第16話:伊井予の言いなりに
昼食後。伊井予の発案で俺たちはレジャー施設で遊んでいた。
「おらぁ!」
伊井予の撃った弾は綺麗に的の中心に当たった。小さくできた穴は続け様に撃った弾によって大きくなる。
百発百中。まるで撃つ弾の道筋が見えているかのように正確な射撃だ。
「もしかして能力を使っていたりするのか?」
「当たり前じゃん。でなきゃ、こんなに綺麗に穴を開けられないよ」
【波動支配】は弾道すらも見破ることができるのか。
「弾道が見えるのなら、俺が拳銃を出しても驚く必要はなかったんじゃないか?」
「見えるのと避けるのは違うからね。それに、遥斗くんの場合は拳銃を向けられたはずなのに、弾道が見えなかったから余計に混乱したのよね」
引き金を引くつもりはなかったというか、あの拳銃にはそもそも弾が入ってなかったからな。
「はい。ということで次は遥斗くんの番」
伊井予はそう言って俺に拳銃を差し出した。受け取り、先ほど受付でもらった弾を装填する。
「生の射撃ってあんまりやったことがないんだよな」
「私のように能力を使ってみたら? 【波動支配】の能力を模倣するために約束を行使して私から能力について聞いたんでしょ?」
軽々と言う伊井予に俺は少し戸惑いを抱く。自分の能力をパクられることに抵抗感はないのだろうか。
でも、伊井予の言うことは尤もだ。せっかく教えてもらったんだから試さない手はない。
彼女はこの空間には波が漂っているといった。
波は物体の動きに事前に反応する。波の動きを見れば、その人が、その物がどう言った動きをするのか予想できる。
「【脳内模倣】」
【波動支配】の能力を扱う者が見ている世界は全く想像ができない。ただ、伊井予が言っていた波というのを思い浮かべてみた。人や物から出る波。ゆらゆらと揺らめく空気の振動。
刹那、視界が歪む。それは部分的で、俺の持つ拳銃と拳銃を握った手及び腕が特に蠢いている。
「見えているみたいだね?」
隣につく伊井予の声に釣られて彼女に顔を向ける。
彼女の身体からも波が流れる。彼女だけじゃない。俺の視界に映る全ての生徒が身体から波を発していた。
なんていうかずっと見ていると気持ち悪くなってくるな。
「慣れるまでには時間がかかるから、耐えきれなくなるまでは【波動支配】を発動した状態をキープしておいた方がいいよ。私は【波動支配】の状態を一日中キープしている時もあるから」
「一日中この視界で生活するのは難儀だな。ずっと目眩が起こっている感じだぞ」
「だからキープしてるのよ。いきなり戦闘で使おうとしたら、相手以前に【波動支配】の能力にやられる可能性があるからね」
強い力にはそれなりの弱点があるってわけか。
「ねえねえ、遥斗くん。的をめがけて撃つイメージしてみてよ。実際に撃たなくていいから軽く引き金を引くだけ」
伊井予に言われるがままに銃口を的に向けて、軽く引き金を引く。
すると、拳銃に流れていた波が異形を形成する。銃口に流れる一筋の歪み。それが的に突き進み、撃ち抜く。
今のが俺が実際に銃を撃った時に描く弾の道筋か。
位置を調整する。歪みの筋が的の中心を描いたところで引き金を強く引いた。
パンッという音が流れる。向こう側にある的は真ん中に穴を開けていた。
「初めてにしては上手く扱えてるじゃん。流石は遥斗くんだね」
伊井予からの称賛を受けつつも、俺は拳銃を元あった場所に戻した。
「悪いけど、ちょっと休憩していいか?」
「酔っちゃったか。しょうがないね。すぐ近くに休憩スペースがあるから、そこで一息つきましょう」
そう言って俺に手を差し出す。
頭がクラクラして思うように歩けなさそうだったからありがたい。伊井予の厚意に預かって俺は彼女の手を握った。
なるべく視界を閉ざして歩く。
伊井予に引っ張られながら歩くこと数分で休憩スペースにたどり着いた。幸い、テーブル席が空いており、俺と伊井予はそこに腰掛ける。
「助かったぜ。ていうか、伊井予は毎日こんな視界の中で生活しているのか」
「そうだね〜」
テーブルに肘をつきながらテーブルに伏せる俺をまじまじと見つめる。
「何かあったか?」
「いやいや〜、いい気味だなと思って」
「伊井予って良い奴なんだか悪い奴なんだかはっきりしないよな」
「はっはっは。アイアム・ア・ミステリアスガールだからね」
「はいはい」
「まあでも、私の苦労を知ってもらえて有り難い限りだよ。私だって最初は慣れるまでに色々あったからね。倒れるなんてザラじゃなかったし」
「だろうな」
もし、隣に伊井予がいなかったら、俺もここまで来れずに途中で倒れていただろう。
「努力したんだな」
一日中【波動支配】の能力を展開しても大丈夫って三半規管がどうなっているんだか。
ボソッと呟いた俺の言葉に、伊井予からの反応はなかった。
不思議に思い、目線だけを上に向ける。伊井予は瞳を大きくして、口を仄かに開けながらボーッとこちらを見ていた。
「どうした?」
「えっ! あー、いや、何でもない何でもない」
続けた一言で我に帰ると、あからさまに視線を逸らした。
照れてやがるのか。今日一日余裕のある笑みを見せていただけあって、急に照れた伊井予の姿に俺は疾しい感情を抱く。
しかし、伊井予はすぐに笑みを取り戻した。
「ありがと。そう言ってもらえてすごく嬉しいよ」
不敵に笑いかけ、俺の方に顔を近づける。
甘い香りが鼻腔をくすぐった。今度は俺が照れる番だった。伊井予の顔を直視できず、テーブルの方に視線を送る。
そこには伊井予の大きな二つの丘があった。前のめりになったことで一層強調っされている。
慌てて顔を上げる。
何も見ていないかのように平然を装う。
「今、私のおっぱいを直視したでしょ? 遥斗くんのエッチ」
「馬鹿っ! 公共の場でそんなこと言うな! 誰かに聞かれたらどうするんだ?」
周りをキョロキョロする。
同じように休憩している生徒の中に俺たちに視線を送る者はいなかった。変なことを聞かれなかったようで何よりだ。
「なーに慌てちゃってるの〜? 遥斗くんは可愛いな〜」
再びペースを伊井予に持ってかれる。彼女の前で油断は禁物だ。
「はぁ〜。明日のリーグ戦でまた伊井予と戦うことがなくて良かったよ」
フードコートで食事を摂っている最中、明日のリーグ戦の対戦表が送られてきた。上位リーグに進んだ10人と下位リーグに進んだ10人は5人2組に分けられ、再びリーグ戦を行うことになる。
俺のいるリーグ戦の中に伊井予はいなかった。
「残念。多分、今日のリーグで戦った相手は分かれるようになっているんだろうね」
「そういえば、伊井予のリーグには柳井と永井っていたか?」
「柳井と永井……見なかった気がする」
と言うことは二人とも下位リーグに行ってしまったわけか。明日の結果次第では二人を労ってあげよう。
「よし。ようやく回復した。明日もリーグ戦があることだし、今日はこの辺でお開きにしようぜ」
そう言って俺は立ちあがろうとテーブルに手を置いた。
その手首を伊井予が握りしめる。彼女はイタズラな笑みで俺を見ていた。
「そう簡単に帰すわけにはいかないな〜。回復したなら、次は映画館にでも行こうよ」
絶対に離さないとでも言うように、手首に伝わる握力は凄まじさを増す。
「ねえ? お願い?」
「わ、分かった……」
「やったー」
屈託のない笑みに変わる伊井予。
今日のリーグ戦で彼女には勝ったはずなのに、俺は何だか負けたような気分になった。
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