28.国王への経過報告

「よく来てくれた、異邦人よ。まずは王女の病を取り払ってくれた件、感謝する」


 いつかセーラが召喚された広間に膝をつくと、それより数段高い場所から、まず最初に王はそう言った。

 とたんに周囲がどよめく。

 セーラが上げた功績はともかく、国の権威でもある国王が怪しげな異邦人に気軽に謝意を述べるなんて、とでも言いたげな声だった。


 セーラ自身、呼び出されてまた針の筵か、と内心もう既に帰りたい気持ちでいっぱいだ。せめてヴァイセンが隣にいてくれたら。

 彼はこの広間に入るなり、きちんと用意された席へと行ってしまったのである。公爵家ともなれば限りなく上座に近いが、ハイデルラントを代表する十二の公爵家の中ではもっとも若い。それでも彼より国王のそばに座る人物がヨボヨボの老人ひとり程度であるところを見ると、やっぱり、ジュラーク公爵家そのものの力が相当大きいのではないかと窺わせられた。


 セーラはひとり広間の中央に取り残され、いつかと同じように大勢のお偉方から珍しい見世物に群がるかのような視線を浴び、国王とまっすぐに対峙する羽目になったのだ。


 勝手に喚び出して無茶振りしたのはそちらなのだから、やったことに対して礼はしてくれてありがたい。しかしそれより、この無礼千万な外野を黙らせておいてほしいとも思う。

 それから、感謝をしたいのなら数段高い位置からというのは実に素直に喜べない。国王にどれほどの権力があろうと、セーラはこの国の人間ではないのだから、セーラ自身に誠意が伝わるようなやり方をしてほしかった。


 中には、露骨に「あんな小娘がなにを成したというのだ」と批判する声もある。

 召喚されてから今日まで一ヶ月程度、セーラが王女とどう関わってきて、王女がどんな状態まで回復したのかも知らないのだろう。

 ――そこ、聞こえてるぞ。

 とまではさすがに強くは出られなかったので、声が聞こえた方向をじっと見つめることで無言の抗議とする。


 国王はそうした外野のざわめきを一瞥で黙らせ、なおも続けた。


「それから、こちらから王女の病を取り払うよう頼んだにもかかわらず、そなたの言葉に憤慨し、軽率に死罪を求刑したこと、申し訳なく思う。私もあのときは王女の容態がなかなか回復せず、気が動転して感情的になっていたのだ。許してほしい」


 今度こそ場が騒然となった。

 白髪かハゲ頭しかいないお歴々は、陛下が頭を下げる必要などありません、だの、聞けばこの小娘は――だの、王女の問題に大して関心もないくせに一丁前に口だけは出す。日本の会社にも、ご近所にも、あるいは親族にも、こういう、問題に関心はないくせに余計な口だけ出して関係者を不快にさせる連中は多いものだが、まさか世界を変えても同じとは。


 国王も大概だが、この周囲の人間もかなりの権威主義だ。出席しているのはほとんどが老齢の男性ばかりだし、まあ、古今東西、世界が変わっても老齢男性に権力を振りかざす厄介なタイプが多いのは変わらないということだろう。

 しかしそれでも、中には老齢の女性も少なからずいる。

 女性である王女が王位継承権第一位とされ、それに対し誰も問題にしないことからも、この世界では権力者層における性差はあまりないのかもしれない、と感じていた。


 それにしても、これほど大騒ぎする臣下を見ていると、国王の振る舞い方でもまだ気さくなほうなのだろうと思わせられる。

 異邦人であり、身分もまだよくわからない人間であるセーラに気軽に頭を下げるところからも、権威を振りかざさないタイプなのだろう。さすが、かつて平民を嫁にしただけある国王だ。


「最近は姫さまも日中にしっかりお勉強なさって、来週には公務にも出られるとか。やはり私の召喚魔法に間違いはありませんでしたでしょう?」

「ワッ出た」


 思わず声が出てしまって、セーラは慌てて口元を押さえた。

 臣下たちが控える両脇の椅子の間から、鬱陶しいくらい輝かしい金髪を揺らしながらひとりの男が進み出た。

 某女性だけの歌劇団かなにかのようにきれいな顔立ちをした男性だ。だが、彼こそがセーラをこんなところに連れてきた元凶でもある。


 占者・エルストラ。

 王女の病を治そうと躍起になった国王が手を出した最後の手段――つまり怪しげな占者だということだが、その素性はまだよくわかっていない。ヴァイセンやラティーヤに尋ねても、国王がどこから彼を連れてきたのかはわからないと言うのだ。


 エルストラは甘く垂れた――実に女性ウケの良さそうな顔立ちだが、セーラはあまり好きじゃない――目尻をさらに下げてにこりとほほえみ、階段上の国王に対し、恭しく一礼した。もちろん、セーラには見向きもしない。


「さあ、陛下。そしてお集まりの臣下の皆さま。私の召喚魔法の実力のほどはこれで証明されたことでしょう」

「姫さまの体調が上向いたのはあなたの実績ではなくて、どんなときでも姫さまのそばを離れず根気強く彼女の悲しみに寄り添っていた侍女の皆さんと、あなたが勝手に喚び出したどこの馬の骨ともわからないわたしの言葉を素直に聞き入れてくださった、ヴァイセンさまを始めとする関係者の皆さん、それからお母さまを亡くされた悲しみを乗り越えようと努力なさった姫さまご本人の功績ですよ。勝手に人の努力を奪わないでください」


 調子のいい男だ。全部ひっくるめて召喚魔法を行った自分の手柄にしようというのなら、それはセーラが許さない。

 しかしエルストラは気取った様子で無駄にサラつく髪を振った。


「ノン、ノン。私が喚び出したあなたにこそ姫さまを救う力があってこそ。私の召喚者を呼び出す腕前の的確さ、それこそが成功の秘訣です」

「百歩譲ってわたしが状況を変えたのだとしても、それはわたし個人の努力であって、あなたの努力じゃないです。わたしはマジで勝手に召喚されただけの、召喚者としては人選ミスも良いとこのただのしがない会社員なので」


 当たりが強くなってしまっているが、どうにもこの苛立ちを納める場所が見つからない。

 セーラはこの男に対し、だいぶ腹が立っているのだ。

 なにせ元凶。そしてこの態度。常に芝居がかった仕草で気取って見せて、調子が良く、なにやら上手いことを言っているようで、その実人の努力を自分の功績にすり替えようとしている。

 癪に障ることこの上ない。

 今すぐ元の世界に返せと言いたいところだが、それは慎重にならざるを得ないところも、また腹立たしい。


 この一ヶ月、ヴァイセンは必死に送還魔法の資料を集めてくれた。だが、セーラには文献を読み解くことはおろか、魔法のなんたるかもわからない。だから代わりに、ヴァイセンの部下を名乗るベルディン騎士団の人たちや、ジュラーク公爵家の使用人たちまで総出で調べ尽くしてくれたのである。

 それでも、まだ目ぼしい答えは得られていなかった。


 すべては眼前のこの男のせいだ。

 そう思えばこそ、調子良くこの状況を喜ばしいもののように表現する彼がひどく気に入らなかった。


「まあ、まあ。待ちなさい」


 国王の低く張りのある声が止めに入る。

 セーラははっとして段上の国王を見やり、無理矢理エルストラへの憎悪を引っ込めた。


「セーラの言うことはもっともだ。王女を支えてくれた侍女たちはもちろん、母の死を乗り越え、病を克服しようとした王女の努力は図り知れぬ。しかしその契機をもたらしてくれたのは、セーラ、そなたなのだ。そしてそなたを喚び寄せたエルストラにも感謝する。――して、私が聞きたいのはこれからのことだ。セーラから見て、王女はもうすっかり治ったと見て良いか?」


 期待を隠せない国王とその周囲の空気感には悪いが、セーラはきっぱりと首を振った。


「いいえ。まだ回復しきったわけではありません。というか、まだまだ全然。ぜーんぜんですよ。なにを呑気に大団円の万々歳みたいな空気しちゃってるんですか。姫さまはまだあんなにも努力をなさっている最中なのに」

「なに……?」


 国王が動揺するのと同時、臣下たちにもざわめきが走った。

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