25.王女は流行を生み出す身分

「セーラ、いらっしゃい。さあ、今日のお歌をきかせてちょうだいな」

「おはようございます、姫さま。今日はまたずいぶんとお元気ですねえ」


 王女の宮に招かれ、一番に王女本人が出迎えてくれたことにまず驚いた。

 昨日までベッドから出るのも大変そうだった子供が、今日は愛らしい珊瑚色の近世ヨーロッパ的なドレスにしっかりと身を包み、来客を出迎えるにふさわしい出で立ちでそこにいる。


 ヨーロッパ的なドレスとはいっても、スカート部分にふんわりとした布をふんだんに使ってウエストの細さを演出して見せているだけで、決して物理的にウエストをギリギリに絞ったりはしていない。

 どうやらこの国では、コルセットを使ったファッションはないらしい。

 あれは誰がどう見ても健康を害してしまいそうなものなので、そういう文化でなくて良かったと心底思う。

 ウエストを細く見せたり、首元を大げさにしたり、装飾品で着飾ったりするよりは、純粋に布量の多さで勝負といったところだろうか。

 セーラは自身と王女、そして侍女たちの服装を見比べ、そんな印象を持った。


 侍女たちの着ているものもふんわりと布量の多いスカートであることに変わりはないが、ヴァイセンの屋敷で用意してもらったセーラの装いと比べると、いくらか自分のほうが豪華であるように思える。

 セーラが着ているものはスカートだけで三枚、一番下に着ているペチコートの役割のようなものもふんだんにギャザーが寄せられ、それがスカートのボリュームを出していた。

 二番目に履いているものも生成りか白で、これもペチコートのように思えるが、役割がなんなのかはわからない。

 三番目に着ているものが、おそらくドレスの部分だ。

 ここ数日セーラに用意されたのは、いずれも深い青から紺色。これには細かな刺繍も加わり、派手さはなくとも非常に高価なものであることが察せられた。


 そして上半身も、ワイヤーのようなものを胸の形に合わせたブラジャー代わりの下着、インナー代わりのシャツ、ドレスと同じ色のセットアップのようなものまで身につけたら、その上からアンクル丈のロングコートのようなものを羽織る。

 コートというよりは、薄手で前開きのシャツワンピースのようなものだ。実質、これを羽織ることで上下がつながったワンピースの役割を果たしていると言えた。

 羽織ったものを胸元から足元までボタンで留めるのだが、最後にその上から腰帯サッシュを巻くので、腰帯から下は開け放って、下のドレスの色を見せるのが最新のファッションなのだそうだ。


 これらはすべて、セーラの着替えを担当してくれる、ヴァイセンの屋敷の女性使用人たちが教えてくれたことだった。


 そして決定的に違うのが、袖の形だ。

 王女つきの侍女たちや、ヴァイセンの屋敷の使用人たちは袖はよく見る長袖で、腕にぴたりと沿っている。だが、セーラと王女の着ているものはフレアスリーブになっていて、手首のあたりなどは振り袖のように長い。

 これは、王族である王女と、貴族のヴァイセンの客人であるセーラが、これを着て生活する上で袖が邪魔になるような所作をしない――つまり働かない側・・・・・の人間であることの証左なのだろう。


 最初にこの服に袖を通したときには、いろいろと考えられた造りなのだなと感心したものである。

 そして今になって初めて王女の装いを目の当たりにして、ハイデルラントの文化に馴染みがないセーラでもさすがだと思わせられたのだった。


 今日の王女の装いは、幼い姫君の愛らしさにピッタリな珊瑚色だ。一番上に着ているワンピースは薄桃色で、ウエストから下のボタンを開けることで、着ているドレスとのグラデーションが美しく見える。


 ――なるほど、流行りのファッションってこういうこと。確かにおしゃれだわ。


 ヴァイセンの屋敷の使用人たちが力説するはずである。

 おそらく現在はヤスミーン王女、半年前まではきっとアディリマ王妃こそがこの流行を生み出していたのだろうと理解させられるコーディネートだった。

 ワンピースは透け感のある素材で、涼やかさを演出するのと同時に、布の重なりで豪奢なイメージを作る。


 王女の装いは、セーラほど刺繍や装飾の多いものではない。むしろシンプルとも言える。シンプルだからこそ、布の質感のみで高級さを表現できる技術が光るのだ。


「姫さま、今日はおしゃれですねえ。ピンク色すごくお似合いですよ。お庭のお花と並んだらもっと素敵だと思います」


 ファッションへの賛辞はその土地の環境や文化に大きく依存する。

 何色が似合うと言ったら、その土地ではその色は貧乏人が着る色だから皮肉を言われているのかと捉えられてしまう、なんてことも起こり得るのだ。

 だが、まさか一国の王女がファッションの最先端でないはずがない。色を褒めようが着こなしを褒めようが、彼女こそがハイデルラントのファッションの頂点にいるはずである。

 セーラは深く考えずに、賛辞でありさえすれば受け取ってもらえるだろうと思って素直な感想を口にしたのだが、果たしてその認識は正解だったらしい。

 王女はいまだ痩せて顔色の戻らない白い頬をわずかに紅潮させ、その場でくるりと回ってみせたのだった。


「うれしいおことば、ありがとう。セーラも今日のドレス、よくにあっているわ。ジュラーク公爵家の青がきれいね。ヴァイセンがみたててくれたの?」

「……ん? すみません。ヴァイセンさまが見繕ってくださったのはそうなんですが、ジュラーク公爵家の青、とは?」


 わからない話が出てきた。

 セーラが一生懸命瞬いて誰かしらに説明を求めようと視線を泳がせると、楚々と控えていたラティーヤが微笑んだ。


「ハイデルラントを代表する十二の公爵家には、それぞれ決まった色がございます。セーラさまはベルディン団長、つまりヴァイセン・ジュラーク公爵さまの保護下にありますので、ジュラーク公爵家の色である青色をお召しになるのが自然なことなんですよ」

「んん? ジュラーク公爵・・!? えっヴァイセンさまって公爵さまだったんですか!?」


 もはやファッションだの公爵家の色の話どころではない。

 とんでもない情報が突如として開示され、セーラは素っ頓狂な声を上げてしまった。

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