52.回復の兆し

「あ、あああの、あのあのあの、お、オチャカイ……とは、おちゃ、お茶会、のことでお間違いないでしょうか……!?」

「ええ、そのとおりです。……すみません」


 お茶会ってなんだ。どこからそんな話が出てきたんだ。

 あんぐりと開いた口が戻らない。一体何がどうなってそういう話になったのか。


「だからね、セーラ。わたくしたち、あしたのお茶会でどんなお話をひろうするか、おはなししなきゃいけないわ」

「や、ややや、ちょ、ちょーっと待ってくださいね、姫さま……」


 意気揚々と目をキラキラさせている王女を座らせ、とにもかくにもラティーヤに助けを求める。

 彼女はずっと琥珀色の目を気遣わしげに揺らしながらも苦笑いを隠せていなかった。


「せ、説明をお願いできますか……」

「もちろんです。まずはお茶をお持ちしましょうか」

「お願いします……」


 王女の側仕えをしている侍女たちは大勢いるが、その中でも明確に位が分かれている。

 王女と直接言葉を交わし、良き理解者となるラティーヤを始めとした最上位の侍女から、その侍女たちにそれぞれ指示を受けて身の回りの世話をする侍女、そして直接王女と対面することもあまりなく、洗濯や食事の用意、王女のいない間に行う部屋の掃除などを担当する下級侍女がいる。


 王女の部屋でお茶を嗜むといったら、普通は中級の侍女、あるいは上級の中でも下位に位置する侍女が用意する。ラティーヤの立場だと、身の回りの世話をするというよりは、常に王女のそばに付き従い、彼女の話し相手となり、要望を侍女たちに伝えるのが役目だからだ。

 だが、ラティーヤはいつも手ずからお茶を入れてくれた。王女お気に入りのメスフィーンふうのスパイスの入った紅茶は、彼女にしかその味を出すことができないのだ。


 ラティーヤが王女とセーラ、そして王女に請われるままに自身の分のカップに湯気の立つ紅茶を入れる。セーラはそれをありがたく頂戴し、混乱した頭をなんとか落ち着けることに集中した。


「まずは結論から申し上げますと、明日、姫さまのお友達……つまり大貴族の中でも姫さまと交流のある御子息御令嬢を中心にご招待した茶会サロンを開きます。そこで、セーラさまには先日の孤児院訪問のときのように物語の披露をお願いしたいのです」

「だいきぞくの……ごしそくごれいじょう……」


 孤児院のときだって場違いだと緊張しきりだったのに、今度はその相手が王侯貴族に名を連ねる相手になるとは。

 今から既に気が遠くなっていると、ラティーヤは慌てて続けた。


「ご招待といっても、三名、四名ほどです。大々的な茶会サロンというよりは、本当にご友人同士で久しぶりにご挨拶をする程度でして……。そもそも、姫さまのご体調が優れないときからたびたびご心配のお声をくださっていた方々なんです。姫さまは最近まで臥せっていらっしゃいましたから、都度手紙でご連絡を取り合っておりまして。ですが先日公務を再開したことをきっかけに、お元気になられたのならぜひお会いしたい、というようなご要望が集まったのです」

「それから、セーラにもあいたいとみなさんおっしゃっていたわ」


 元気よく口を挟んだ王女に、セーラは首をかしげることしかできなかった。


「……なぜにわたし?」

「セーラさま、先日ご公務へご一緒した際にも孤児院の子供たちに既にお名前が知られていたでしょう。有名なんですよ。異世界からやってきた、王女殿下付きの吟遊詩人さま、と」

「え……」


 さっと血の気が引く。

 まさか、自分のことがそんなに外部の人に知られるようになっているとは想像もしていなかったのだ。


 ――確かに、異世界から来た異分子であることを理由に、命を狙われているけれども。


 しかしそれは、既にセーラの存在を知っている王侯貴族の誰かが関与しているからこそだと思っていた。

 ラティーヤの話によれば、公務で披露するより前から、セーラの存在は少しずつ市民にも広まり始めているらしい。


 王女が王妃の死をきっかけに臥せっていたことは国民も知っていて、その回復を誰もが願っていた。だが、来る日も来る日も王女の快復を知らせる吉報はないまま半年以上。王宮ではあの手この手で王女のために尽くしているとは噂が出回っていたが、その成果は芳しくない。

 そこへ、いつごろか、突然やってきてあっという間に王女の元気を取り戻した人物が現れた、と噂が広まったらしい。

 どんな凄腕の医者なのか――外国から招いたのか――いや、医者ではないらしい――不思議な歌と物語で姫さまを治したと聞く――不思議な歌と物語とは? ――どうやら、召喚術で異世界から招いた吟遊詩人だとか――などなど、人の噂はささやかに、しかし確かに王宮から城下へと広がっていった。


 そうした噂のある中で、先日の公務が行われた。

 実際に王女が国民に噂通りの元気な姿を見せ、孤児院では子供たちが噂の吟遊詩人本人に会い、歌と物語を聞かせてもらったのだと興奮して周囲に広めた。

 噂は本当だった、ということで、あれ以来急速に〝異世界からやって来た吟遊詩人〟の名は広まり始めた。

 そうすると、黙っていないのが貴族たちである。


 何事も、話題のものや流行の最先端はまず庶民よりも貴族が嗜んでいなければ、彼らのプライドが許さない。

 今にわかに話題になりつつある王女付きの吟遊詩人の物語を、なぜ王女と親しい貴族ではなく孤児院の子供が先に聞かせているのか、と不満の声が上がったのだ。つまるところ、大貴族である自分たちにも吟遊詩人の物語を聞かせろ、ということである。


「陛下の重臣の皆さんの中にはわたしの存在が疎ましくて仕方がない、みたいな人が半数くらいいらっしゃったと記憶してるんですが……?」

「重臣の爵位を持つ方々はそうでしょうが、その奥方やご家族はその限りではないのです。政治に関わらない場であるのなら、むしろ物珍しいものであればあるほど積極的に受け入れられます」

「ああ……まあ、政治色を匂わせると反対されるものでも、エンタメだったら話は別、みたいなことってありますからね」

「特に、姫さまは貴族の間では常に流行の最先端をお作りになる方ですから。その姫さまが重用していらっしゃる方であれば、貴族の方々としては見過ごすわけにはいかないのでしょう。今頃、反対派の方々の間ではご家族間でもセーラさまに対する評価は二分されているでしょうね」

「ははあ……」


 実に想像に容易い。

 最近エンターテイメントとして台頭してきているコンテンツに対して、一家の父親は政治的な面から支持することは受け入れられないと難色を示す。だが、インフルエンサーや芸能人が絶賛し、既に話題になっているものだから、その家の子供や妻はエンターテイメントとしてそれを受け入れている。何なら本格的にファンをやっている場合もある。

 よくある構図だ。


 しかし、そのコンテンツというのがセーラ自身となると、そう鷹揚に構えているわけにもいかない。

 なにせセーラはあの公務以来、命を狙われているのだ。


「お茶会を開きたい事情はわかりました。ですけど、姫さまのご体調的に外部の方とお会いしても大丈夫なんですか?」

「ええ。それを考慮しまして、長くお付き合いのある方々に限定しました。本当は大々的に夜会を開き、そこでセーラさまの腕前をご披露いただく案も上がっていたんですよ」


 国王が主催し、国中の貴族を招き、宮廷音楽団なども手配して行うような大規模な夜会だ。

 普通は王族の生誕会や祝賀にしか開かれないような規模のものを開催する案まで出ていたと聞いて、セーラはいよいよ顔色をなくしたのだった。


「いやいや! そんなのもう見世物じゃないですか! いや、貴族の方々からしたら見世物そのものなんでしょうけど……。ですけど、それにしたってわたしは今得体のしれない人に命を狙われている身ですし、ご迷惑がかかってしまいますよ」

「もちろんそのことがありましたから、夜会のお話はひとまずなくなりました。ベルディン団長の説得がなければ本当に開かれていましたからね」

「ヴァイセンさま……ファインプレーです……ありがとうございます……」


 セーラの事情と王女の体調、そのふたつの条件が揃わないと、夜会などとても開くことはできない。

 そういうわけで、まずは王女の身近な人だけを招いて小さなお茶会を開こう、という話になったのだ。


 その目玉であるセーラ自身の身が危うい状況だから、もちろん厳重に警戒しなければならない。そこで、セーラ自身が王女の宮に滞在することにしてしまおうということになったらしい。そうすれば滅多な侵入者はないだろうし、セーラもジュラーク公爵邸と王女の宮の行き来の間に外部にさらされるリスクは減る。


 つまり、今こそが茶会サロンを開くチャンスなのだ、ということのようだった。

 そこまでの話を聞いて、セーラは思わず天を仰いでしまった。

 今がチャンス、などという話ではない。

 歌も語り聞かせも、ただがむしゃらに王女の機嫌を取ろうとした苦肉の策だっただけなのだ。セーラは別段、その道のプロではないのである。

 王女が気に入ってせがんでくれるのはまだ良い。それで元気になってくれるのなら、セーラが努力した意味はある。だが、他人に広く腕前を披露するほどのものではないのだ。


 なんとかしてキャンセルできないだろうか。頭の中で必死に言い訳を考えてみるも、しかし、最初から無駄な抵抗だとわかっていた。

 なにせ、目の前の王女はそれはそれは愛らしいまろい頬を上気させ、きらきらと輝くような目でセーラを見つめている。

 言葉にするなら、「色よいお返事を期待しているわ」といったところだろうか。


 あの、真っ暗な部屋で布団にこもってばかりだった王女が、意欲的に行動を起こしているのである。

 これぞ目覚ましい回復の象徴のようだ。そこへまさか、「わたしはやりたくありません」などと水を差すことは、セーラにはできなかったのである。

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