41.事件の後処理②

「わたしのせいで気に病ませて……申し訳ないです」

「いや、セーラ殿のせいではない。しかしセーラ殿に命の別状はなかったとはいえ、姫さまも自分のせいであなたが狙われたのではないかとひどく落ち込んでいらっしゃったのだ」

「ああ、そういえばそうでしたね……」


 言われて思い出したが、王妃が亡くなったきっかけになったのも、王女が襲われたことが原因だった。きっとそれと今回の件を重ねてしまったのだろう。

 あれは王女を狙ったものだったのか、それとも王妃を狙ったものだったのか、どちらかと問われると微妙なところだ。

 病の王妃に決定的な一撃を与えるために王女の命が狙われたのだと考えていたが、王妃は遅かれ早かれ死ぬ運命にあった。とすれば、もしかしたら母娘ともに命が狙われていて、王女に襲いかかった凶刃は、まさに王女自身が狙われた結果だったのかもしれない。


 どちらが、とはまだ何もわからないが、今回の件で何かしらのトラウマになっていなければ良いなと考えた。

 せっかく公務に出かけられるほど回復したのだから、これ以上彼女の心を乱すようなことは起こらないでほしい。


「しかし、今回の件は姫さまを狙ったものではないんだ」

「そうなんですか?」


 ヴァイセンが言うには、犯人はもう捕まったらしい。実に仕事の早いことである。

 下手人はひとり。弓を得意とした男だが、どこの騎士団に属しているわけでもなく、どこかの組織とつながりがあるわけでもない。特別目立った人物ではなかったようだ。

 現在もこの男に尋問をしているところだが、なかなか情報を吐かない。それで捜査が難航しているらしい。


 セーラに生々しい実情を聞かせたくないのだろう。ヴァイセンは履歴書でも読み上げるように、わかっていることを淡々と告げた。


「それから……セーラ殿。どうか必要以上に怯えないでほしいのだが……どうやらあなたを狙ったもののようだった」

「え……」


 王女ならいざ知らず、なぜ自分が命を狙われるのだろう。

 理解できず、セーラは言葉を失った。


「下手人は既に捕まっていて、尋問を進めている。今すぐふたたび狙われることはないだろう。だが下手人はあくまで実行者にすぎず、指示した者が他にいるはずだ。これも探らせているが、おそらく時間がかかる」

「……な、なぜ……わたしが……?」


 呆然としたセーラの声音に憐憫を覚えたのだろう。ヴァイセンは気の毒そうに整った眉をひそめた。


「気に病まないでいただきたいのだが……。異世界から来たあなたが姫さまのおそばにいらっしゃることが受け入れられぬと」

「…………」

「あちらの身勝手な言い分にすぎないのだ。だから聞き入れる必要はまったくない。あなたは求められてここにいるのだし、実際その責務を十分に果たしている。たとえ果たせなかったとしても、こちらの勝手で連れて来られたあなたには何の責任もないのだから」

「ですけど……それで姫さままで危険にさらしてしまったら……」

「そのために我らベルディン騎士団がいるのだ。今回の件では団員の働きによって姫さまに害は及んでいない。あなたが狙われたことが想定外だっただけで、姫さまの警護は完遂された。断じてあなたに落ち度があったのではないのだ」

「…………」


 セーラには言葉もなかった。

 なぜ自分が、と思うと同時、当然だろうなと納得する自分もいた。


 自分は命を狙われるほど嫌われる人間なのだ。そう頭にこびりついて離れない。

 否、理性ではわかっている。ヴァイセンが言うように、セーラのせいではない。異邦人だという理由で悪者のように扱われる謂れはない。ましてや傷つけて良いはずがない。

 冷静な頭ではわかっている。けれども、次から次へと脳裏に浮かぶ自身を責める言葉が止まないのだ。

 

 最近は、ラティーヤやヴァイセン、そして公爵家の使用人、それからベルディン騎士団の人々とも知り合いになり、セーラ自身も少しずつ溶け込んできたなと思えた頃だった。

 なにより、王女は目に見えて元気になった。笑顔が増え、規則正しい生活にも慣れて、周囲が強要せずとも自ら勉強に励み、公務に出られるまでに回復したのだ。

 すべてセーラの功績だと思っているわけではないが、きっかけになれたのなら、自分にも何かひとつ大役を成し遂げられた気がしていた。


 ――気がしていた、だけだったんだな。


 彼らとしか接していなかったから、だんだんこの世界にも受け入れられるようになったのだなと勘違いしていたのだ。

 本当は、全然そんなことはなかったのに。


 何もかも中途半端で、何の能力もない自分なのだ。人々があっと驚くような発明ができるわけでもないし、誰もが絶賛するような完璧な人助けができるわけでもない。


 ――姫さまの役に立ててるなんて、勘違いしたから……。


 ああ、いけない。自分で自分を罵倒したって何にもならないのに。

 セーラは首を振る。

 それでも一度走り出した思考は止まらない。

 次第に頭を抱え出したセーラを、ヴァイセンは申し訳なさそうに眉を下げて見つめていた。

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