第5話:特訓

 お昼時。

 俺は一限で使った実技場に足を運んだ。

 誰も使っていないためか鍵がかかっている。


「さてと……最初に試すのは【物質生成<マテリア・ヴェスティブルーム>】だな」


 手を自分の前に出し、親指と人差し指と中指で摘んだ。そして、目を瞑る。

 一限目の終わり。芦田先生が持っていた実技場に入るためのICカードの形状を記憶しておいた。


 転生前にクラスメイトが扱っていた【物質生成】を思い出し、次いでICカードの形状を思い出す。


「脳内模倣(セレブラム・イミテイチオ)」


 実技講義の後、セレブラム・イミテイチオの意味を調べた。

 分かっていたことではあるが、【脳内模倣】を意味する言葉だった。


 普段なら脳内で詠唱するのだが、二つのことを同時に思い起こしながらの脳内詠唱は苦難を要するため声に出した。


 ふと、摘んだ指に厚紙のような感触を抱く。

 瞼を上げ、手に視線をやる。一限に見たのと同じ模様のICカードを握っていた。能力がうまく使えたみたいで何よりだ。


 顔を四方八方に向け、誰もいないことを確認した後に扉横のタッチパネルにカードをかざす。ピッという音がしたので、レバーハンドルを握って開けた。


 扉を閉め、内側に設置された鍵をかける。

 鍵がかかっており、ICカードは職員室にある。側からは誰もいないように見えるはずだ。


 授業とは違い、一階の実技場に足を運ぶ。


 これから行うのは炎を扱う能力の特訓だ。

 この世界では力と権威には大きな相関関係がある。戦闘系の能力が使えると、何事も有利に運ぶことができるのだ。


 授業中に生徒の能力を目の当たりにして一番格好良さそうな炎の能力を使うことにした。能力の名は【火炎遊戯<フランマ・ルーデンス>】。


 男子生徒が使っていた技を思い出す。

 右腕に炎が生成された。腕にまとわりつくように流れる炎に魅了される。漫画の主人公になった気分だ。


 右手を上げ、左手を前に出す。

 遠くに狙いを定め、右足を出すと同時に両手を対照の位置に持っていく。


 纏った炎が放射器の様に噴射する。対角線上に注がれた炎の線は一定の距離を辿ると霧散した。飛距離は男子生徒が授業で見せたのと同じくらいだ。

 

 なんとなく自分の能力について分かってきた。

【超絶記憶】と【脳内模倣】の組み合わせはあくまで自分が見てきたものに依存するようだ。


【物質生成】の能力は過去にICカードを見ていたことで能力の応用が効いた。


 しかし、【火炎遊戯】は男子生徒が行ったもの以外の記憶は皆無に近い。【超絶記憶】とはいえ、視界情報のピントが合っていない場所の記憶は朧げだ。【火炎遊戯】の能力をまじまじと見たのは男子生徒が初めてなので、彼以上の力を出すことはできないのだ。


 記憶の組み合わせでしか能力を模倣することはできないわけか。【超絶記憶】ではなく、【超絶創造】とかだったらまた違った結果になったかもしれない。


 本当はもっと色々と試したかったが、炎の扱い方に限界があることが分かったのでやめておくことにする。強くなるためには、能力の扱い方が上手な人を見学するところから始めなければならない。


 ピッ。


 閑散としていたためか、小さな電子音が耳朶を打った。

 誰かが実技場の扉を解錠したようだ。姿を見られたらまずい。


 俺は講義で扱われた【瞬間移動<モーメンタル・ムーブ>】の能力を思い出す。

 女子生徒は「自分が立つ場所をイメージして念を唱える」と言っていた。一限の時に座っていた場所を思い出す。


「脳内模倣(セレブラム・イミテイチオ)」


 刹那、尻を押される感覚を覚える。

 前方を見ると、既視感のある景色を捉えた。


「誰もいない実技場なんて初めてです。私の能力だと持て余しそうですね」


 同時に、今度は聞き覚えのある声が聞こえた。身を屈めながら前に進む。手すりにやってくると、ちょこんと顔を出した。


 見えたのは芦田先生と美里の姿だった。

 美里はお昼に芦田先生にマンツーマンで能力を教えてもらうと言っていた。まさか実技場にやってこようとは。


 いや、よく考えれば当たり前の話か。

 マンツーマンならここが一番練習をしやすい。運動場は他の生徒が遊んでいるだろうしな。


「そんなことはない。君の【部分時戻<パルテ・テルガ・テンポラル>】の能力は上達さえすれば実技場の範囲で扱える」


 運が良いのか悪いのか、二人は俺の近くで足を止めた。

 芦田先生は振り返り、美里と向かい合う。


「では、特別講義を始めよう。君の【部分時戻】はとても強力な能力だ。部分的に時間を戻すことで壊れたものを直したり、傷を癒したりできる。しかし、それにはとてつもないほどの集中力が必要だ。君がうまく使えるよう私が指導してあげよう」


「お、お手柔らかにお願いします」


 美里の声には覇気がなかった。全く乗り気ではないようだ。


「まずは基本的なものから行こうか」


 芦田先生はそう言ってポケットからスマホを取り出す。

 今の時代には古い機器だ。一体何に使う気だろうか。


「【氷雪遊戯<グラキエース・ルーデンス>】」


 能力を詠唱した瞬間、スマホが氷に包まれる。

 そして、スマホを地面に落とすと破片となって四方八方に飛び散った。


「もう使うことのない機器だから壊れても問題ない。ただ、このままでは片付けるのが面倒だからね。君の力で修復してみてくれ」


「わかりました」


 美里は飛び散った破片に手をかざす。

 翡翠色の光が手から湧き出る。それは流れるように破片たちを包み込んでいった。やがて一箇所に集まり、元の状態を形作っていく。


「はぁ……」


 仄かに息が漏れる。かなりの集中力が必要みたいだ。

 小さな物なのに直すまでに数分かかっていた。さすがは治癒能力の一種というべきか扱う難易度はかなり高いようだ。


「んー、やはり能力の扱いは不慣れのようだね。こんなものに数分もかかっているようでは強力な能力も意味がない」


 芦田先生は腰を下ろすと、スマホを手に取る。


「いやー。でも、先生が思っている以上にこの能力って使い方が難しいんですよね。今の結構全力だったんですよ!」


 美里は左手で頭を掻いた。先生に罵倒されて戸惑っている様子だ。


「今ので全力か。そうなると、【部分時戻】の真の実力を開花させるためには限界を越える必要がありそうだね」


 立ち上がり、芦田先生は美里に笑みを漏らした。

 心なしか彼から漂う雰囲気に邪悪さが感じられた。美里も変なものを感じたのか「芦田先生?」と彼の名前を呼んだ。


「柳井くん。両手を出したまえ」


 芦田先生の命令に対して、美里の動きが一瞬止まる。

 戸惑っているようだ。ただ、指示が簡単なものだったからか言われたとおり両手を差し出した。


 すると、美里の両手に氷が生成される。

 手錠のようにつけられていた。美里は手に力を入れて氷を剥がそうとするが、無意味だった。


「人は危険な状態になると、自分の意志で出せる能力以上の力を発揮する。火事場の馬鹿力というやつだ」


 芦田先生は戸惑う美里を微笑ましく見つめていた。

 舌を出し、右から左へと移動させる。その動作に怖気が走る。


「さて、ここからが本当の教育の始まりだ」

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