2話「皇族の子孫と出会うが、何故か戦う事になった」

「ぐあっ……!?」


 俺の足元に血だまりだ出来上がると、大柄の三等貴族吸血鬼は体から血を噴出させながら地面へと倒れ込んだ。


「なに、吸血鬼なら致命傷にはならん。動かなければ直に回復するだろう。ただの手刀での傷だからな」


 手に付いた血を振り払いながら言うと、そのまま視線を雪花の方に向ける。

 しかし周りからは他の学年の生徒や同学年の生徒達が、青ざめた表情でこちらを見ていることに気が付いた。


 うむ、少しばかりやり過ぎたのかも知れない。

 だがそう思うと束の間、


「殺しは駄目と言ったけれど、これなら半殺しもダメそうね。あと目立ち過ぎよ。私は目立つ事とチャラい男は苦手なの」


雪花は生ゴミを見るような冷たい視線で絡んできた吸血鬼を見下しながら言う。


「しっかりと手加減はしたつもりだ。アイツらが単純に実力不足なだけだろう」


 俺は確かに上手く力を調節しながら相手をしていた筈だ。

 それに本来の実力を出してしまうと奴らが跡形もなく塵芥となり消えてしまう。

 まあ、それは流石に面倒事になるので余程の事がないとやらないが。


「さて、ゴミの掃除も終わったし早く学園に行きましょう。ここに居ると目立ってしょうがないわ」

「そうだな。今日は入学初日で何かと忙しくなるだろうしな」


 俺と雪花が学園の正門を目指して歩き始めると、背後からは苦しそうな声で三等貴族が何か戯言のようなことを口にし始めていた。


「お前達は後悔することになるぞ! この貴族吸血鬼の俺にこんな大怪我をさせやがって!」

「ほう、後悔か。俺は生まれてから一度も後悔というものを味わったことがないからな。良いだろう、その後悔とやら是非とも待っているぞ三等貴族よ」


 少しだけ顔を後ろに向けて言うと三等貴族の吸血鬼は唇を噛み締めながら再び血だまりへと体を伏せた。そして周りに集る学園の生徒達に視線を向けると、全員即座に俺から目を逸らして蜘蛛の子が散るように去っていく。


「まったく、どの時代になってもこういう輩は居るのだな」

「変な独りを言っていないで私達も早く行くわよ。悠斗のせいで遅刻なんて私は嫌よ」


 雪花と再び歩みを進めると今日は入学初日でクラスの振り分けやら何やらが大量にあり、忙しくなる日だと母さんが言っていたのを思い出す。というか生前の記憶を維持して、この時代で小中と経験してきた身からすると今更感が凄いがな。


 まさか生まれ変わって再び学問を学ぶ事になろうとは。

 しかし昔と今では学ぶことの違いが多い事に深く関心を抱かされたのも事実。


 昔は簡単な読み書きだけを習い後は吸血鬼を殺す為の体術や武器の扱い方をみっちりとやらされた記憶だ。だから今のゆったりとした座学の授業に尚且つ高度な技術の勉強は俺にとって新鮮で新しく刺激的なのだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「新一年の皆さんおはようございます! 早速ではございますが、今からクラスの振り分けを行うので聖杯の前に一人づつ立ってくださいね!」


 俺と雪花が学園の校門を潜るとクラス振り分けを行う会場へと来ていた。

 どうやら先頭に居る身長が低いホワホワした感じの女性が振り分けを行う職員みたいだ。


 そしてクラスの振り分けとは一種の適正検査みたいなものも含まれていて、吸血鬼学園に入学した一年は全校一貫でこれが行われるのだ。


 まあざっくり言ってしまえば聖杯に自身の血を入れて、血の濃さを測定して優越をつけようとしているのだ。血が濃ければそれだけ吸血鬼本来の実力が出せるという訳だからな。


「えーっと貴方の判定はCです! クラスは1-C-2クラスです!」

「な……んだと……」


 職員から言われた判定結果がよほど応えたのか適正を終えた一人の男子が絶望した表情で指示されたクラスへと歩いて行く。ここで補足をするなら”1-C-2”とは学年、クラス、組の略称だ。

 つまり1-C-1とかも存在するわけだな。


 この学園は生徒数が多いらしく、こういうやり方となっているらしい。

 普通なら1-Cとかで終わりなのだがな。


 そしてふと周りの様子を見ると青ネクタイを付けた男子や女子が大勢と群がる姿が視界に写り、その中には先程の貴族吸血鬼のような者も多数居る事が分かる。


 銀色の首飾りをした二等貴族や金色の一等貴族とかだ。

 というより、そいつらの周りだけは何故か人だかりが出来ていないな。

 

 ……ああ、そういうことか。

 恐らくだが皆は下手に貴族達と関わりたくないのだろう。

 奴らは権力や一方的な横暴で蹂躙してくるからな。


「次は私の番ね。さくっと終わらせてくるから、悠斗は私と同じクラスになるように願っていなさい」

「……そんなの無茶だろ。クラス振り分けは血の濃さが全てだ」


 雪花は目を細めて一瞬だけ睨みを利かせると、そのまま聖杯の元へと近づいて指先を噛んで血の雫を聖杯へと落とした。

 ――すると聖杯は濃い赤色の輝きを放ち始める。


「おお! 中々に良い結果ですね! 判定はAでクラスは1-A-1クラスです!」


 職員から結果を言い渡されると雪花は真顔のままピースサインを見せて、そのままクラスの方へと向かい歩いていく。どうやら彼女は適正結果に満足しているようだ。


 それから続々と適正を終えて各々がクラスへと向けて歩いてく姿を見て退屈していると、急に職員の叫び声のようなものが聞こえてきた。


「う、嘘でしょ!? この判定だと”アデラ・ポイニングス”さんの血の濃さはにもっとも近い存在ですよ!」

「ははっ、驚く事もありませんよ。なんせ私は”皇族の子孫”ですから、これぐらい当然ですの」


 職員の言葉にその少女はさり気なく全員の方へと振り向いて大胆発言をしていくと、俺はしっかりと聞き逃さなかった。このアデラ・ポイニングスという少女が皇族の子孫だという事を。


 容姿だけを見れば金髪のウェーブが掛かった髪型に瞳は紫色をしている。

 身長は俺が百八十センチだから……ざっと見て彼女は百六十二センチであろう。

 だが胸はかつてのグレーテと同じぐらいある。身体的に似ているのはそれぐらいだ。


 つまり総合的に見てもグレーテの子孫とはとても思えない。だがこの滲み出る雰囲気は少しだけ、ほんの少しだけ懐かしいグレーテのものと似ている気がする。


 しかし名前を聞くに、どうやら日本人ではないようだが西洋の国の者なのだろうか。

 俺が生前の頃は西洋も東洋も関係のない時代だったから人種は気にしないがな。


 互いに吸血鬼か人間か、それしか線引きはなかった。

 だが今はアメリカやイギリスと言った国で分けられているみたいだが。


 とそんな事を考えていると俺の周りからは動揺を隠しきれない奴らが小声で何かを話し合っていたりと驚きの声が止めどなく聞こえてくる。


「は、判定はA以上のSです……! しかし今までSランクを出した者はいないので現状最高クラスの1-A-1クラスになります!」

「構いませんよ。私の実力はきっと誰にも測れないでしょうから」


 アデラ・ポイニングスは判定とクラスを伝えられると優雅な立ち振舞いでクラスへと向けて歩いていく。周りから聞こえていた驚きの声をものともせずに。


「え、えーっと次は伊狩悠斗君です! どうぞ!」

「やっと俺の番が来たようだな」


 満を持して番が回り来ると先程まで周りは騒がしく喋っていたというのに一瞬にして静まり返る。そして周りの奴らは俺に恐怖感を抱いているのか表情筋を引き攣らせて見てくる。

 

 多分だが俺が橋の上で貴族達と遊んでいた場面を見ていた者達だろう。

 心配せずとも今の所は、お前達に危害を加えるつもりはないのだがな。


「それではこの聖杯の中に血を入れてください!」

「ああ、分かっている」


 親指を口元まで運んでいくと牙で浅く皮膚を切り、血を聖杯の中へと垂らす。

 聖杯は血を受け止めると特に濃い赤色や輝きを放つ事はなく普通のままであった。

 やはり俺は吸血鬼としての才はないようだ。


「これは……えーっと判定はCで――」

「ちょっとまって下さい!」


 職員が結果を伝えようとした瞬間に横から黒いスーツに身を包んだ女性が血相を変えて走り近づいてくる。


「ど、どうしました?」

「実は……」


 二人の女性が横で話し始めると俺は待たされている事に若干の怒りを覚え始めいてた。

 それから二人の女性は怯える目で俺を見てきたりして更に怒りは増していくばかりである。


「す、すみません。伊狩悠斗君は判定がCでクラスは”1-A-1”クラスです……」

「「「えっっっ!?」」」


 怒りが暴発する前に話し合いが終わりを迎えたらしく結果を伝えてくれるとその言葉は意外なものであった。何故なら判定がCにも関わらずクラスがAだからだ。


 基本的にクラス振り分けは判定に由来する物だと思っていたのだが違うのか?

 だがしかし周りの奴らも驚きの声を上げていたが……うーむ、分からんな。


「Aクラスはこの奥を真っ直ぐです……」

「分かった。案内感謝するぞ」


 先程から急に怯え始めた職員を横目に言われた通りに1-A-1クラスへと向かう。

 そしてクラスに着くと俺は雪花の視線を感じて席へと向かい当然のように隣に座る。

 昔からよく雪花とは同じクラスになり、その度に隣の席だった事から自然と体が動いてしまうのだ。


「やっぱり私の言った通り同じクラスになれたでしょう? 願えば叶うのよ。何事も」

「そうだな。ただ俺の場合はなにか訳ありみたいだがな」


 雪花の言う通りに願えば何でも叶うのなら俺はとっくに人間だと言いたいが、ここは吸血鬼学園だ。流石に控えるべき単語であろう。

 俺は喉で言葉を押し殺し彼女に適正検査の時の出来事を話していくと、


「まあ何でもいいじゃない。私と同じクラスになれたのだから。今はそれだけで充分よ」


 と言って冷静に解釈されてしまう。

 雪花との話を一通り終えると何気なく視線を周囲へと向ける。


「おぉ、やっぱり居るな。皇族の子孫とやらが」

「皇族の子孫? 何を言っているの悠斗、そんなの居るわけないじゃない」


 俺が漏らした言葉に彼女が呆れたような口調で返してくる。

 そう言えば雪花は先に適正を受けていたから事情を知らないんだよな。

 という事を思い出すとアデラから視線を外して再び彼女に事情を説明しようとしたのだが――


「ちょっと貴方! いまアデラ様の事をいやらしい目で見ていたでしょ!」

「……はぁ?」


 急に横から強めの口調でそう言ってきたのは銀色の首飾りを身に付けた少女で頬に大きな傷痕があるのが印象的だ。見たところ二等貴族のようだが……アデラ様だと?


「はぁ? じゃないわよ! 私は貴方がアデラ様の事をいやらしい目で舐め回すように見ていたのを知ってますよ!」

「それはつまり、お前も俺を見ていた事になるんじゃないのか?」

「……う、うるさいわね! この変態!」


 なにやら難癖を付けてきたこの二等貴族の少女は、どうやら俺を何としてでも変態者にしたいらしい。まあでもアデラを見ていた事に関しては事実だけどな。


「ちょっと貴女? 私の悠斗にさっきから何を言っているのかしら? ねぇ?」


 雪花が目を見開いて二等貴族の少女を睨み始めると周りの温度が少し下がった気がした。

 そして二等貴族の少女は彼女の睨みに体を僅かに跳ねさせて怖がると、


「わ、私は二等貴族の吸血鬼だぞ! そんな目で私を見るな! これは命令だぞ!」


 と言い始めて首飾りを俺と雪花に見せつけてきた。

 だが雪花はそんな事では動じずに只管に瞳孔の開いた目を向けている。

 

 たまに俺もそれをやられる事があるが相当怖いものだ。

 この俺ですらまだ怖いものがあると始めて実感したぐらいだからな。


「おやめなさいフィオナ!」

「ひうッ! だ、だってこの男がアデラ様を……!」


 突如としてフィオナとやらの後ろに皇族の子孫アデラが姿を現すと、まるで母親のような寛大な表情で彼女の頭を撫で始めた。


「大丈夫ですわ。ちゃんと私は気づいていましたから」

「あ、アデラ様……!」


 途端にアデラが表情を険しくさせると俺達を威圧するかのように紫色の瞳を光らせて向けてきた。しかもその首元には虹色に輝く首飾りが身に付けられている。


「私の眷属を泣かせたのはどちらですの? もしかして二人掛りで攻めたとは言いませんわよね?」

「わた――」

「俺が泣かした。実に良い表情で泣いてくれたので愉快愉快」


 アデラの問いかけに雪花が声を出そうとすると俺がそれを強引に遮断させて前へと出た。

 隣では珍しく目を丸くしさせて彼女が反応していたことから、それが見れただけでも名乗り出た甲斐があるというもの。しかし俺が名乗り出た真意は別にある。


「そう。貴方が私の眷属を泣かしたのね?」

「ああ、そうだと言っている」

「……なるほどですの。日本の男性は随分と女性を泣かせるのがお好きなようで!」


 アデラは俺の言葉に怒りを顕にしたのか机の上を手で叩くと、乾いた音が教室内に木霊して静寂が訪れた。皆の目線がアデラに注がているのは一目瞭然であろう。


「しかし先に言い掛かりを付けてきたのはそっちだぞ?」

「違いますわ。貴方が先に私を見てきたのでしょう?」


 おお、なるほど。このアデラとやらは怒りながもしっかりと冷静さを保っているようだな。


「ほう、それでどうする? 俺に謝って欲しいのか?」

「いいえ、謝罪なんて生ぬるいですの。ここは吸血鬼同士の血闘けっとうを行い、そこで眷属となる条件を互いに賭けて戦いませんか? もちろん逃げ――」

「一向に構わんぞ」

「……んんっ。では日程は後日また伝えますわ」


 そう言い残していくとアデラとフィオナは自分達の席へと戻っていく。

 けれどフィオナだけは最後まで俺を睨んでたいがな。


 だがこれは中々に面白くなりそうだ。本来なら俺の視線に気がついていた筈のアデラが、文句を言いに来ると想定していたのだが……まあ結果的に問題はない。


 それに恐らくアデラは俺を眷属として奴隷のように扱いたいのだろう。

 吸血鬼は一度眷属としての契を交わすと、主の命令には絶対に逆らえないからな。

 その分、主から力を分け与えてもらえるというメリットが存在するが。


「ねぇ悠斗? なんで私の相談もなしに勝手に血闘の約束を交わしているのかしら? しかも眷属とかいう条件を賭けて……ねえ?」

「……許せ雪花よ。あれが最善だと俺が判断した」


 彼女は物凄く怒りを顕にさせているらしく、その後はHRの時間が始まるまで俺に氷のように冷たい視線と冷気を浴びせてきたが、心を凛として静を維持することで乗り越えることが出来た。

 しかし制服だけでは寒い。今度から対雪花用に防寒具を用意するとしよう。

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