第34話 戦いの後始末。戻ってきた日常。そして?

 フェンリル村の側で、火葬がおこなわれている。ダークや、彼の仲間たちが炎によって焼かれていく。人が焼ける匂いは、なんだか嫌な気持ちになるよ。そう感じるのは僕だけじゃあ、ないと思うんだ。


 火葬のためにウィードの町から葬儀屋と教会の司祭を呼んでいる。あの世なんてものがあるのかは知らない。僕は転生者だし、天国や地獄なんてものはないのかもしれない。そうだとしても、彼らが敵だったとしても、弔いは必要なものだと思う。まあ、僕だっていつ死ぬかは分からない。死んだ時は僕も誰かに弔ってもらいたい……かな。そうしてもらえると嬉しいよ。


 僕は黙って、炎を眺める。司祭の祈りの言葉も終わり、炎がパチパチと音を出す他は、たまに誰かが話をしているくらいのもの。静かなものだね。厳かというべきか。寂しいもんだ。


 ダークたちの葬儀を見届ける者は少ない。僕の他はジンとナー、あとは商人のマルコフさんと葬儀屋、司祭くらいだね。コボルトたちは敵の葬儀には興味がないみたいだし、ミーミーやジャムはお昼寝中。ケーモさんは宿の方で仕事している。それでも、誰にも見届けられないよりはましさ。そうだろ? ダーク。感謝してもらいたいくらいだよ。


 僕の元にジンが寄って来る。真面目な顔しちゃって、まあ今がシリアスな場面なのは分かるけどね。僕もちょっと、感傷的になっちゃってたし。でも憎い相手が居なくなったんだ。もう少し、楽な感じでも良いと思いますぜ?


「ジョー、今は話をしても良いか?」

「構いませんよ。兄さん」

「そうか、ひとつ言っておきたいことがあってな」


 言っておきたいこと。なんだろうね。気になるなあ。たぶん、怒られるわけじゃないんだろうね。彼は真面目な顔をしてるけど、その表情から怒りは感じないもの。


「なんでも言ってください」

「ああ、言わせてもらう。その、な……ありがとう」


 ジンから急にありがとう、なんて言われると、こそばゆいね。どしたの、どしたの。どういう風邪の吹きまわしなの? 嬉しいけど、気になるよ?


「……こちらこそ、ありがとうございます? 理由を聞いても良いですか?」

「理由、ああ……理由ね」


 ジンは炎の方を見て、少しの間黙っていた。再びこちらを向いた彼の顔は、さっきまでより柔らかいものになっている。ジン、良い顔をするね。写真があるなら撮ってやりたいくらいだよ。そうできないのが残念。


「こうして兄上を弔ってもらえて良かった。あんなでも、俺にとっては兄上だから」

「なるほど」

「……お前はとくに、兄上からは苛められていたから、こういうことは、やりたがらないんじゃないかと……お前が火葬の話をしてくれるまでは不安だった」

「僕だって悪魔じゃありませんよ。家族の葬儀くらいは、しますとも」


 もしかしたら、転生者でないジョー・ブラッドなら、ダークの死体に唾を吐きつけるくらいのことはしたかもしれない。ジンの言葉やエルダーファンタジーの設定集から察することしかできないけれど、ジョーは辛い日々を送っていたんだろう。僕たちがダークを殺したことで、あの男の子も救われたのかな?


「……お前には、俺も厳しく接していたから、もし俺が死んだ時、弔ってもらえないんじゃないかと考えると怖かった」

「ダークはともかく、ジン兄さんは僕を鍛えようと思ってくれていたのでしょう? 悪くは思いませんよ。それに、ダークだって人として、この世から見送られる権利はあります。まあ、最低限の義理ってやつですよ。死体を放置してると衛生的に問題あるからって事情もありますしね」

「……そうか」

「ジン兄さんは長生きしてくださいね。長生きして、死ぬ時は僕や、今まで付き合ってきた皆や、これから付き合う皆に、多くの人に看取られながら死んでください。葬儀は僕が考えられる限り最も素敵なものを用意しますよ」

「そうか……楽しみにしてるぞ。その様子を俺はあの世から見せてもらおう」

「ええ、楽しみにしててください」


 僕とジンは静かに炎を眺めていた。人が燃える匂いは、なんだか嫌な気持ちになるけど、ジンは今、悪い気持ちではないんだろうなって、そう思えた。


 葬儀は一日かけて終わり、敵の騎士や傭兵たちの骨はウィードの町にある墓地へ埋葬されることになった。ただ、ダークの骨だけはブラッド家へと送ることに決まった。骨を送ることが父や母への最低限の義理であり、僕たちの場所に手を出すなという脅しになる。これで、父が僕たちを恐れてくれると良いのだけど、父や母が僕たちに復習しようとするなら、その時は容赦しない。


 ダークの骨をブラッド家に送るのには商人ギルドの力を借りた。ついでに、村の回りに掘った落とし穴を埋める手伝いをしてもらったり、今回の戦利品を買い取ってもらったり、武器や鎧はなかなか良い値段で売れる。お金なんていくらあっても良いからね。売れるものは売っちゃうよ。懐ほくほく嬉しいな。


 戦いの後始末が終わり、フェンリル村は日常を取り戻していく。暑い季節になり、夏の草原にはポツポツとテントが増えていく。宿やマルコフさんの露店を訪れる人が増えていき、なんだか村が活気づいていくのを感じる。楽しいね。


 僕はしばらく、のんびり過ごすことにした。なんというか、ダークとの戦いにだいぶエネルギーを使ってしまったから、疲れたのだ。だから、しばらくはフェンリル村の宿や畑、アトリエなんかの手伝いをして、新しいことをするのは控える。今は心身を癒す時だ。そうと決まれば、のんびりスローライフモードだぞー。


 そうして、ゆっくりと時は過ぎていく。のんびりと一月ほどの時が経ち、僕はその日も村の皆を手伝ったりしながら過ごしていた。ケーモさんが部屋の清掃をしている間、宿のカウンターで番をしていると、ある冒険者が訪ねてきた。冒険者という割には人畜無害そうな顔をした少女。始め、僕はその子に大した興味を示さなかったんだけど、話をしていると妙な違和感があった。なんだろう。僕はどうして違和感を感じているんだろう。不思議だ。


 彼女は国の南方からやってきたと語り、奴隷狩りとの戦いに巻き込まれたのだと語っていた。その後、国を北方へ旅する彼女は毎日新鮮な体験ができて楽しいのだと言う。彼女は、この国の人間ならば知っているはずの常識を知らなかったり、逆に変な知識があったりした。旅人だから、そんなものなのかもしれない。と、思いつつ、何か納得しきれない。


 彼女と会話をしているうちにケーモさんが清掃を終わらせて、宿にチェックインができるようになった。彼女がチェックインするというので、名簿に名前を書いてもらう。その時に、ようやく僕は気づいた。


 サクラノ・アヤカ


 名簿にはそう書かれていた。少なくとも、この世界の住人はそんな名前のつけ方はしない。僕は名簿と彼女の名前を見比べる。銀髪の彼女は不思議そうに僕を見返していた。転生者、それもおそらく主人公ポジションの人間。まさか、ここで出会うとは驚いたね。へえー、ほーん、ふーん。


 へえー、主人公……そう、主人公ね……主人公!? あばー!? あばばばばばばばばばばばばば!?


「あばっば!? ばばば!?」

「ど!? どどど、どうしました!?」

「ジョ、ジョーさん!?」


 ばばばば!? ば……い、いかん。あまりに驚いて狼狽えてしまった。サクラノさんは戸惑っているし、やって来たケーモさんも困惑している。で、でも、しょうがないじゃないか。ゲーム本編だと僕を殺す立場の人が目の前にいるんだぞ! 狼狽えるって!


「す、すいません。発作……そう、発作です!」

「そ、そうですか」

「ジョーさん……ウィードからお医者様を呼びますか?」


 やめてー! こいつ大丈夫か? みたいな目でみないでー。ちょっと取り乱しちゃっただけなのー!


 うう、とんでもない奴が村にやって来たぞ。

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