3話「担任の女性教師は貴族だが、貴族らしくない」
俺が雪花から冷気と睨みを浴び続けて数十分が経過すると、クラスには三十人ほどの吸血鬼達が集まり各自が各々の席に座りながら歪みあっていた。
この時代にはどうやら血統主義という思考の持ち主しが多くいるらしく血が濃ければ優秀、薄ければ劣等種の扱いという括りがあるみたいである。
主に貴族同士の子に血が濃くなる傾向にあり、逆に言えば貴族同士ではなく普通の平民同士の子なら血が薄い傾向にあるのだ。
だが希に貴族が道楽でやっているのか知らんが平民の女性との間に子を作り、貴族と平民のハーフ所謂混血吸血鬼が誕生する事があるのだ。
そしてその混血吸血鬼は俺の幼馴染の雪花も例外ではない。
彼女の父親が一等貴族で母親が平民なのだ。
だがその父親は雪花が生まれるとハンドガンを一丁、家に置いて姿を消したらしいのだ。
なぜハンドガンを置いていったかは雪花も雪花母も意味は分からないとのこと。
まあ特に彼女は父親の事はどうでも良いみたいで滅多に話題にはしないが。
「貴様ァ! 劣等種の分際でこの私を見るな! この無礼者が!」
「なんだとクソ貴族が! お前ら何か親の臑齧りのくせに粋がってんじゃねえよ!」
はぁ……思考を現実逃避させていたが、どうやらまた血統主義達が騒ぎ始めたようだ。
さっきからこればかりを聞かされるこちらの身にもなって欲しいものだ。
「おい馬鹿共、喋っていないで席座れ。今からHRを始めるぞ」
そう言いながら教室に入ってきたのは全身を黒のスーツに身を包んで出席簿を右手に携えた女性であった。特徴的な点をあげるとするなら、その女性が履いている黒色のタイトスカートが若干短いような気がするのと、髪型が寝癖なのかボサボサしていて長髪だ。
「やっと静かになったな。よろしい、私はこの1-A-1クラスを担任することになった【
どうやらこの気の強そうな女性は俺達の担任のようである。
そして驚くことに貴族でありながら血統主義者ではないとは。
これはこれは……随分と面白くなりそうだ。
「では簡単に自己紹介をしていってもらうぞ。まずはアデラ・ポイニングスだ」
「はいですわ!」
乙津先生から指名されるとアデラは背筋を綺麗に伸ばして席から立ち上がる。
その立ち振舞いには育ちの良さが伺えるようだ。
「んんっ、私はイギリスから来ましたAdela・Poyningsですの。誇り高き皇族の子孫であり、いずれは空白の皇族の席に座る者ですわ! 以後お見知りおきを!」
力強く皇族の座に座ると公言すると周りの奴らは早速ざわめき始めているようだ。
確かに現状では皇族の座は空白とされている。
何故ならグレーテの直系の血の繋がりのある者が発見されていないからだ。
だが皇族の子孫と名乗りを上げたアデラが居るのなら、長年空いている席が再び埋まるかも知れ
ん。俺としてはどうでもいいことだが、皇族の子孫とやらのワードが気になる。
「なるほどな。そう言えばお前は適正の時も一番皇族に近い数値を出していたな。……よし、次は隣のフィオナ・バーンズ、自己紹介を」
乙津先生は出席簿に何かを書き込むとフィオナに顔を向けて、自己紹介をするように促していた。
「は、はい……!」
指名されたフィオナはアデラと違いおどおどしながら席を立つと、
「は、初めまして……。イギリスから来ました、Fiona・Burnsと言います! わ、私は二等貴族ですが、隣に座っているアデラ様の眷属です! 以後お見知りおきを……!」
なんとも緊張しているのか、ぎこちない自己紹介ではあるがフィオナはアデラの眷属であることだけはハッキリとした口調で言い放っていた。よほど眷属として主を誇りに思っているのだろう。
しかしその発言を聞いた貴族達の顔は険しい。
何故なら貴族吸血鬼は本来階級に限らずに眷属を作る側なのだ。
それなのにフィオナは二等貴族でありなが眷属になるという前代未聞のことをしているのだ。
「イギリスだろうが何だろうが、アイツは貴族の面汚しだな」
「まったく、ふざけているのか? 貴族ともあろう者が眷属になり下るとは」
横からは一等貴族と二等貴族たちのそんな会話が聞こえてくる。
あまりこういう事には関わりたくないのだが、他人の決めた事に外野が愚痴を言うのは俺にとって相当の苛立ちが芽生えてしょうがない。
特に口だけが達者な奴は余計にだ。
そこで席を立ち上がり貴族達の頬を二回ぐらい叩いて静かにさせてやろうと思うが矢先、
「おいそこの貴族共。他が尊重できないなら今すぐこの学園から去れ。そんな奴らがいずれ上の役職に就くと思うと私が困るからな」
乙津先生のは真っ直ぐに貴族共を見据えて言う。
「「……ッ」」
すると貴族共は乙津先生から目を逸らして煮え切らない表情を浮かべていた。
ははっ、この先生は本当に一等貴族なのか? 俺が今までに見てきた貴族とは一線を凌駕する者だ。
「まったく、粋がるな一年共。んで? えーと次は冷泉雪花だな。自己紹介頼むぞ」
「はい」
次は俺の幼馴染の番のようだ。地味に雪花がどんな自己紹介をするのか気になるところだ。
なんせ何時も無表情でクール一筋の冷たい女だからな。
「初めまして、私は名は冷泉雪花です。隣に居る伊狩悠斗の彼女です。よろしくお願いします」
雪花は人差し指を向けながら感情が冷え切っているように淡々と自己紹介を述べた。
だが俺は一体いつの間に雪花と付き合っていたのだろうか。はてはて疑問である。
しかし彼女その自己紹介は他の奴らには衝撃が強いようで、口元を手で覆い隠して目がニヤけている女子達や、なぜか嫉妬の眼差しを向けてくる男共が多数いるようだ。
「お、おぉ……自己紹介で彼氏の紹介か。それは初めてのパターンだな。アデラよりインパクトがあって印象に残りそうだ」
「そうですか? なら、やりました」
あの乙津先生も彼女の自己紹介には相当の印象を受けたらしく、雪花の表情はどこか満足気のようだ。多分だが雪花はアデラと俺の対決をまだ許していないのだろう。だからああやってアデラより印象の残る自己紹介をして些細な対抗心というや嫌がらせを行っているのだ。
その証拠に心なしかアデラが目尻を尖らせた状態でこちらを見ている気がするしな。
……それからも自己紹介は淡々と続いていき、最後は俺を残すだけとなった。
「最後はえーっと。ああ、雪花の彼氏だな。伊狩悠斗頼むぞ」
「任せておけ」
席を立つとまずは全員の顔を覚える為に周囲へと顔を向ける。
それから乙津先生へと視線を向けると……
「俺の名は伊狩悠斗だ。先に言っておくが俺は雪花の彼氏ではない。あれは雪花の軽いジョークだと思ってくれ。以上だ」
「……それだけか?」
「ああ、これだけだか?」
取り敢えず雪花が勝手に言い放った事の尻拭いをして自己紹介を早々に終わらせた。
とういか早々に終わらせ過ぎて乙津先生が呆然とした表情をしていたが、あの人は意外にも感情が豊かな方なのか?
「はぁ……今年の一年は中々に特色が濃い奴らばかりだな。……まぁいい。お前らこれから一年よろしく頼むぞ」
「「「はいっ!」」」
乙津先生が髪をかきあげならが言うと俺達はこれから一年世話になる先生へと敬意を払って覇気の篭る声で返事をする。
「では、時間も丁度いい頃合だ。このまま一時間目を開始するぞ。最初の授業は基礎知識だけで教科書はいらん。安心しろ」
乙津先生はそう言うと電光黒板を操作して黒板の液晶には基礎知識一学年編と書かれたタイトルが表示された。本当にこの時代の技術力は末恐ろしいと実感させられる。
「まず最初にだが嘗て人間と吸血鬼は互いに相容れぬ存在だったのは知っているな? それ故に大昔に大戦という戦争が起こり、そこで皇族のグレーテ=ローゼンベルク様と人間側の狩人シュバルツ=フォルトゥナートが相打ちとなり停戦協定が結ばれ、今のような状態が続いている」
なるほどな。やはりこの停戦協定という名の仮初の平和は俺とグレーテが死んだあとに行われたことか。今でも夢で見るぐらいに、あの時の戦いは素晴らしい死闘だったと心の底から思う。
この時代にグレーテが俺みたいに生まれ変わりを果たしていたなら、また剣を交えてみたいものだ。まあ生憎と今の肉体は吸血鬼なんだけどな。
「そこでだ。お前達は当時に流行ったシュバルツ=フォルトゥナートに出会った時の三大原則を知っているか?」
三大原則……? なんだそれは。そんなの当の本人ですら知らないぞ。
「はいですの! 三大原則とはシュバルツ=フォルトゥナートに遭遇したら”即逃げろ”相手にするな”目を合わせるな”という生き延びる為の法則ですわ!」
「そうだ。それが当時の吸血鬼達が生き延びる為の唯一の方法だったのだ」
俺の知らない所では生き抜く為にそんな法則が成り立っていたのか。
……いや待てよ。確か似たような警句が人間側にもあったような気がするのだが……。
ああ、そうだ。皇族の吸血鬼は人間側では別名【慈愛の吸血鬼】と言われていて、その由来は戦いで勝つことが不可能であり、不運にも遭遇してしまった場合に楽に殺してくれと頼むとグレーテはそれに応じて、痛みを感じることなく殺してくれるという噂が広まって慈愛という二つ名が付いたのだったな。
「では話を現代へと戻すとしよう。今は人間と吸血鬼が共に吸血鬼の誕生を解明する為に古代遺跡へと考古学者達を派遣しているのだ。それによって共同意識が芽生えて停戦協定が今も続いているとう訳だな」
つまり逆を言ってしまえばその吸血鬼の誕生の理由が解明されてしまうと共同意識はなくなり、また混沌の世界へと戻るということだな。
しかし吸血鬼側には古代遺跡と呼ばれる物があったのだな。
これは中々に興味を深い事案かも知れない。
俺とて吸血鬼の成り立ちがどういうものなのか気になる。これでも元は狩人のシュバルツ=フォルトゥナートで吸血鬼を根絶やしにする事が当時の本懐だったしな。
「さて、これが基礎知識の確認だったわけだが大丈夫か? この辺はテストに出るぞ。そして次の授業は数学だ。しっかりと教科を出して待機しておくように。以上、小休憩とする」
一時間目の基礎授業が終わると俺達には十分ほどの休憩が与えられて、各自が次の授業の準備をしたり周りの奴らと話したりして過ごすとあっという間に時は流れていく――――
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