4話「リア充とは一体……?」

 その後も次々と入学初日とは思えないほどの授業をこなしていくと、あっという間に昼の時間となった。そう、昼の時間と言えば昼食の時間だ。


 この世界に生まれ落ちて以来、何よりも食事という基本三大欲求の一つ”食欲”に抗えないでいる。何故なら生前の時代では蒸した芋など質素な料理が多かったからだ。


 しかしこの時代はどうだろう。色とりどの新鮮や野菜や血が滴るような鮮度の肉の数々。

 ああ、俺はこの時代の美味なる食事を覚えてから食欲には抗えないのだ。

 ちなみに母さんが作るハンバーグという肉の塊を焼いた料理は特に最高だ。


「なにを両腕を組みながら考え込んでいるの悠斗。私達も食堂に行きましょう?」


 教科書を片付けた雪花が席を立ちながら言う。


「ああ、無論だとも」


 その言葉が聞こえてくるのを只管に待っていた自分が居る。

 別に一人で食堂に行っても構わんのだが、置いていくと雪花が後から瞳孔を開いた目で『なんで置いていったの?』という質問を永遠と聞いてくるのだ。


 あれは普通に怖いし何かと面倒なのだ。……という理由から俺は雪花を待っていたわけだ。


「ちなみにだが雪花は食堂の場所を知っているのか?」


 クラスを出て雪花と廊下を歩いていると、ふとそんな疑問が浮かんできた。

 そう、何を隠そう俺はこの学園の食堂の場所をしらないのだ。


「ええ、もちろんよ。入学式の予定表と一緒に校内の地図が入っていたもの」


 雪花は制服のポケットから校内の各施設が書かれた紙を取り出すと、それを自慢するかのように見せびらかしてきた。


 だがそんな紙切れは一度も見ていない気がする。

 可能性としてはもしかしたら母さんに間違えられて捨てられたか俺が捨てたかだ。


 ……しかし何の問題もなかったと言えよう。

 何故なら俺には真面目で完璧な幼馴染の雪花が居るかららだ。まさに無問題。


「おい、そこの刀を腰に差しているCランクの吸血鬼止まれ」


 唐突にも背後からそんな言葉が聞こえてくる。

 だが敢えて俺は振り返る事はしない。

 これは確実に面倒事に巻き込まれると直感が告げているからだ。

 

 そのまま俺達は依然として食堂を目指して歩みを進める。

 だがそうすると……


「てめえ、二等貴族の俺様の言葉を無視するとは良い度胸してやがるな。お前が校門前の橋でボコった貴族は俺の家と仲が良い親戚なんだよ。だからお前にはその罪を償わせてやる」


 そう言い切ると背後からは闘士を全身に漲らせた気配をひしひしと感じた。

 どうやらこの二等貴族とやらは親友思いの良い奴みたいだ。


「ほう、この俺に罪を償わせるだと?」


 その親友思いの姿に敬意を評して振り返りながら言葉を返す。


「ああ、そうだ! だけど安心しな。ちゃんと周りの奴らに被害がでないように格闘スタイルでお前を殺ってやる」


 この貴族、口は悪いがちゃんと周りの者の事も考えているようだな。

 普通の貴族なら平民への被害とかは気にしないのだがな。


 だがまあ相手をしてやっても良いだろう。

 どうせこのままにしておいても、コイツは何度でも声を掛けてきそうなタイプだしな。


「良いぞ相手をしてやろう。昼食前の準備運動に丁度いい」

「ほざけこの野郎!」


 二等貴族はファイティングポーズを取ると、そのままの姿勢で目の前へと走り込んでくる。

 この状況では刀を使うまでもない。それに周りには野次馬が集まりだしていることだ。


「食らえ俺の正拳突きッ!」

「ほう、正拳突きか。良いではないか。だがしかし速度が乗っていないな。そんなんでは簡単に止められてしまうぞ? こんな風にな」


 二等貴族が右手を突き出して心臓部位に狙いを定めてくるが、軽く手のひらを前にだして正拳突きを受け止める。やはり吸血鬼の弱点部分でもある”心臓”を狙ってきたか。


「なにィ!? 俺の正拳突きを素手で受け止めるだと……!?」


 二等貴族は拳を止められた事に驚きの表情を見せいる。

 よほどこの正拳突きに自信があったと見えるな。

 確かに並みの吸血鬼なら、この拳を受け止めたらダメージになるかも知れない。


「ふっ、言っても分からんだろうな。若き吸血鬼よ」


 だが俺は違う。そこらの吸血鬼とはくぐり抜けてきたや年季も全てが違うのだ。

 更にその経験は今も尚、俺の糧となって生き続けている。


「それは鍛え方と人体の使い方がお前より遥かに上だからだ。しかし中々に良い拳だったぞ。どれ、この際だ。本物の正拳突きというのを見せてやろう。存分に食らって学んでくれたまえ」


 受け止めていた拳を弾き飛ばすと右手を握り締めて一直線に突き出す。

 狙うは心臓……と言いたい所だが学舎で殺しをするのは流石に気が引ける。

 だから致命傷にはならない箇所。そう、脇腹にしといてやろう。


「これが本物の正拳突きだ若き吸血鬼よ! しかと食らって己の体に刻み込めッ!」


 二等貴族の脇腹に拳を突き入れてめり込ませると、柔な肉の繊維が一本一本音を立てて切れていく感触が伝わる。


「あ”ぁ”っ”ぁ!?」


 二等貴族は悲鳴ならない声を上げるとその場に膝をついて倒れ込む。

 外見的には何ともないように見えるが、内面は相当にやられている事だろう。


「分かったか? これが本物の正拳突きだ」

「ぐっッッ……」


 痛みに悶えている二等貴族に声を掛けたが、どうやら脇腹の痛みでそれどろこではないらしい。

 吸血鬼が痛みなんぞに気を使っているようではまだまだだな。


「さて雪花、待たせてすまないな。食堂に行こう」

「まったく、何で悠斗はそう何回も輩に絡まれるのかしら?」


 意識を雪花の方へと向けると周りに居た野次馬達は自然と道を開けてくれていた。

 しかし皆の表情は『本当にコイツCランク吸血鬼かよ』と言った驚きと戸惑いの表情だったがな。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「ここが食堂か。流石に昼時だと人が多いな」

「何でもいいわ。早く食券を買って昼食にしましょう」


 そのまま俺達が食堂へと到着すると、そこには既に一学年から三学年までの吸血鬼達が席に座りながら昼食を食べていた。そしてここの食堂には食券タイプが導入されているらしい。


「……チッ。なんだ? このさっきから俺の事を異様な視線で見てくる者達は……」

「どうかしたの悠斗? 早く列に並ばないとお昼の時間が終わっちゃうわよ」

「あ、ああ。分かっている」


 俺と雪花は食券を買うと、それを料理に変えてもらう為に列へと並んでいる。

 しかし食堂のいたるところから異様な眼差しを向けてくる者が多数居て居心地は最悪だ。


 そこで視線の元を探るとその中には一学年から三学年まで、つまり上級生までもが俺に明確な意思を持って見てきていることに気が付く。

 まったく、入学初日に色々とやりすぎたかも知れないな。面倒事はなるべく避けたいのだが。


「ほら、次の人どうぞ」


 食堂のおばちゃんが次々と料理を出して列を捌いていくと、やっと俺達の番がやってきた。

 食事前の運動のせいで俺はもう腹が限界に近いのだ。


「お願いします」

「頼むぞ」


 俺達は食券を食堂のおばちゃんに渡すと目を見張る速さで出来立ての料理を出してくれた。

 その速さたるや俺でも目を疑うほどのものだ。きっとこのおばちゃんはこの道を極め猛者であろう。


 何事も一つの物を極めた者は強い。俺はそれを尊敬に値するものだと思っている。

 ちなみにだがメニューは雪花が焼き鮭定食人工血液付きで俺がハンバーグ定食だ。


「あんた本当に血を飲まなくて大丈夫なのかい? あたしゃこの学園で長年食堂をやっているが血を付けないで昼食を頼まれたのは初めてだよ」

「うむ、気にしないで良いぞ。俺は料理本来の味を堪能したいからな」


 とまあ、それっぽい言葉を述べてその場を離れると俺達は空いてる席に腰を下ろした。そして席に座ると横から明確に嫌悪感が込められた視線を二つほど向けられていることを察知する。


「今度は誰だ? この俺の食事を邪魔をする者は」


 見ればその方向にはアデラとフィオナが人工血液を飲みながらこちらを睨んでいた。

 食事の時ぐらい構わないで欲しいものだ。

 何故なら食事というものは、何というか自由で救われていないといけなからだ。


「ねぇ悠斗ってハンバーグ好きよね」


 焼き鮭の身を橋で掴みながら雪花が言う。


「ああ、無論だとも。これは最高の食べ物だ」


 そして俺もハンバーグを食べやすいサイズに切りながら言葉を返す。


「……じゃぁ、今度の休日に作ってあげるわ」

「本当か? ならその日は胃を空にしておこう」


 母さんの作る料理も好きだが雪花の作る料理も結構好きなのだ。

 何というかを作ってくれるからな。

 

「さて、そろそろこの食堂の料理レベルを確かめさせて貰うとするか」


 食べやすいサイズに切り崩したハンバーグをフォークで刺すと、そのまま口へと運んで一気に噛み締める。

 

 ――ああ、何という溢れ出す濃厚な肉の味。

 しかもソースが良い感じに肉の味を殺さないで、むしろ引き立てていると言っても過言ではない。


「うむ、美味い」

 

 ……だが、やはり母さんの料理には劣るな。

 このレベルなら雪花といい勝負と言った具合だろう。


 その後もゆっくりと味を堪能しながらハンバーグを食べ進めていくと、依然としてアデラ達からの視線を浴び続けていた。


 何でアイツらは食事を終えても食堂から出て行かないのだろうか。

 そんな素朴な疑問が頭を過るが、その考えは雪花の一言で遮られた。


「ねえ悠斗。そのハンバーグ私にも一口貰えないかしら? 私の焼き鮭もあげるから」

「……それなら構わんぞ」


 雪花からの条件を飲むとフォークでハンバーグを刺して彼女の口元へと運ぶ。

 その際に何故か雪花の頬が若干赤みが掛かっているような気がするが気のせいだろう。


「あら珍しい。悠斗から、あーんをしてくれるだなんて」

「別にそこにこだわりはない。ただこの方が早かっただけだ」


 雪花は俺の言葉に静かに微笑むとハンバーグを食べて満足度な表情を浮かべていた。


「うん、美味しいわね。さぁ次は私の番よ。悠斗、口を開けて」


 鮭の身を掴んだ箸を目の前へと雪花は運ぶと俺は躊躇なく鮭を口の中へと頬張る。

 うむ、やはりどの料理も美味いと言える。しかし魚は小骨が喉に刺さる時があって苦手だ。


「中々に美味いな。この魚料理も」

「ええ、悠斗も肉ばかりではなく魚もちゃんと食べなさいよ」


 そう言うと俺達は再び自分の料理を食べる事に専念した。


 だが横の席に座っていた男達が「リア充がふざけやがって!」という言葉を俺達に向けて小声で放っていたのが気になる。その言葉の意味は一体何なんだろうか。あとでスマホを使って調べておくとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る