第7話:因縁の相手

【超絶記憶】と【脳内模倣】を使っての戦闘は初めてだ。

 もっと言えば、能力を使った戦闘すら初めてだ。俺の能力は戦闘に不向きだったから。


「行くぞ」


【火炎遊戯】の能力をイメージし、全身に炎を纏わせる。

 芦田の【氷雪遊戯】は炎で溶けることが分かった。これで氷による床との接着は防ぐことができるはずだ。


「【氷雪遊戯】」


 芦田は自身の周りに氷の結晶を生成する。氷柱のように先の尖った形をしている。手を前に出し、氷の結晶を俺の上体に向けて飛ばしてくる。


「【脳内模倣】」


【瞬間移動】の能力をイメージする。

 移動する位置は芦田の真後ろ。視界がガラッと切り替わり、前を向いていた芦田が後ろを向いていた。


 後ろに気配を感じたのか、芦田がこちらを振り向く。

 俺は素早く横蹴りを繰り出した。芦田は腕を横に出し、攻撃を受け止める。


「ふん。体技はまだ未熟だな」


 余裕の笑みを浮かべる芦田に対して、俺もまた頬を緩める。


「それはどうかな……」


「なに!?」


 芦田は突如強い光を放つ俺の足に驚きを示す。

 俺は体に纏った炎を蹴りを放った足に集中させていた。これによって蹴りの威力が上がり、芦田の防御を撃つ。


 ドンッという爆発音を奏で、芦田を横に吹き飛ばした。


「【氷雪遊戯】」


 吹き飛ばされながらも、芦田は床についた俺の足を氷漬けにする。

 すぐに身体全体に炎を流し、氷を溶かす。芦田は苦悶の表情を見せながら実技場の壁へと激突した。


「まさか生徒相手に私が傷を負おうとは」


 口を歪め、眉間に皺を寄せ、睨みつけるように俺を見る。

 俺は芦田の苦しむ様子に少しばかり快感を覚えていた。

 昔いじめていた奴が苦しんでいる様子は見ていて楽しいものだった。


 だが、これだけで済ませるわけにはいかない。

 美里を苦しめた分、もっと芦田を苦しめる必要がある。もう二度と俺や彼女と関わりを持てないように。


「君の力を見くびっていたよ。だから、ここからは私も本気で行かせてもらう」


「そうしてもらえると助かります」


「【氷雪遊戯】」


 床に大きな氷の球が一つとその両端に小さな氷の球が浮き上がった。

 小さな球からは狼の形をした氷が姿を現し、大きな球からはワイバーンの形をした氷が姿を現す。


 両脇の狼が左右を塞ぐように走り、ワンバーンは空を飛ぶことで前と上を塞ぐ。芦田への道は閉ざされた。向かうためには氷の造形物を倒す必要がある。


 だが、それは能力を使わなかったらの話だ。


「【脳内模倣】」


【瞬間移動】の能力をイメージする。

 ワイバーンと狼の攻撃を回避しつつ、芦田の目の前に現れる。


「まあ、そうするしかないよな!」


 芦田にはお見通しらしかった。

 俺がパンチを繰り出すとともに、芦田もまた両手を前に差し出す。

 二人を分かつように作られた氷の盾。俺の拳はそれに防がれる。


 プシューッと氷が音を立てる。炎によって溶けたものの、破壊することはできなかった。


 実技場が静寂に包まれる。

 閑散とした雰囲気を破ったのは鎧のように響く足音だった。足音が鳴り止むと、後ろに気配を感じる。


「終わりだ」


 氷を隔てて見える芦田は不敵な表情を浮かべていた。

 おそらく俺の後ろに現れたのは二匹の狼だ。小回りを聞かせて迂回し、こちらに突っ込んできたのだ。


「どうかな? 【脳内模倣】!」


 詠唱するとともに、【氷雪遊戯】をイメージし、自身の後ろ側に大きな球体を作り出す。


「なに!?」


 芦田の浮かべた笑みは驚きに変わっていた。


「俺の前で下手に技を使うのはお勧めしませんよ。だって、俺は敵の技を模倣することができるんですからね!」


 盾に叩きつけた拳が纏った炎の火力を上げる。

 溶けるような音が発生するとすぐに盾は四方八方に散らばった。


 氷で作られた狼が俺を襲うことはなかった。俺からは見えないが、おそらく俺の作り出したワイバーンにやられていることだろう。


 芦田と俺を隔てるものはなにもなくなった。

 もう一方の拳に炎を集中させる。燃え滾る炎を乗せて俺は芦田に向けて力一杯拳を振るった。


 拳は芦田の顔面に直撃し、顔を歪める。

 瞬間的に力を入れ、後ろに吹き飛ばすと白目を向いた彼の姿が視界に入る。芦田はそのまま壁にぶつかってうつ伏せの状態で倒れた。


 これで美里の分まで屈辱を晴らすことができた。


 腕を振るって炎を消す。後ろを向くと、俺の生成したワイバーンだけが残っていた。芦田の狼は俺のワイバーンに倒され、芦田のワイバーンは親元を失って自然消滅したのだろう。


 一息つき、美里のいるところまで歩いて行った。

 芦田が敗れたことで美里を磔にしていた氷が消失し、彼女は着崩れした制服を着直していた。


「怪我はないか?」


 俺は美里に近寄って手を差し伸べる。


「遥斗……」


 美里は潤った瞳で俺を見る。立ち上がり、手は握らずに俺の身体を抱きしめた。


「ちょっ!」


 柔らかい感触が身体を刺激する。シャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 この空間にいるのは俺たち以外に気絶した芦田のみ。ほぼ二人きりに近い空間は変な気を起こさせる。


「怖かった……」


 だが、変な気は一瞬で吹き飛ぶ。

 俺の肩で涙を流す少女を見て、俺は彼女の頭にそっと手を添えた。


「もう安心だよ」

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