三日目
① 栄の屋敷、事件の捜査とコアの追跡――それはそうと古山水が気になるルーチェ
「そんなことがあったの」
明くる日、ウェールスを連れて自警団の拠点に向かう途中、栄氏の殺害について話した。潜入作戦の翌日にコアとの差し迫った追走劇に突入するとは思っていなかったらしく、私の話を聞き始めた直後は驚きの表情を浮かべた。だが、そこは対コア戦の決戦兵器だ。気持ちは切り替えたらしい。逢坂氏と河原寺氏に説明した彼女の素性を共有し口裏を合わせる。
「君、嘘が上手いね」
「本当のことを言うのが下手なのさ」
彼女と対面した自警団の二人には疑念と懸念の色があった。しかし、栄氏の屋敷を調べられるようになったと併せて報せることができたから、
「貴族のツテは馬鹿にできんということか」
「そっちは先生と、その、探偵に任せる。だが、報告だけはしてくれ」
それらはなし崩しになり、晴れて私たちは捜査を独占的に行えるようになった。
門の前で立っていた課長の手勢に挨拶して、栄氏の屋敷に入る。廊下を歩きながら、
「事件が起きたのは午後二十二時。書斎に居たのは栄氏だけ。扉は閉まっていた。自警団の団員が四名、扉の前に二人、廊下に二人見張っていた」
書斎に入り、栄氏の死体があった壁際に歩み寄る。
「栄氏はここで仰向けに倒れていた。刃物で背後から一突き、体を貫通して壁まで穴が開いていた。今のところ犯人が利用できた侵入経路は玄関からこの廊下を通るというもの、私たちが使ったのと同じものだけという理解だ」
言って振り返る。数歩後ろをついてきたウェールスの表情が暗い。
「少し時間をもらっていい」
「ああ。構わないよ」
彼女は死体があった傍らに跪き、そっと床に触れた。指先が微かに震えている。目を閉じ、しばし黙祷を捧げる。立ち上がると真っすぐに私を見つめて、
「ありがとう。何からしたら良いのかな」辛さの滲む笑顔で言った。
「まずは昨日確認できなかった場所を見ておこう」
私たちは栄氏の机の後ろにある箱から鍵を取り、鉄の扉を開けて中庭に出た。中庭は三方を高い堅牢な塀で囲まれた閉鎖的な空間で、広くはないが手入れが行き届いている印象だ。
「事件当日、この扉は施錠されていた。鍵は一つだけで先ほどの場所にあった。犯人の侵入経路になったとは考えづらい」
説明しながら壁を検める。栄氏が殺された際に空いた穴を見つけた。
「この壁の向こうで栄氏は刺殺されたわけか」
中庭から壁の向こうの栄氏を刺し殺すことは覚醒能力を用いても困難だ。透視は複雑な技能だし、栄氏が壁際に立たなければ犯行不可能で不確実性が高い。何より、鉄の扉は施錠されていたのだから、中庭に侵入するには塀を飛び越えるしかない。瀝青を用いて身体能力を強化すれば造作もないが、屋敷の周囲にも団員が居た。瀝青の分布とも矛盾する。事件当日、私が感知した瀝青は屋内で突出して高く、また偏りがあり、敷地の外は全くの凪だった。
問題は犯人がコアを使っていることだ。私はコアの性能を詳細には知っていない。ビットの比でない多くの瀝青を、すなわち資源を手に入れられる以上、それを用いて表現できる現象もビットのそれを凌駕していても不思議はない。
その辺りを尋ねようとしてウェールスが静かなことに気づいた。彼女は中央の小さな池を見つめていた。池には水が無く、代わりに真白い玉砂利が敷き詰められている。白い水面を眺める琥珀色の目にはいつの間にか豊富な光が戻っていた。
「古山水と言ってね、もとは砂を使って水を表現したものだったそうだ」
隣に立って説明する。現代では玉砂利が砂に取って代わり、そこに苔生した岩を置いたりするものとなっている。白砂で模様を作るという様式の要点は整備性の悪さや、与える流動的な印象が敬遠されて廃れた。頽廃期に貧者の暴力から身を守ることに腐心した富者にとって、変化に永続性を見い出すなど冗談ではなかったのだろう。
「この橋もコサンスイなの。渡るためにかかっているとは思えないけど」
池の真中にはこぢんまりとした石橋がかかっていた。緩やかに湾曲していて手摺などもない、渡れなくはないが意匠としての意義が過半を占めていそうな代物だ。
「おそらくこの池は模型で、もっと大きな本物がある。本来は橋を渡りながら白い水面に浮かぶ石と苔の緑を眺めるといった趣なんだろう」
ウェールスは私の言った景色を空で想像しながら、
「雲を突き破る山のようにも見えるね」
「そうかもしれないな」
彼女は感嘆の声を上げながら石を眺めていたが、はっと我に返り、
「あ、ごめん。気になっちゃって」
バツが悪そうに苦笑いを浮かべた。私は笑って、
「ささやかな学府観光だ、良いさ」
彼女ははにかんで、
「ありがとう」
学府観光に区切りがついたところで本題を切り出す。
「さて、今度は私から君に訊きたいことがあるんだが」
「分かることなら良いけど」
「コアのことだ。使用者はどういった覚醒能力を使えるんだ」
ウェールスはしばし思案して、
「今のコアにはもう覚醒能力というものは無いんだ。コアはビットと比べ物にならない血の瀝青を生成できるけど、それは宿主を支配して搾取するからなんだ。ビットのような共生関係じゃなくてね」
「宿主の能動的思考能力に依存しないからこそ莫大な瀝青を得られるが、宿主の創造性の恩恵は受けられない」
「そういうこと。莫大な力を手に入れられてもできることは割と単純なんだ」
「で、あれば。コアの使用者が覚醒能力を使用したなら、それは覚醒者がコアを使用している場合以外に無いという理解で良いか」
その問いに彼女は「理論上はだけど」と断った上で、
「もう一つあるよ。上位のコア、例えば七枝のコアを宿している媒介者が覚醒者の場合かな」
彼女によると、上位のコアは下位のコアに干渉できる。ネットワークを構築するコアならではと言える。ただし、七枝のコアともなれば宿主への支配力は絶大で、覚醒能力を使えなくなる可能性が高いと言う。白の媒介者は覚醒能力を使うが、例外的なことのようだ。
「上から、
「根幹のコアというのは聞いたことがないな」
「根幹のコアはもう無いよ」ウェールスは誇らしげに胸を張り、「何を隠そう僕が倒したからね」
「すごいな」
「結構やるでしょ」
「ああ、おかげで犯人が何をしたのか見当がついた」
「え。もう何が起きたか分かったの」
◇注釈(用語説明)
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