第2話:転生
最初に感じたのはガタガタと物が揺れる音だった。
ゆっくりと瞼を開く。視界に映るのは白い天井だ。
肌に触れるのはサラサラしたもの。体全体から感じるため、何かに包まれているようだ。背面の触感はフカフカしている。
ここは保健室か。
俺は助かったのだろうか。
体に力を入れて起き上がる。
広がる景色は保健室にしては狭すぎた。
ベッドは自分の寝ている物しかなく、先生の作業場は見つからない。
保健室というよりは病室に近い内装だ。
ここはどこだろうか?
部屋を見渡しながら考えていると扉の開く音が聞こえた。
視線を定め、扉のある方へ向ける。しばらくして一人の少女が顔を出した。
茶髪のポニーテール。
目のぱっちり開いた可愛らしい女の子だ。
セーラー服に身を包んでいる。中学生か高校生か背丈からは判断できない。
「起きてんだ。調子はどう?」
俺を一瞥すると、仲睦まじい様子で話しかけてくる。
親しい様子から友達であることが伺える。恋人と言っても差し支えない。なのに、俺は彼女について何一つ知らなかった。
「えっと……どちらさんですか?」
頭を掻きながら正直に話す。
手に触れた部分には包帯が巻かれていた。
頭から血を流したのだから当たり前か。
ボトッ。
目の前の少女は肩にかけた鞄を地面に落とす。
元々ぱっちり開いていた目がさらに大きくなる。開いた口はいくら経っても塞がらなかった。
「う、う、嘘でしょ! まさか記憶喪失になっちゃったの! 幼馴染のことを忘れちゃったの!」
彼女は目の前までやってくると、俺の胸ぐらを掴んで揺する。
傷んだ脳が震える。今の俺には殺傷行為に近い。声を出そうとするも振られた状態ではうまく出せなかった。
「ご、ごめん!」
我に帰ったのか、少女は謝罪をしながら手を離す。勢いで俺はベッドに横たわった。揺すられたせいでまだ頭はくらくらする。
「ほ、本当に私のこと覚えてないの?」
少女が俺の顔を覗き込んだことで距離が近くなる。
紺碧色の瞳が潤っていた。友達が自分のことを忘れたのだ。寂しいのは当たり前か。
でも、一つ気がかりなことがある。
別に俺は記憶喪失になったわけではないはずだ。
なぜなら、少女以外の記憶は全て持ち合わせているからだ。
どうして自分が頭に包帯を巻いているのかも全て思い出せる。クラスの男子にいじめられ、逃げた矢先に階段から落ちたのだ。その前に神山さんというクラスのマドンナに勉強を教えたことも覚えている。
俺は部分的に記憶を失ったのだろうか。
【超絶記憶】の能力を持っているのに忘れるなんて。笑っちゃう事態だ。
「何も覚えてないの? 一緒に遊んだことも、一緒に学校生活を送ったことも、一緒に……一夜を過ごした……」
一緒に一夜を過ごしただと。
俺はそんな大事なことを忘れてしまったのか。
なんたる失態だ。一番忘れてはいけないことを忘れてしまった。
「まあ、最後のは嘘なんだけど」
嘘なんかい。
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「冗談は置いておいて。遥斗が私との思い出を忘れるなんて寂しいな」
少女の想定外の発言に、俺は目を見張った。
今、何て言った。俺のことを遥斗と呼ばなかっただろうか。
俺の名前は健太だ。遥斗なんかではない。
見知らぬ少女、見知らぬ名前。
嫌な予感を抱く。視線を彼女から横に逸らした。
ここが病室であるならば、入り口の近くに洗面所があるはずだ。
「もう一回頭を殴ったら記憶が戻ったりしないかな?」
少女は眉を顰め、真剣な表情で問いかける。
怖いことを言うなよ。ツッコミたい気持ちは山々だが、今はそれどころではない。俺はひとまずベッドから飛び起きる。
「ど、どうしたの?」
「いや、ちょっと確かめたいことがあってな」
そう言って、洗面所の方へと足を運んでいった。
ガラッと扉を開けると、トイレの横に鏡がある。
やはりか。
俺は思わず息を呑んだ。
鏡に映し出された俺の顔は見たことのない容顔をしていた。
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