第15話 世界

「生贄の身代わり?なんか怖くない?」

「でも大したことじゃないなら、人が死ぬよりいいかも」

「そもそもただの噂でしょ。そんな真剣に考えることないじゃん」

「でもさ。このウワサ、実は政府が隠してる事実だって話だよ」


裏で様々な仕掛けもあったが、噂は恐ろしい早さで人々の間を伝わっていった。




「人ってうわさ好きだよね〜。さっきもお店で地上の話題になったよ」


クキが買い物から帰るなり噂が広まっていることを報告してきた。


「クキ、おかえり。荷物片付けるの手伝うよ」

「ヒスイくんはまだ絶対安静。やっと顔色戻ってきたんだから、今無理しちゃダメ」

「じゃあ、僕が手伝う」

「レインくんは連日の勉強で疲れてるでしょ。少し休みなさい。今お茶淹れるから」


子供達2人はクキに「はいはい大人しく座ってる〜」とソファに追いやられてしまう。


「このままじゃ体が鈍る……」

「でもヒスイは本当に顔色悪かったから休まなきゃダメ」

「………レインは勉強大変じゃないか。無理してないか?」

「大丈夫。色々学ぶのは楽しいよ」


地下での作戦が成功したら、次は地上でヤドのことを公表する予定だ。レインは公表する一団と一緒に地上に上がるために猛勉強している。


「楽しんで勉強できるのはいいことだけど、休憩もちゃんと取らないとね。はい。お菓子買ってきたよ」


クキがお茶とお菓子を持ってきた。

3人でのんびりお茶タイムをしていると、玄関が開く。トーカが帰ってきたようだ。


「トーカ。おかえり〜」


みんなでおかえりと出迎えると、緊張した様子でトーカが口を開いた。


「政府がヤドのことを公表する日が決まった。1週間後だ」




「報道機関には全て告知は済んでます」

「市民も詰めかけるかもしれないな。警備をどうするか」

「議事堂周辺だけじゃないだろう。市民街や貧民街も警戒をしないと」


ヤドの公表が決まってから、ルリは寝る間も無いほどの忙しさだった。

この公表が失敗すれば地下は混沌に陥るだろう。その責任の重さがルリを休む間もなく突き動かす。


「少しは休め。公表する本人が倒れたら元も子もないだろう」


シルビアがルリを気づかって休むように言ってきた。


「姉上。しかし休んでる暇など…」


なおも働こうとするルリの前に、ヌッと何かが差し出された。小さな青い鳥だ。


「これは……」

「バカルリ!どうせ自分がやらなきゃとか言って全部自分でやってるんだろ!」


いきなり鳥が喋り出した。ソラの声で罵声を浴びせてられてルリが驚く。


「ソラ、バカは言い過ぎだよ。ルリは真面目過ぎるだけなんだから。でも真面目が過ぎて本番で倒れたら、ロボくんの仕掛け全部の実験台になってもらうからね」


今度はアサギの声だ。罵声ではないが、静かな怒りが込められていて怖い。


「俺達もそれぞれの場所で頑張ってる。みんな自分達の役割を果たすために全力で動いてるんだ。お前の役割はなんなのか、それを忘れるなよ」

「みんなルリだから任せるんだ。期待に応えるにはどうすればいいか、ルリなら簡単にわかるだろ」


言いたい放題言って鳥は沈黙してしまった。

呆気に取られていたルリは、我に帰り大笑いする。


「ははははは!姉上、私はどうやら素晴らしい友人に恵まれたようです!」

「そうだな。私も嬉しいよ」


は〜っと笑いがおさまると、ルリはシルビアに笑顔を向けた。


「姉上。今日は家に帰って休みます。あとをお願いしてもよろしいですか?」

「もちろんだ。そうだ。それならこれを持っていけ」


シルビアがどこからともなく枕を出してきた。


「ヒスイ君からの贈り物だ。どうやら安眠できる枕らしい。効果抜群だったからお前用も作ってもらったそうだ」


枕を押し付けられ、ルリはもうひと笑いする。


「私の周りはお節介な人ばかりですね」




いよいよ。ヤドと地上について政府が公開する日まで、あと1日となった。

貴族達は最後の確認をしながら緊張して翌日を待つ。

軍では警戒を徹底し、ソラやミリッサ達も各地で警備にあたっている。

教会のラボ、組織のラボでは公開後の速やかなヤド救出にむけて準備を進めていた。

教会は相変わらず沈黙している。よからぬ動きのないようロウが目を光らせているが、静かなものだった。

組織も悲願にむけて全力で動いている。誰もが明日世界が変わるのを待ち侘びていた。

そして夜になり………


「トーカ。起きてたんだ」


ヒスイはなかなか眠れなくて水でも飲もうとリビングに行くと、ソファにトーカの姿を見つけた。


「ヒスイ。眠れないか?」

「うん。やっぱりね」


おいでおいでと手招きするトーカに従って、ソファに座る。

ただ隣に並んで座って、2人はぼんやりと明日に想いを馳せた。


「信じられないな。ヤドが解放されるかもしれないなんて」


トーカがポツリと呟く。


「そうだね。8年前は、そんなこと考えもしなかった」


ヒスイも独り言のように呟き、少し言いにくそうにトーカの様子を伺った。


「ねえ。トーカ。………これがナノカさんの時に起きれば良かったって思う?」


ヒスイの質問にトーカは驚いたが、すぐに微笑んでヒスイの頭を撫でた。


「考えないわけではないけど、後悔や悔しさはないよ。ヤドとして亡くなる人がこれ以上でないなら、純粋に良かったと思える」


穏やかな姿に、ヒスイはトーカの想いの強さを知る。自分より遥かに昔からヤドと向き合い続けてきたのだ。彼をそこから解放できると思うと嬉しかった。


「そろそろ寝ようかな。明日寝坊して、起きたら全てが終わってたなんてなったら嫌だし」

「ははは。そうだね。俺ももう少ししたら寝るよ」

「おやすみ」

「おやすみ」


そうして夜は更けていく。




次の日。

議事堂の前にはたくさんの人が詰めかけていた。警備の人間もそこかしこにいて目を光らせている。

議事堂の入り口の前には演説用の台がおかれており、人々はルリの登場をまだかまだかと待っている。


「来た!」


議事堂からルリが出てきた。緊張は全く見せず、堂々と台に上がる。だがその手は震えていた。


『大丈夫。みんなが全てをかけて用意をしてくれたんだ。必ず成功する』


ルリの登場に騒がしかった民衆が静かになる。みんな、ルリが話しだすのを今か今かと待っている。

すると、ルリが懐から青い鳥を出して飛ばした。空に溶けるように飛んでいく姿に人々の目が奪われる。


「皆さん」


キリッとしたよく通る声に、人々の視線が再びルリに集まる。


「私は、この世界が大好きです。愛しています。この世界にいる、大切な仲間達のことも。だから皆さんに聞いてもらいたい。全てを」


その日。世界が変わった。

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