1話「幼馴染と共に学園に向かうが、貴族に絡まれたので遊ぶ」

「ちょっと悠斗~? そろそろ起きないと遅刻するわよ~。今日は学園初日で一番大事な日なんだから」


 一階のリビングから母さんの甲高い声が聞こえてくると眠い目を擦りながらベッドから降りて、まだ覚醒していない脳を動かしながら着替えを済ませる。

 ついでに時計を確認すると時刻は六時を少し超えたあたりであった。


「そう言えば今日から吸血鬼を育成する学園に入学するんだったな。まったく、何の因果なのやら……」


 俺が吸血鬼の学園に入学することに文句を言うのには理由がある。そして突然だが俺には生前の記憶が宿っているのだ。いや、正確に言うなら生まれ変わりとでも言った方のがいいのだろうか。


 俺はこの時代より遥か昔の二千年前に皇族の吸血鬼のグレーテと死闘を繰り広げて、お互いに相打ちとなり命絶えた筈だったのだ。


 しかし何の運命なのか俺が死んだあと魂は天界へと昇り、そこで長い顎鬚を生やした老人が現れて何かゴチャゴチャと一方的に喋ったあと「お前さんにはまだやってもらう事がある。しばし時代を進めてからまた転生させるかのう」と、顎鬚を触りながら言っていたのを鮮明に覚えているのだ。


 恐らくだがあれは神という類の上位種の存在だと俺は思っている。

 なんせ吸血鬼が居る世界だ。神が居たとしても何の不思議はないだろう。


 そして俺はしばらく天界で意識だけで彷徨っていると、突如として重力に引き寄せられる感覚を受けて、気づいた時には赤ん坊としてこの世に再び誕生日していたというわけだ。


 まあ生まれ変わりについてはこんな感じなのだが問題がかなりある。

 まず俺は生前は人間側として戦っていたのに今の体は吸血鬼という種族なのだ。


「なんでこうなったんだ本当に。あの髭ジジイ生まれ変わせるなら、ちゃんと人間にして欲しいものだ」


 最初こそ吸血鬼側に生まれた事に対して嫌悪感を感じていたが、父母と過ごすうちにその感情は少し収まった気がする。だがあの髭ジジイ関しては今も俺の怒りは収まらない。あと母さんが俺の名を言っていたと思うが、この時代での名前は【伊狩悠斗いかりゆうと】だ。


 生前ではシュバルツ=フォルトゥナートという名を使ってたいのだが……どうやら時代が進むに連れて俺が使用していた名は旧ネームと言わるようになり今では誰も使っていないらしい。


「にしても本当にこの世界は凄いな。制服という上質な布服は俺の生きていた頃の時代では貴族しか着れなかったぞ」


 鏡の前で自分の制服姿を確認しながら呟く。そして次の問題だが、それは時代の進化という概念だ。この世界は昔とは違っていて映像を保存できるカメラという物や、スマホと呼ばれる電子端末という物が普通に使われているのだ。

 

 しかもスマホは遠くに居る相手とも会話ができるらしく、仲間達と連携を取るのには最適な道具と言えよう。よって俺は幼馴染の力も借りて何とかスマホを操作できるぐらいには、この時代の文明レベルに対応している。

 

 だがそれでも時々障害が起こったりする。主に幼馴染に連絡を返すのが遅れると家にまで乗り込んで来て俺のスマホを確認したりとな。


 どうやら他の女と連絡していないか疑っているらしい。

 それがどういう意味なのかは分からないがな。それとこれは前の時代でもあったのだが魔法という分野が飛躍的に進化を遂げていて今や具現武装の他にも属性と言わ――


「ちょっと悠斗! いい加減降りてきなさい! 降りてこないのなら、おはようの吸血をするわよ!」

「直ぐに行くよ、母さん」


 即座に返事をすると学園で使用する物を詰め込んだバッグを抱えて急いで一階へと降りていく。

 まったく、母さんは何かと言えば直ぐに吸血をしてくるので困ったものだ。


「あら、やっと降りてきたのね。先に朝食を頂いているわよ」

「なんでナチュラルにお前は人の家で朝食を食べているんだ」


 一階のリビングへと着くと俺の視界には椅子に座りながらトーストと食べて人工血液を飲みながらこちらを見てくる幼馴染の【冷泉雪花れいぜいせつか】の姿があった。


「あ、その新しい学園の制服似合っているぞ」

「そう。咄嗟に思いついたような言葉に一応ありがとうっと言っておくわ」


 雪花とは家が隣同士で幼い頃からずっと一緒に過ごしている所謂幼馴染というやつだ。

 その容姿はかなり美しく爽やかな水色の髪を腰あたりまで伸ばしていて、顔はクール系と言われる部類だ。あと胸も大きくて未だに成長中らしい。


 この前、勉強を教えて貰っている時に一方的に言ってきたのを今でも覚えている。

 ちなみに雪花は中学生の時に全学年の男子から告白されたのだが、それを全て断るという偉業を達成している。なぜ断ったのかは未だに教えてくれないが。


「私は食べ終わったから、この席どうぞ?」


 雪花は口元をハンカチで拭くと席を立ち上がり俺に譲ってくれた。


「ああ、使わせ貰うが。そもそもここは俺の席だがな」


 さりげなく自分の席だという事を強く主張して椅子に腰を落ち着かせると、


「ほら、急いで食べないと遅刻しちゃうからね!」


 と言いながら母さんが目の前に朝食を置いてくれた。


「いつもありがとう。母さん」

 

 俺は何事も感謝を忘れない男だ。

 何故なら前の時代では食べる物も貧しかったからな。

 ああ、だがしかしこの世界の食べ物はどれもこれも美味い物だらけで困る。


「ねぇ……悠斗? 本当に血は飲まないの?」

「必要ない。俺はトーストだけで充分だ」


 トーストを齧りながら母さんに返事をすると、横から変な視線を向けられている事に気がづいた。恐らくだが雪花が睨んできているのだろう。


「なぜ悠斗は血を飲まないの? それでも本当に吸血鬼なのかしら?」

「気にすることではない。俺は普通の食事で全てが補えるのだから何の問題はない」


 本来なら吸血鬼はこの人工的に作られた培養血液を飲んでエネルギーに変えたり魔法を使うのだが、俺は生まれてこの方一度も血を啜ったことはない。

 何故ならそれが俺が元人間としての最後の誇りだと思っているからだ。

 

 しかも幸運な事に俺は普通の吸血鬼と違って、血を飲まなくとも人間が食べるような食事で全てのエネルギーを摂取できるようになっているのだ。


「そう言えば父さんは?」

「あの人ならとっくに仕事に行ったわよ~」


 いつもの食卓の席に父さんが居ない事が疑問だったが、なるほど仕事か。

 父さんの稼ぎで今日も美味い飯が食えることに一応感謝を捧げておこう。


「それじゃぁ二人とも気をつけて学園に行くのよ?」


 朝食と身支度を終えて玄関へと向かうと母さんが心配そうな声色で口にしていた。


「大丈夫ですよお母さん。悠斗は私がしっかりと面倒を見ます」

「……いつから俺の母さんはお前の母さんになったんだよ」


 いつものマイペースぶりで雪花が言葉を返すと自然と心の中で深い溜息が出ていく。

 というか何でいつも雪花は俺の家で朝食を食べていくのだろうか。些か疑問ではある。

 正直俺としては雪花の母さんの方が料理と容姿も格段に上だと思っているのだがな。


「なんか今、悠斗から悪口が聞こえた気がしたんだけどぉ? 気のせいかしら?」


 普段目を閉じている母さんが薄らと目を開けて言うと、急いで雪花の右手を掴んで家を飛び出した。どうにも親というのは時々子の考えている事が分かるみたいで怖い。

 最早あれは一種の特殊技能ではないだろうか。


「ちょっと急に何をするの? あまり走るのは得意ではないのだけれど」

「あ、ああすまない。母さんの目が本気っぽかったからついな」


 しばらく走っていると雪花が息を荒げていることに気がついて、手を離すとその場に立ち止まることにした。いくら生前ありとあらゆる吸血鬼を狩っていた俺としても怖いものはあるのだ。

 しかも母という存在が居るのは今回が始めてだしな。


「そう、悠斗が変なことを考えなければ良いだけの話よ」

「なに? 女性とはそんなにも考え事に敏感なのか?」

「さてどうかしらね。それよりも早く学園にいくわよ」


 いつものクールぶりを発揮している雪花のペースに飲まれると、俺は口を閉じて雪花の後を負うことにした。そしてふと上を見上げれば今日も雲一つない青空が一面に広がり心が落ち着く。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「この橋を渡れば学園に着くみたいね」


 家を出てから二十分ほど歩いていると隣を歩く雪花が服の端を引っ張りながら伝えてくる。


「そうだな。周りを見ても同じ制服の奴らがいっぱい歩いているしな」


 確かに目の前には赤色の橋が掛かっていて、周りには俺と同じ制服を着た男女達が多数歩いているのが確認できる。

 学園の周りには川が流れていて橋の向こう側が正門らしく外見の雰囲気が凄く良い。


 吸血鬼にしては中々にセンスが良いと言えるだろう。

 それと橋名板には俺達の通う吸血鬼学園の名前が略されることなく全て記載されている。

 通称【私立吸血鬼第一高等学園】という名が黒色の板に金色の文字でな。


 そしてその学園は表向き吸血鬼の素養を育成するとかどうのこうの言っているが、本質はいつか訪れる人間達との戦いに備える為に作られた戦士育成機関でもある。

 ……というのをネットの9チャンネルという提示版で見かけた事があるのだ。

 

 うむ、俺としても立派にネットを使いこなせているな。我がなら感心せざる得ないだろう。

 とそんな事を思いながら一人頷いていると背後から三人の男の声が聞こえてきた。


「おい、そこの平民共道を開けろ」

「なんだこいつ? 入学初日に彼女連れて歩いてますよ兄貴!」

「おうおう、随分といい身分じゃねえか」


 如何にも知能が低そうな言葉を口にする者たちは同じ一学年の吸血鬼共みたいだ。

 制服のネクタイカラーが青色だから直ぐに分かる。


 だが最後に兄貴とか言われていた吸血鬼は銅色の首飾りをしている事から、三等貴族と言うところだろうな。しかし未だに貴族制度とかいう文明が残っているのには驚いたものだが。


「おい何を黙ってんだよ? ああ、俺の首飾りが気になるのか?」

「ヒヒッ。兄貴は貴族吸血鬼ですからね!」

「分かったろ平民共。さっさと道を開けろ。どけ!」


 ふむ……見れば首飾りをしているのはあの大柄の体型の奴だけのようだが、周りに居るコイツらは何だ? 手下か何かなのか? もう面倒だからモブ1とモブ2と呼ぶことにしよう。


 まったく、身分が高い者の近くにいれば自分も強くなれると勘違いを起こす者は人間も吸血鬼も変わらないのだな。


「あら、道なら他にも空いていると思いますけど?」

「ああ? 俺は貴族だぞ。何でわざわざ平民共の横を通らなきゃなんねぇんだよ」


 先程から冷気を漂わせ始めいている雪花が貴族吸血鬼に向かい物申すと、当然の如く傲慢な言葉が打ち返される。やれやれ、そんな言い方だと女性に嫌われてしまうぞ。三等貴族の吸血鬼よ。


「おいアマ! 兄貴に向かって口答えをするんじゃねえ!」

「はぁ? 何か文句でもあるのかしら。ねぇ?」


 モブ1が女性を蔑視する言葉を使うと雪花は額に青筋を立てていた。

 俺的にはもう少しだけこのやり取りを見ていたいが、そろそろ雪花を止めた方がいいかも知れないな。でなければ雪花は魔法を発動してこの辺一体を氷漬けにしてしまうことだろう。


 ああ、しかし雪花が怒りの感情を出すのは久々に見た気がするな。

 良かった良かった。雪花にもちゃんと感情が生きていたようだ。

 いつもクールというか冷静だからいまいち感情が読みにくいのだ。


「チッ! 平民が舐めた口を聞くなよ!」

「あらあら、それだけで怒るなんて随分と脳細胞が幼稚のようで」


 モブ2が詠唱を始めようと構えると、雪花も手を前につき出して同じく詠唱を始めようとしていたが、そこへすかさず止めに入る。


「待て雪花。ここは俺に任せとけ。せっかくの制服を入学式前に汚すのは嫌だろう?」

「そ、そうだけど。……ちゃんと手加減するのよ? いい? 絶対に殺してはいけないわよ?」

「ああ、分かっている安心しろ」


 幼い頃から雪花から殺しは駄目と言われているから殺しはしない。

 だが殺す一本手前なら大丈夫というわけで半殺しは可能であるのだ。


「何をゴチャゴチャ言ってやがる。これを見ろ! 具現武装【スネークショット】!」


 モブ2が詠唱してショットガン型の武器を具現化させると銃口を顔へと突きつけてきた。


「ほう? 中々に良い武器ではないか。だが遅ければ意味がないな」

「遅いだと? ハッ笑わせるな! お前は武器すら出せていないで……は?」


 モブ2は何か異変に気づくと自分の右腕を青ざめた表情で確認していた。


「だから遅いと言ったのだ。モブ2よ」


 生まれ変わっても魔法が使えないという足枷は健在のようで相変わらずなのだが生前の経験と力は現在そのままであったのだ。

 故にモブ2の腕を瞬時に切り落とすぐらい目を閉じていても可能だ。


「ひあぁぁっ!? 俺の腕がぁぁあ!」

「泣き叫ぶなモブ2よ。お前はそれでも吸血鬼なのか?」


 腕を切り落とした刀を振り払い血を飛ばすと、モブ2は大量の鮮血を流しながら地面に膝を付けては子供のように泣き叫んでいた。

 だがそうしていると横からモブ1が何やら騒ぎながら攻撃の姿勢を見せてきた。


「クソッ平民が! よくもやってくれたな!」


 しかも右手には短刀が握り締められている。ああ、まったくもって愚策な行為にしか思えん。

 俺が長物を使っているのに対し、まだ完全に距離を縮めていない段階で短刀を使うとはな。

 

 はぁ……ここまで吸血鬼共のレベルが落ちているとはな。昔の苦労を返して欲しいものだ。

 だがしかし今は目の事に集中するとしよう。


「俺に剣を向けたのなら、其れ相応の覚悟は出来ているのだろうな。モブ1よ」

「うるせえ! くたばりやがれぇぇえ!」


 モブ1が短刀で横腹を狙いにくると鞘を使い脛に一撃を食らわせて怯んだ隙に刀を奴の脇に潜り込ませて切り上げる。


「ぐあぁぁああっ!?」

「おお凄い綺麗に切れたな。うむ、鮮血も綺麗に吹き上がっていて満足だ」


 せっかく俺に切られてくれるのなら、せめて綺麗に切られて欲しいものだ。

 そして再び血が付着した刀を振り払うと、


「おいそこの平民。よくも俺の手下達を可愛がってくれたな。知ってるか? 貴族の私物に平民が手をつけるということは大罪に値するということを」

「あー、すまんな。だが最初に文句を言ってきたのはそっちだぞ? そして魔法を使おうとしたのもな」


 三等貴族の吸血鬼が前に出て武器を具現化させながら言うと、そこで俺は抜刀していた刀を納刀した。こいつら相手に父さん自慢の刀を使うのは勿体無いと判断したからだ。


「てめえ。俺を舐めているのか? なんで武器を収めた?」

「舐めなんていないぞ。お前の実力に合わせるにはこれが最適なだけだ」


 三等貴族は俺の言葉に怒り心頭らしく全身を震えさせると睨みながら拳を繰り出してきた。

 奴の武器はナックル型であり、故に近距離格闘型であることが分かる。


「良いぞ、お前の得意な格闘スタイルで付き合ってやろう」

「ほざけ平民風情がぁぁぁッ!」


 三等吸血鬼が勢い良く声を上げながら距離を縮めに来ると、俺はその場から動かずに拳を突き出す。そうして互いの拳がぶつかり合うと――――足元には夥しい量の血だまりが出来ていた。

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