双能力使いの無双譚 〜二つの弱小スキルで世界最強を目指します〜

結城 刹那

プロローグ

第1話:弱小能力

「健太くんさ……あんまりでしゃばらないでくれる……うざいんだよね」


 目の前に佇む男子生徒は、壁にもたれかかっている俺の右肩に蹴りを入れた。


 もう何度も同じ攻撃を受けているからか、皮肉なことに痛みはあまり感じない。ただ、体の痛みは麻痺しているのに、心の痛みはいつまで経っても麻痺することはなかった。


 今すぐにでも逃げたい気分だ。

 だが、腕と足に付けられた氷の物体が逃亡を許してくれなかった。


 自分の能力をこんな狡猾なことに使うとは。彼は醜さの塊だ。


「なんだよ。その目はよ!」


 気持ちが表情に現れていたのか、彼は俺を見て歯軋りをした。今度は足を顔にぶつける。躊躇のない蹴りによって鼻が折れたような感覚に襲われた。


 一体、俺が何をしたというのだろうか。


 俺はただ普通の生活をしていただけだ。

 誰かに悪口を言ったり、暴力を振るったり、嫌がらせをしたことは一度もない。ただ、普通に過ごしていただけだ。


「てめえには汚れた面がお似合いだ。なあ?」


 彼は後ろにいた仲間たちに顔を向ける。彼らは薄気味悪い笑みを浮かべて俺を見ていた。男もまた釣られるように笑みを浮かべる。


「この薄汚い面を神山さんに見せてやれよ」


 神山さんは俺たちのクラスにいる女子だ。

 才色兼備の完璧超人。彼女はマドンナ的存在でクラスの全男子が彼女に惚れている。


 彼女の名前がどうして今出てきたのだろうか。


 考えを巡らせていると、三度彼の足が俺の体を蹴り付ける。快楽物質が分泌しているのか彼の表情はゲームに熱中する子供のように輝いていた。


「良い気になって彼女と話しやがって。てめえみたいな雑魚は教室の隅で空気のように佇んでいれば良いんだよ」


 興奮しているようで喋りは徐々に早くなっていく。


 ようやく彼が俺を痛めつけているのか理由が分かった。

 彼は俺が神山さんと話していることに嫉妬していたのだ。


 休み時間に俺は神山さんに頼まれて勉強を教えていた。

 俺は【超絶記憶<メモリア・トランセンデンス>】という能力を持っている。見たものを映像として脳に永久記憶しておくことができるのだ。


 能力のおかげで勉強は得意だった。

 神山さんはそれを知っているため、俺に勉強を教えてもらおうとしたのだ。そこに好意があったとは到底思えない。


「戦闘に全く使えない能力のくせに調子に乗りやがって。てめーなんかAIのなりそこないだろ」


 痛いところをついてくる。

 確かに【超絶記憶】なんてコンピューターの蔓延る現代には役に立たない。情報を処理して適当な回答を示すAIの方が俺よりもよっぽど優秀だ。


 最弱の能力。クソほど役に立たない能力だから、神山さんに頼られた時は嬉しかった。それを彼は踏み躙ったのだ。


 内に沸々と怒りが湧き上がる。


「てめっ!」


 氷が溶け、少し軽くなった腕を振り上げて彼の蹴りに対抗する。

 彼はバランスを崩してその場に倒れた。好機と捉え、力を振り絞って体を起き上がらせる。地面を蹴り、この場から退散するように逃げ出した。

 

 ふと、溶けた氷が垂らした水によって足を滑らせる。

 逃げた先には階段があった。滑ったことで体勢を崩し、持ち堪える間も無く階段を転げ落ちる。


 肩、足、頭を打ち付ける。

 出血しているようでポタポタと地面に血が流れた。はっきりとしていた視界がぼやけ始める。


「おい! 階段から落ちたぞ!」


 一人が大声を上げると、誰かが階段を降りてくる。


「頭から血が出ている。このままいけば時期に死ぬかもしれんな」


「救護が必要か?」


「いや、もう手遅れだろ」


「まじかよ。俺たち人殺しになっちまったんじゃ……芦田、どうするんだよ?」


「焦るなよ。こんな雑魚は死んだ方がマシだったんだ。ひとまず保健室の先生を呼べ。どうしてこうなったか聞かれたら『仲良く歩いていたら水に足を滑らせて落ちた』と言え。幸い、昨日の雨で地面は濡れているからな。きっと、神がこいつを殺せと言ったんだろうよ。ははっ」


 男は平然とした様子で喋る。そこには心配や焦燥は一ミリも感じられない。

 自分に暴力を食らわせたことで天罰が降りたと思っているのだろう。


 なんて野郎だ。

 ぶん殴りたい気持ちはあるが、体に全く力が入らない。


 どうやら、本当に死ぬみたいだ。

 最後に暴力を受けて終わるなんて最悪の人生だ。

 せめて奴を懲らしめてから死にたかったな。


 俺は憎悪を抱えたまま意識を失った。

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