第8話:自分の自分の行く道

 俺と美里は芦田を置き去りにして教室に戻ったが、特に問題が起こることはなかった。


 俺たちが実技場から出た時、芦田は気絶したままだった。その後、他の生徒に倒れているところを見つかったのか、誰にも気づかれることなく自ずと目が覚めたのかは分からない。


 仮に芦田が倒れているところが発見され、事件性があったとしても俺たちが罪に問われることはないだろう。芦田が口を割るはずがない。もし、口を割れば自分が一番危険に晒されるのは彼なら分かるはずだ。


「今日は私の奢りだよ! 食べて食べて!」


 授業後。俺たちは寄り道がてらデパートのフードコートに足を運んでいた。

 芦田の件があって二人とも昼食を食べることができていなかった。そのため、小腹を解消するために軽食を取ることにしたのだ。


「いいのか」


「もちろん。私のピンチを助けてくれたんだもん。お礼くらいはさせてもらわないと」


 俺は目の前に置かれたポテト、たこ焼き、焼きそばを見渡す。食べ物を見たことで腹がギュルルッとなったので、がっつきやすい焼きそばから食べることにする。


 ズルルッと音を立てて麺を頬張る。ソースが麺にしっかりと絡まっており、濃い味が口の中へと広がっていった。一度動かした手は最後まで止まることなく、すぐに完食してしまった。


「よっぽどお腹が空いてたんだね」


 美里は紙パックにストローを加え、ジュルルッと飲み物を啜る。


「美里は食べなくていいのか? お昼食ってないんだろ?」


「お腹は減っているんだけど、食欲はあんまり湧いてないんだよね」


 照れながら言う彼女に対して、俺は自分の軽率な発言を悔いた。

 きっとまだ美里の中では芦田から受けた屈辱が消えていないんだろう。もしかすると、また襲われるかもしれないとヒヤヒヤしているのかもしれない。


「もし何かあったら俺を頼ってくれ。絶対に美里を助けてみせるから」


「遥斗……うん、ありがとう……」


 頬を赤らめ、穏やかな笑みを浮かべる。

 卒業まで一週間ほど。それまではできるだけ美里のそばにいてあげよう。


「それにしても、どうして急に強くなったの? ちょっと前まであんなに上手く模倣できてなかったよね?」


 不意に話題が変わる。

 当然されるであろう質問だとは思った。授業中の芦田の発言から遥斗の記憶力は乏しく【脳内模倣】をうまく扱えないことは分かっていた。


「記憶力のトレーニングを積んだんだ。【脳内模倣】を上手く使いこなすには記憶力を上げるしかないと思ったから」


 予想していたから答えは持ち合わせている。

『【超絶記憶】を手にした』=『記憶力を大幅に上げた』と捉えればいいのだ。こう言えば反論されることはない。


「なるほどね。遥斗も高校に向けて大きく成長したわけか」


 美里は納得した様子でポテトを一本摘んだ。俺の言葉を受けて安心し、食欲が湧いたのだろうか。そうであれば嬉しいな。


「私も頑張らないとな。芦田先生がしたのは許されないことだけど、芦田先生が言ったのは間違いない話だからね。【部分時戻】の能力をうまく扱えないと、高校で落ちこぼれになっちゃうかもしれないしね。なんたって全国にいる強力な能力を使う者たちが集う高校だもんね」


 爪楊枝でたこ焼きを刺して口に運びつつ、美里の話を聞く。


 そういえば、遥斗の進路はどうなっているのだろう。

 高校進学は前提として、今まで受験に関する話はされていないので、おそらくどこかの高校に合格したのは間違いない。


「ねえ、遥斗はどう思う?って言ってもな〜、遥斗は知らないうちに強くなってたからな〜。私たちみたいな能力をうまく扱えない人間が猛者たちが集う高校でうまくやっていけるのかなって不安を共有したかったのに」


 考えていると、美里が答えをくれた。

 どうやら、遥斗もまた美里と同じく『強力な能力を使う者たち』の仲間入りをしているみたいだ。


 強くなれるチャンスがまた一段と上がったように思えた。

【超絶記憶】と【脳内模倣】の混合能力は強い者と一緒にいればいるほど強力になっていくのだ。


「俺だって頑張れば強くなれたんだ。美里も頑張りさえすればうまくやっていけると思うよ。それに、美里の能力はうまく扱えば超強力のはずだから猛者たちに引けを取らないと思う」


「本当? じゃあ……」


 美里は両肘をテーブルにつき、手に顎を乗せた。


「私が強くなるのに付き合ってくれる?」


 やや上目遣いで強請るように聞いてくる。

「付き合う」という言葉に告白のようなものを感じたが、決してそう言うわけではない。あくまで練習に付き合うということだろう。


 とはいえ、あざとい仕草に胸が高ならないはずがない。

 美里は可愛い部類に入る女の子だ。そんな子に色気を出されたら、鼻の下が伸びるのは自然の摂理。バレないように口と鼻を手で覆った。


「ああ。美里が強くなれるように全力でバックアップするよ」


 視線を逸らしながら答える。

 俺の答えに満足したのか、美里は両手でガッツポーズをした。


 軽食を済まし、二人揃って帰路を歩いていった。

 それからは普段通りの学園生活を送り、一週間が経って卒業式を迎え、さらに一ヶ月が経って高校の入学式を迎えることとなった。

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