② 自警団の後見人、非市民、貴族――事件の捜査を一任される炯

 自警団の二人は主要な支援者の一人、大家氏を訪ねた。今後の相談のためだ。私も同行することになった。大家氏は栄氏のように経済的・物質的な援助は大きくないが、自警団の助言者や保証人のような役割を担っている。彼は有力な市民であり、市長を務める貴族からの信頼も篤い。私もほんの数回だが会ったことがある。白髪の所々混じる穏やかで慎重な中年の男性だ。


 彼が暮らす「塔」は都市の北側、小高い山の中にある。呼称の由来である鉄塔は頽廃期に撤去され、土台だった三階建ての建物のみが利用されている。その頃から塔は地域の歴史や習俗などを今に伝える資料館となっており、彼の家は代々館長を務めてきた。


「ここに収めている資料を貴重なものから市に移管していましてね」


 急な訪問だったにもかかわらず、大家氏は私たちを快く迎え入れてくれた。逢坂氏と河原寺氏のただならぬ雰囲気に戸惑いを抱いたらしい。少し待たせたと詫びてから世間話を試みたが、今の二人にその余裕は無い。代わりに私が言葉を返す。


「良いのですか。資料館の影響力が下がりかねないと思うのですが」

「二の次ですよ。この建物も老朽化が進んでいます。安全な場所に移してやりたい。複製や写本を入れていく予定ですから、できることは変わりません」


 大家氏は安堵の表情を浮かべて答える。扉の把手を掴み、私たちを書斎に招じ入れた。


「そんなことが」


 逢坂氏から事情を聞いた大家氏は、愕然とした様子で呟いた。椅子の背もたれに力なく体を預けて俯く。机の前に立つ逢坂氏は沈痛な表情で大家氏を見つめた。開けられた窓から秋の風が流れ込み、風鈴が空しい音を鳴らした。大家氏は逢坂氏を見上げ、


「月並みな言葉ですが、惜しい人を亡くした。自警団にも、この都市ひいては学府にも、まだ多くのことが出来る、力のある人でした」


 逢坂氏の口元にぐっと力が入った。


「あの人に拾われた身です。思うことはいくらもあります。だが、今は悲しんでる場合じゃありません。大家さん力を貸してください」


 そう言って頭を下げた。大家氏は慌てて、


「え、ええ。もちろんです。あ、頭を上げてください、逢坂さん。私にできることなら喜んで力を貸しますから」

「ありがとうございます」

「ただ、そのお話だと犯人は覚醒者、それもかなりの実力者でしょう。私にできることは無いように思うのですが」

「今回のことで支援者が動揺するのは間違いない。俺たちは一人でも多くの支援者を繋ぎ止める必要があります。大家さんにはそのための力添えをお願いしたいんです」

「なるほど。そういうことなら私にもいくらかできることはあります」

「ありがとうございます」


 もう一度、逢坂氏は頭を下げた。


「それで、事件解決の方だが」私の方を向いて、「先生、アンタの力を借りたい」

「なんだって」

「なんですって」


 二人が口々に驚きを口にする。口にこそしなかったが、私も彼らと同程度には驚いた。私はこれまで自警団に協力してきたが、彼らが保護した孤児たちの教師役と団員の覚醒能力の評価に限ったものだった。非市民の自立と自律を旗印に活動する彼らにとって、元貴族である私は自分たちの必然性に傷をつけかねない存在だからだ。故に、これまで荒事には関わらなかったし、能力の評価も主要な人物には行っていない。


「我聞、俺たちじゃどうにもならない。先生が来てくれなかったら団員を助け出すことすら朝を待たなきゃならなかったはずだ。相手は覚醒者だ。それも半端なヤツじゃない。俺たちが出張っても一方的に狩られるだけだ」


 河原寺氏は私を一瞥し、


「動揺してるのは支援者だけじゃない。団員たちもだ。ここで開道サンに任せるなんてしたら団員はアンタについて来なくなる」

「それならそれで仕方ない」逢坂氏はじっと河原寺氏を見据えて、「団員は消耗品じゃない」


 河原寺氏が押し黙り、沈黙が訪れる。大家氏がやや気まずそうに、


「逢坂さん。とりあえず、開道さんの答えを聞かないことには。手練れの覚醒者ならば、犯人は貴族の可能性が高い。開道さんにも事情があるでしょう」


 逢坂氏は小さく頷き、私に向き直った。


「先生、もちろん報酬は出す。頼まれてくれ」


 私にすれば願ってもないことだ。これで彼らを巻き込む危険を減らすことができる。


「ええ、もちろんです」


 更に私は逢坂氏の言動と気質から、事の深刻さをある程度率直に話した方が、彼らは一層抑制的に振る舞い、意図せぬ事態を避けられるのではと考えた。


「犯人ですが、コアという禁制品を使っている可能性があります」


 三人が同時に驚く。大家氏だけでなく、自警団の二人もコアを知っている様子だった。ただ、どの程度知っているかには差があるようで、


「禁制品だと聞いたことはあるが、薬物の類じゃなかったのか」と逢坂氏。

「生成装置だ。バカみたいな量の瀝青を得られる、な」

「だから、学府が禁止しているのか。貴族が都合よく俺たちを押さえつけるために」

「これに限ってはそうじゃない。コアは最終的に使用者を破壊する。禁止は学府が決めたことじゃなく、世界的な約束事なんだ。だが」


 河原寺氏は次第に思案顔になり、言葉は独り言のようになっていった。彼の発言を引き継ぐ格好で大家氏が、


「学府にコアがあるのなら、ワァルドステイトに通報するでしょう。彼らが破壊なり回収なりして、誰かが使っているような状態にはならないはずです」

「そういう取り決めになってるんだよ、逢坂サン」


 会話からやや蚊帳の外になっている逢坂氏に河原寺氏が補足する。


「どうして先生がそんなことを知ってるんだ」

「按察官の頃からの縁で、今もW.S.とやり取りがあるものですから」

「学府はコアがどこで何をしてるか把握してないのか」


 逢坂氏が当然の疑問を口にする。対して河原寺氏が、


「嘘を吐いているだけかもしれん。自分たちなら使いこなせると思いあがっているくらいが連中だ、貴族どもは」

「そんなものは無いと回答しているようです。本当に把握していないのか、嘘を吐いているのかは分かりませんが」

「そもそもの話で恐縮ですが、コアが使われているというのは確かなんですか」

「ほぼ間違いありません。昨晩の瀝青の規模は覚醒者では不可能なものでした。もちろん、コアに手を出した覚醒者の可能性はあります」

「犯人が本当にコアを使っているなら、アンタだってどうにもできないだろう」

「実はW.S.が斡旋してコアの追跡を専門にする私設探偵が来る手筈になっているんです」

「私設探偵。そんなものがあるのか」


 河原寺氏は困惑した様子で呟くが、そんなものは無い。フーマニットの副代表が潜入する計画があるとはさすがに言えない。


「私は現地の案内人と助手を頼まれたんです」

「先生、アンタはこのことを言わなくても良かったはずだ。でも、言った。俺たちはアンタを信じる」

「ありがとうございます」


 なんだかんだで団長の決定には忠実な副団長はため息をついて、


「仕方ないな」

「俺たちは俺たちのできることをしよう」


 逢坂氏が言うと、河原寺氏はすっと精悍な顔つきに戻って、


「団員殺しの方だな」

「そちらは今回の事件とは関係がないと考えているのですか」


 私が尋ねると河原寺氏は、


「もし、同じ犯人だったら、近づくのにアンタを呼んでただろう。まあ、冗談はさておき、射殺されてたからな、アイツは」

「こっちは俺たちがやる。アンタに大物を任せられる分、集中できるわけだからな」

「それにしても、犯人の意図はなんでしょうか。何のためにコアまで使って」


 大家氏が首を傾げる。私も疑問に思う点だった。当惑を振り払うように逢坂氏が声を張り、


「この事件は試練だ。先生、情報共有は頼む。栄さんで終わるはずがない。犯人の追跡とは別に、次の殺しを防ぐことも重要だ。何かあったら俺たちもすぐにアンタに知らせる」

「分かりました」

「コアの話は他言無用だな」


 河原寺氏が言う。逢坂氏が首肯して、


「俺たちは誰にも言わない。知っているのは俺と我聞と大家さんだけだ」

「助かります」


 話が一段落ついたことで思い出されたのか逢坂氏が額に掌を当てて、


「あとは押さえられた栄さんの屋敷だな」

「ああ。バカ息子の連れてきた大女、只者じゃなかった」

「それならなんとかできるかもしれません。あの按察官と面識があるので」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る