推察できる。
やってきたもう一人の敵。前にいるのと同じく全身に黒いマントを着ており、姿は分からない。奴は俺のところにやってくると蹴りを放つ。
「【脳内模倣】」
炎を纏っていないもう一方の手に【物質生成】の能力を適用。竹刀を生成させて足蹴りを食い止める。
次いで手に纏った炎を消す。拳を握った手を開き、竹刀を打つ足裏めがけて張り手を放った。竹刀に手が添えられえた瞬間に【波動支配】の能力を発動。【雷光遊戯】を使った敵は衝撃波によって吹き飛ばされる。
手強いわけではなさそうだ。
竹刀を振り下ろしつつ消去する。
前を見ると、氷によって身動きができなくなっていた敵の姿はなかった。【雷光遊戯】の人間も吹き飛ばされて以降、攻撃を仕掛けてこない。
「ふー、なんとか逃げ切れたようだね」
姿が消えてもなお、警戒体制でいると伊井予がやってくる。
彼女もまた無傷で敵との戦闘を終えられたようだ。敵とやり合った感触としては、伊井予の方に軍配が上がる。
「逃げ切れたというよりは、向こう側が逃げたんだけどな」
「ははは。そう取れなくもないね。でも、流石は遥斗くんだね。相手が複数人いても余裕みたいだ」
「まあ、俺一人が複数人みたいなところがあるからな」
一人一つ能力が与えられたとするならば、合計5つの能力を使った俺は5人分みたいなところがある。
「それよりも、あいつらは一体何なんだ?」
「あとで説明するって言ったもんね。ただ、ここにいたらまた彼らが襲ってくる可能性もある。なので、まずは私の部屋に行こうか」
簡単に言ってのける伊井予だが、彼女の部屋は女子寮だ。
「男子の俺は入れないだろ?」
「まあ、普通はね。でも、今の遥斗くんなら入れると思うよ」
「今の俺?」
「そっ」
指パッチンしつつ、こちらに向けてウィンクを送る。
「今日の戦いで得た能力を使えば監視網なんて余裕のよっちゃんだよ!」
何だか嫌な予感がする。
急襲してきた敵よりも伊井予の方がよっぽど手強い。戦闘も日常も。
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