第14話 噂
目が覚めるとヒスイはどこか知らない部屋にいた。寝かされていたソファから起きあがろうとすると、誰かの手で制止される。
「まだ起きない方がいい」
ロウがすぐそばにいた。そのまま手を添えられて、再びソファに寝かされる。
「………シムトは?……俺はいったい?」
「シムトと話している時に、再びヤドと繋がってしまったようだね。それで倒れてしまったのでシムトがここまで君を運んだんだ」
お前達のことなど恨んでいない。
頭の中に声が響いたのを覚えている。
あれはずっとヤドに囚われていたシムトを解放するための言葉だったんだろうか。
ヒスイは額に手の甲を当てる。まだ少し頭がクラクラしていた。
「シムトから伝言だ」
『教会は君達の動きに関与しません。妨害もさせない。ヤドの資料は全て閲覧可能にするから、ヤドを解放するならすればいい。ただ、それまではヤドの機械のことは私が全て管理します』
「だそうだよ。あのシムトにそこまでさせるなんて、やるじゃないか」
ロウは話し合いの成功を喜んでくれる。
「俺じゃない。ナズのおかげだ」
自分達ヤドを生み出し続けた相手に、どんな気持ちだったのか。ヒスイの顔は晴れない。
「……シムトからの伝言はまだあるんだ。これ以上ヤドと繋がるのはやめた方がいい。戻れなくなるぞと」
「………」
「……そして、ありがとうと」
ヒスイが目を見張る。
ロウは穏やかに笑っていた。
「あのシムトにそこまで言わせるなんて、やるじゃないか」
最近、巷ではある噂が広まっている。
「空の上に世界があるんだって。どんなところなんだろ」
「吹き飛ばされるような風が吹いたり、押しつぶされるよな水が落ちてきたりするんでしょ。怖いよ」
「高級な果物や野菜がそこかしこになってるんでしょ。楽園みたい」
「それを守るために生贄が捧げられるらしいよ。信じられないよね」
これはルリやソラ達がしかけたことだ。
突然全てを知らせるより、噂として広めていく。そうやって人の心の動きをみるのだ。
「最近やたらウワサになってる地上ってなんなんすかね」
「ん〜。なんなのかなぁ。俺は子供が生贄になるって噂の方が心が痛むなぁ」
「本当にね。どちらかというと、楽園のようなところがあるなら子供達をそこに連れて行けるって話の方が嬉しいのにね〜」
「まあ、このアヤ以上に良い町なんてないですよ」
「リンド君の言う通り。さあ、みなさん。今日もお仕事頑張りましょう」
隊員達の「はい!」という元気な返事に、トキは満足そうな顔をする。
『まさか自分の生きてるうちにヤドに動きがあるなんて思わなかった。トーカ。君は諦めなかったんだね』
「隊長〜。今日のパトロールは俺と隊長っすよ。早くいきましょ〜」
「はいはい。すぐ行くよ」
事務所を出るトキの足取りはとても軽やかだった。
「じゃあ、今日はこの空の上にある世界のお話をしようか」
ソアラの周りに子供達が集まっている。
地上のこと、ヤドのこと。歴史も交えて子供達にわかりやすいようにソアラは話をしていく。あくまで昔話として。
「そんな所があるなら行ってみたいね〜」
「でも怖いことがいっぱいあるんでしょ」
「イケニエって、死んじゃうの?」
「私達で助けられないのかな?」
子供達がそれぞれに意見を言い合う。それを一つ一つ拾い上げてソアラが話をしていく。
少し離れた所ではコトラがその様子を見守っていた。
「やっぱりヤドのことを知ってるヤツらが動き出したね。うちの近所でも悪巧みしてるヤツがいたから、捕まえて軍に引き渡しといたよ」
ジンが隠れ家に来て貧民街の様子を報告している。
「ありがとう。助かるよ。組織や軍も少しでも動きがあれば対応できるようにしてる。今のところ大きな事件は聞いてないけど、油断はできないな」
ジンの報告にもトーカは気が抜けない様子だ。
「まあ、うちもできる限りは警戒しておくよ。………ところで、あの本に囲まれてる子はどうしたの?」
ジンの指差す先では、レインが本を山積みにして勉強していた。
「ああ。あの子はうちの新しい家族でね。まあ、今後のために色々勉強中なのさ」
「ふ〜ん。おたくも色々あるね。まあ、何かあればまた報告にくるよ」
「よろしく頼むよ」
ジンは用が済んだのでさっさと帰り支度を始める。
「ねえ。ヒスイの顔色が悪かったけど無理させてないよね。彼はほっといたら無茶するんだから、ちゃんと監視しといてよ」
ジンが来た時に入れ替わりでヒスイが出て行ったのだが、ジンはヒスイの顔色が悪いのにしっかり気づいていた。
「うちの子は相変わらず周りに愛されてるねぇ。大丈夫。ちょっと風邪をひいただけだから」
ジンの鋭い指摘をトーカはさらっとかわす。
これ以上は言っても無駄だなと、ジンは大人しく帰って行った。
その頃、ヒスイは教会のラボにいた。
出張してきているサリに体調を診てもらうためだ。
「2度目のヤドとの繋がりの影響がまだ抜けてないようですね。心配しなくても、もう半月もすれば元に戻ると思います。それまでは安静にしててくださいね」
「でも、みんな頑張ってるのに……」
ヒスイが悔しそうにする。その頭にポンッと何かが当たった。
「馬鹿か。そんなフラフラのヤツに動き回られるほうが迷惑だ」
ノーマがヒスイの頭めがけて、柔らかいクッションのような物を投げてきた。
ヒスイは落ちそうになるそれを慌ててキャッチする。
「安眠できる仕掛けのしてある枕だ。それを持ってとっとと帰れ。そして寝ろ」
ノーマはぶっきらぼうに言うが、サリが「ヒスイ君を心配してノーマが慌てて作ったんですよ」とバラしてしまう。
「……ありがとう」
驚きながら礼を言うヒスイに恥ずかしくなったのか、「さっさと帰れ!」とノーマは出て行ってしまう。
呆気に取られるヒスイの横では、サリが微笑んでいた。
「ヤドの代わりに数人で機械を制御する方法は、確実に稼働できるレベルまで研究は進みました」
「あとは噂のコントロールを進めて、真実を公表するだけか」
アサギ、プティ、ルリ、ベリア、ロウ、グライが集まって計画の進捗について話し合っている。
「軍も警戒を強めているが、今の所大きな問題は起きていない」
「教会は噂が出ていることに対して何も動くつもりは無さそうだ。シムトの影響が強いようだね」
ベリアとロウがそれぞれの組織の近況を報告する。グライも問題ないという認識だった。
「………予定よりも早いですが、噂を一段階前へ進めましょうか。それ次第で、貴族達から正式に地上とヤドについて公表します」
ルリのまっすぐな瞳が同意を求める。その場にいた全員が強く頷いた。
その数日後。
世界の全員が少しずつ身代わりを務めれば、生贄を救うことができる。そんな噂が人々の間で広がりはじめた。
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