第3話:やってきたのは未来の世界

 数日が経ち、少しずつ状況を飲み込むことができてきた。


 俺は転生してしまったようだ。

 ここは異世界ではない。俺の生きていた世界の二十年後の世界だ。


 原理は分からない。山田健太の身体が死に、山田健太の魂が彷徨った果てに、意識を失っていた久遠遥斗の身体に乗り移った。今はこれが一番理解できるシナリオだ。納得はできないけど。


 退院した翌日。俺は遥斗の通っている学校に登校した。

 中学三年生の二月の終わり。卒業間近。こんな時期に転生してしまい、遥斗に申し訳ない気持ちだ。とは言っても、意図的でないのだから許してほしい。


 遥斗は俺と違って友達の多いやつだった。

 登校するやいなやクラスから心配の声をかけられた。

 階段で滑って頭を打ったという俺と全く同じ状況に陥ったらしい。


 俺にとっては初対面の相手だったので話し方はおぼつかなかった。

 みんなは俺が頭を打って変になったと思うだけで、人格が変わったとまでは思っていない様子だった。まあ、当たり前の話か。


「はーあー、1限から芦田先生の授業かー。だるいなぁ……」


 柳井 美里(やない みさと)はそう言って大きく伸びをした。体操着が体にピッタリ嵌っているからか胸が強調される。見てはいけないと分かっていても視線は引っ張られた。


 カリキュラムは二十年前とさほど変わってない。

 1限目は能力実技。己に与えられた能力を訓練する授業だ。


 遺伝子改良によって人類は異能力を手にした超人類へと進化した。

 交配の果てに今は誰もが一つ固有スキルを持っている。山田健太として生きていた時は【超絶記憶】という能力を持っていた。


 簡単にいえば一度覚えたことは忘れない能力だ。

 今まで見てきたことを映像として覚えている。容量がおかしいビデオカメラみたいなものだ。


 凄そうに見えるが、【超絶記憶】は弱小スキルの枠に含まれる。

 情報技術のありふれた今の時代に、記憶力がすごいだけというのは意味がないのだ。機械で代用ができてしまう。


 火を吹いたり、氷を作ったり、瞬間移動ができるやつだっている。そんな魅力あふれる能力がいっぱいある中、記憶力が良いだけなんて笑ってしまう。実際、周りにいた生徒は俺の能力を嘲笑っていた。


 弱小スキルのせいで俺はいじめられてきた。

 だから【超絶記憶】の能力はあまり好きではない。


 転生したのだから、俺は遥斗の能力が使えるはずだ。

 新しい能力を手に入れたと浮かれていたが、蓋を開けてみたら【超絶記憶】を引き継いでいるだけだった。


 目覚めてから今までの記憶は全て鮮明に思い出せる。それ以外に特に変わった点は見られない。火は出せないし、瞬間移動もできない。固有スキルは一人一つなのだから【超絶記憶】を受け継いだのなら他の能力は使えないのだろう。


 転生の意味とは何なのだろう。

 強い力を手に入れるためではなかったのか。


「そういえば、遥斗は授業に参加するの?」


 心の中で不満を垂れ流していると、美里がそんなことを尋ねてきた。


「いや、今日は見学。みんなの様子を見るだけだ」


 医者からは激しい運動は控えるように言われている。頭を怪我したことで、脳に後遺症が残っている可能性があるからだ。

 

 能力が【超絶記憶】だから授業に参加しても支障はない。超人類は戦闘系の能力を持っていることが多いから体操着に着替えているだけで、俺みたいな非戦闘系の能力者は制服のまま動かなくても受けられるのだ。


「そっか。まあ、【セレブラム・イミテイチオ】の能力は見るだけで糧にできるから遥斗にとっては出席しようが、見学しようがあんまり変わらないもんね」


 美里の発言は聞き捨てならなかった。


 セレブラム・イミテイチオ。きっとそれは遥斗が持っていた能力に違いない。

 どういった能力だろうか。能力名は日本語ではないため言葉にされただけでは分からない。


 考えているうちに授業を行う実技場へとやってきた。

 バスケットコート四つ分の広さを誇っている。自分の通っていた中学よりも数倍広い作りとなっていた。


 実技場の真ん中に生徒が並んでおり、彼らと向かい合わせになるように男性が立っていた。服装がみんなと違うので、おそらく先生だろう。


 頭に負担をかけない程度の早歩きで集団の元に足を運ぶ。

 次第に先生の顔が顕になっていく。黒縁メガネをかけた気の難しそうな男性だった。眉間に皺を寄せ、口元をキュッと結んでいる。


 彼の顔に見覚えがあるような気がした。

 気のせいだろう。【超絶記憶】なのだから見覚えがあると言うのはおかしい。なんせ見たものは全てはっきりと覚えているのだから。


「全員揃ったようだな。では、授業を始めよう」


 先生は俺たちがやってくるや否や授業を始めようとする。

 まだ授業のチャイムは鳴っていない。にも関わらず、生徒は全員、先生の指示に返事をすると急に走り始めた。


 俺は一人取り残されながらもクラスメイトの姿を見つめる。

 彼らは実技場の端まで行くと、次は枠に沿って走っていく。どうやら最初はウォーミングアップとして実技場を周回するらしい。


「久遠くん。体調は大丈夫かな?」


 クラスメイトに視線を走らせていると先生に声をかけられる。

 彼は笑みを浮かべてこちらを見ていた。その笑みに愛嬌はなく、嫌らしさだけがあった。


「はい。ただ、本日は大事を取って見学という形にさせていただきます」


「担任の先生から話は聞いている。まあ、君の能力は見て学ぶこともできる。卒業間近だから『他生徒の能力の模倣ができる』ようにせいぜい頑張りたまえ。まあ、君は記憶力が弱いから模倣するのは無理かもしれないがな。見学は二階にある座席で行いなさい」


 嘲笑うように言って先生は俺から離れていった。

 角の立つ言い方をする先生だ。生徒から嫌われているであろうことは初対面でも分かった。


 とはいえ、今の台詞には遥斗の能力を仄めかすものがいくつもあった。


 他生徒の能力の模倣ができる能力であること。そして、記憶力が必要な能力であること。イミテイチオというのは『模倣する』という意味を持つ『イミテイト』からきているのかもしれない。


 ひとまず、先生に言われたとおり、俺はクラスメイトの練習風景を見守るために移動を始めた。

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