第4話:もう一つの能力

 実技場の二階に上がると、椅子が四方に二列横並びになっている。そのうちの一つに腰掛け、能力実技練習を見学する。


 クラスメイトは内周を終えると、各々の練習に入っていった。

 能力は一人一人タイプが違うので、自分に見合った練習方法を実施していく。とはいえ、全員が全く違うと言うわけではない。


 似通った能力を持つものは互いにアイディアを出して能力の幅を広げる。また、火や水といった対照的な能力を持つものも互いの能力をぶつけ合うことで自分の長所や短所を確認する。


 この授業の目的は『自分の能力をうまく使いこなすこと』だ。

 俺のいた二十年前の世界では、能力関連の事件が相次いでいた。個人個人が強い力を持ってしまったが故の弊害だ。


 そのため、自分の身は自分で守ることを余儀なくされた。

 早い段階で能力の実技練習は実施されている。だから、クラスメイト全員が能力をある程度はうまく使いこなせていた。


 彼らの様子を見ながら、俺もまた自分の能力について考える。

 模倣するのが遥斗の持っている能力だ。記憶を要すると言うことは模倣する対象をイメージすればいいのだろうか。


 目を走らせ、何か使い勝手がいい能力を発揮している生徒がいないか確認していく。思いの外、対象となる生徒は早く見つかった。


 浮遊の能力を持つ男子だ。

 彼はボールを宙に浮かせていた。手のひらをボールの浮く位置に沿って広げている。


 何か宙に浮かばせられそうなものはないだろうか。

 キョロキョロ周りを見渡す。だが、どこにも良いものは見当たらなかった。


 仕方がない。

 長考の末に上着を使うことにした。

 チャックを外して脱ぎ、自分の前に持っていく。


 彼が行った様子を頭の中で意識する。

 目を瞑りながらイメージすると、不意に上着に対して上の力が働いた。

 ゆっくり手を離すと、上にかかった力に任せて上着が浮かび上がる。


 案外簡単に成功した。

 喜びで気が抜けたからか、宙に浮いた上着が落ちて俺に覆い被さる。

 視界が暗くなり慌てふためく。上着を剥ぎ取ると、周りをキョロキョロ見た。


 実技場の一端で、美里がこちらにニヤニヤした表情を向けていた。


 どうやら慌てふためく様子を見られたみたいだ。俺が顔を訝しめると、美里は二階につながる階段の方に走り始めた。こっちにやって来るみたいだ。バカにしに来るのだろうか。


 だが、美里がやってくることはなかった。

 階段のあるところに向かう際、先生に呼び止められてしまった。


 先生が何やら言っている。内容は分からないが、美里のしょぼくれた表情から説教を喰らっているに違いない。俺を笑った罰だ。ざまあみろ。


 美里が来ないと分かったところで、再び自分の持つ能力に向き合う。

 無様な姿を見せてしまったとはいえ、能力の模倣に成功したのは確かだ。


 対象を切り替え、別の能力を試してみることにする。

 目に入ったのは、瞬間移動の能力だ。能力を持つ女子生徒は実技場の端から端までを一瞬で移動していた。


 思わず手を叩いてしまう。

 瞬間移動の能力があれば、内周なんてやらなくても良さそうな気がしたが、誰も一瞬で終わっていなかったので彼女は律儀に走ったのだろう。


「ねえ!」


 彼女は瞬間移動を何度も繰り返していたので、俺の座る場所の真下にやってくることもあった。それを見計らって声をかける。


「どうしたの?」


 俺の声に反応して彼女は見上げる。目が合い、自分が呼ばれたのだと察してくれたようで、同じ声量で聞き返してくれた。


「その能力ってどのように使ってるんだ?」


「もしかして模倣しようとしてるの?」


 俺の目論見はバレバレだったみたいだ。


「自分が立つ場所をイメージして念を唱えるだけだよ」


 意図が分かっても、彼女は簡単に教えてくれた。優しい生徒だ。

 自分が立つ場所をイメージするだけ。種さえわかれば簡単な能力だ。


「ありがとう」


 お礼を言って、俺は一度椅子から離れる。

 二階を一周できる道にやってくると、先ほど座っていた場所をイメージし、念を唱える。【超絶記憶】によって鮮明にイメージすることができた。


「【セレブラム・イミテイチオ】」


 視界が一瞬眩み、先ほどの位置に座っていた。うまく成功したみたいだ。


「はあ……もう最悪なんだけど」


 瞬間移動がうまくいって喜んでいると、美里がこちらにやってきた。先生からの説教で疲れてしまったらしく表情が重い。


「お疲れ」


「聞いてよ。サボった罰としてお昼の時間にマンツーマンで能力について教えてやるって。卒業間近だから俺の持っている全てをお前に教えてやるだって。気持ち悪いったらありゃしない」


 よっぽど不満が溜まっているようでマシンガントークのような早口で愚痴を漏らしていく。


「ドンマイ。それにしても、よくここに来れたな。許可はもらえたのか?」


「うん。友人が二階で何やら遊んでいるので注意しに行きますって言ったからね。それなのに、罰は撤回してもらえなかった。ほんと最悪だよ。罰なら遥斗にやれっての」


「俺を売るなよ」


「にしても、知らない間に色々できるようになったんだね。前はほとんどの能力がうまくいってなかったのに。記憶力が悪いあまり脳内でイメージできなくてさ」


 手で口を覆って不敵な笑みを見せる。馬鹿にされているらしい。

 遥斗は記憶力がイマイチだったのか。それが【超絶記憶】を持った俺に取って代わったことでうまく能力を使うことができるようになったというわけか。


 もしかして、今の俺ってすごい存在だったりするのだろうか。


 遥斗の持つ能力は使い方次第ではどんな能力も扱うことができる。下手すれば、俺は誰よりも強い存在になれるのではなかろうか。外見は別人であるが、みんなを見返すチャンスではないか。


「ふふふふふ」


 感情を抑えきれず、悪巧みするような笑みをこぼしてしまう。


「何笑ってんの。怖いんだけど……」


 馬鹿にされたのに笑う構図となってしまい、美里は心底気味悪い様子で俺をまじまじと見つめていた。

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