第31話 僕がやらなきゃいけないんだ

 ジンたちと合流し、防御を固める。ダークを迎え撃つ準備は万全ってわけだ。どこからでも、かかってこい! こっちは、お前を殺す覚悟はできているぞ。


「ジン兄さん、向こうの戦力は、あの大鷹に乗っていた奴らだけでしょうか?」

「俺たちから、見えている戦力はあれだけだ。が、兄上のことだ。あれしか、戦力を用意してない。だなんてことは、あるまい」

「でしょうねえ」


 きっとダークは伏兵を隠している。おそらくは、この土地の近辺で集めた傭兵ではないだろうか。であれば移動にもそれほど時間はかからないからね。数日でここを攻める準備は整うだろうさ。


「草原のどこかに隠れている。と考えるべきでしょうか?」

「いや、数人ならともかく、十分な戦力を隠すのに草原って環境は向いてないだろう。だから、おそらくは……」


 その時、僕たちから離れた場所でのろしが上がった。なるほどね、のろしか。風が強いっていうのに、よくやる。面倒なことになりそうだなあ。


「……ああやって、離れた場所に待機した仲間に合図を送っているんだろう。おそらくは騎兵部隊。すぐにやってくるぞ」

「なるほど」

「だから……同じ手を使う。敵の増援には、こちらの増援をぶつける。傭兵団の出番だ」


 こんなこともあろうかと商人ギルドのエレナさんを介して傭兵団を紹介してもらっている。そろそろダークが攻めてくるのは予想できていたからね。村から少し離れたところで待機してもらっていたのさ。この間ベヒモスを討伐したばかりだから、交渉材料には困らなかったよ。ふふん、読みが当たるってのは気分が良いねえ。


 ジンが悪戯っぽく笑った。悪いことを考えているような顔だ。良いね。そういう強気な表情、凄く良いよ!


「さ、始めるぞ」


 ジンが身振り手振りでコボルトたちに指示を出す。あれは、のろしを上げろ、の合図だ。風は強いがなんとか、のろしは上がってくれた。味方の傭兵団が念話水晶を持ってれば、のろしなんていらないんだけど、無いものはしょうがない。高級品だからね。さあ、味方が到着するのを待とう。ここからが正念場だ。怖いけど興奮する。


 それからほどなくして、物見やぐらの方から金属を叩くけたたましい音がする。やぐらのコボルトが敵の増援を発見したんだろう。流石の目だ。来るぞ来るぞ、敵が来るぞ! 怖いなあ怖いなあ! やるっきゃないぞ!


 僕の耳にも音が届く。馬の足が地面を叩く音だ。多くの馬が走る音が聞こえる。恐ろしくもあり、圧を感じるね。音は、守りを固める僕たちの側面へ迫ってくる。そして、僕の目にも、遠くから向かってくる騎兵たちの姿が見えた。


「騎兵、こっちに来てます! ジン兄さん!」

「ああ、見ろ。あっちからも敵が向かってきているぞ!」

「え!?」


 ジンが指差す方向を見た。そちらにも敵の姿がある。数は二十にも満たないくらいの集まり。先ほど僕が撃ち落とした奴らが集まったのだろう。正面から来る敵と、側面から来る騎兵たち。二方向から攻めてくるとは厄介だね。けれど!


「安心しろジョー。奴らの進行ルートは予想通りだ。地上から攻めてくるなら、あのルートで来るだろうさ。そう来なくてはな!」

「ええ! そう来なくては、ですね!」


 僕とジンとで、ダークが村を攻めるなら、どう動くかは話し合って予想している。その予想はドンピシャだ! つまり、準備ができているということ!


 二方向から、敵が近づく。そして、正面と側面から来る敵がほぼ同時に落ちる! がくんっと集団が地面に飲み込まれる。


「初歩的な罠だがな。突進してくる敵には効果的ってわけだ!」

「はい! 綺麗にはまってくれるものですねー!」


 僕とジンはハイタッチ! 何が起きたかというと、前もって準備しておいた落とし穴に敵がはまったのだ。普段、あんなところを通る奴は居ないが、村を攻撃しようとする敵の集団は見事にはまってくれた! はははっ! ざまあみろってもんだ!


 ダークは大分驚いているんじゃないかな。いやあ、愉快だねえ!


「……貴様らあ! ふざけるな! ふざけるなよお!」


 ダークが叫んでいるね。おーおー効いてる効いてる。でも、そろそろ煩いな。黙らせに行くとしよう。


「兄さん、攻勢に移るべきかと思います」

「ああ、俺もそう思う。側面で罠にはまってる騎兵たちは味方の増援に任せる。俺たちは正面の敵を叩くぞ。敵が罠にはまってる今がチャンスだ!」

「ええ、やりましょう!」

「前進だ!」


 僕たちは防御陣形を解いて前進する。村の近くの落とし穴まで、距離はさほどない。移動しながら、攻撃の準備。コボルトたちは槍を構える。ベヒモスの骨で作った強力な槍だ。その鋭い穂先を見ると頼もしく感じるよ。


 攻撃地点に着くまで、さほど時間はかからなかった。落とし穴にはまった敵が、這い上がれずにもがいている。少し可愛そうな気は……いや、しないな。この場所を守るために、情けは無用だ。敵も騎士や傭兵なら、やられる覚悟はできているだろう。


「投げ槍、構え!」


 ジンが手を振ってコボルトたちに指示を出す。彼の指示に従って、コボルトたちが槍を投げた!落とし穴の中へ次々に槍が投げ込まれる。穴の中から敵の悲鳴が上がり、血飛沫が飛ぶ。うっひゃあグロい! 見ていて、あまり爽快なものではないね!


「皆、用意した槍を全て投げ込んでください。それくらいやってちょうど良いくらいです!」

『『『おう!』』』


 コボルトたちは僕の言葉に力強く応えてくれる。頼もしい限りだね。やってくれ! 敵をやっちゃってくれ!


 やがて、用意した全ての槍が穴の中へ投げ込まれた。遠くから、悲鳴が聞こえてくる。どうやら向こうの落とし穴でも、敵への攻撃が始まったらしい。いやー、自分たちでやってて思うけども、落し穴にはまった敵を一方的に攻撃するって、かなりえぐいな!


 僕たちの前方の落し穴は、静かなものだ。悲鳴も、痛みにうめく声も聞こえてこない。もっと苦戦するものかと予想していたけど……やったか? 終わってみれば呆気ないものだな。


「ジン兄さん、やりましたかね?」

「……だろうかな? 意外なほど、あっさりと」

「やりましたかね!?」

「だろうかな!?」


 やった? やった! やったー! ダークを倒したぞ! ジンと二人でハイタッチ! コボルトたちも勝鬨を上げる! そんな時。


「……貴様ら。随分と、随分と、こけにしてくれたな?」


 前方、穴の底から声が届いた。全身におぞけが走る。そんな恐ろしい声だ。直後、何かが穴から飛び出した。そいつは着地を決め、僕たちを睨みつける。


 手にはフレイルを持ち、黒い鎧を身に付けた黒髪の騎士。エルダーファンタジーの中でもかなりの強キャラ。ダーク・ブラッド。奴には、僕たちの攻撃によるダメージが、ほとんど見られない。


「……少々生意気な弟たちを痛めつけて、身の程を分からせて、他の奴らは皆殺し……優しい俺はその程度で済ませてやろうと考えていたんだがな」


 ダークの深い闇のような視線を向けられると、胸が締めつけられるようで、怖い。体が、震える。体に影響が出ているのは僕だけじゃない。ジンやコボルトたちもだ。これは、ダークのスキルによるもの。ゲームの中でダーク・ブラッドというキャラクターは敵を威圧して能力値を落とすスキルを持っていた。これは、それだ。どうやら、この世界では、相手を威圧する効果もあるらしいな。


「……貴様ら全員、俺に楯突いたことを後悔させてやる」


 ジャムの変身は解けてはいない。ミーミーも動けそう。あと動けそうなのは僕くらいか? 他は、皆ダークのスキルで心を折られている。困っちゃうね。ほんと……状況が、一変した。


「はひははっ! 怯えているな? そうだよ。お前たちは俺に怯えて痛めつけられる。それだけの存在であれば良いんだ。だがな、お前たちはやりすぎた。ジン、ジョー、お前たちの仲間は全員殺す。そのうえで、お前たち二人は腕を切り、脚を落とし、舌を抜く。身ぐるみをはいで、人としての尊厳をも全て奪ってやる」


 まずいな。味方は皆、ダークのペースに飲まれ始めている。圧倒的に有利だったというのに、このままではまずい。ジンは……特にだめっぽい。彼は今にも泣きそうになってるじゃないか。なら……仕方ない。


「……僕。危険な戦いはあんまりしたくないんですけどね」


 言いながら前に出る。僕だって怖い。だけどここは勇気を振り絞らなくちゃ行けないところだ。そう思いながら、前へ進む。僕は味方の集団から一歩前へ出た。ダークが不快そうに眉を動かす。


「意外だな……ジョー。お前が向かってくるなんて」

「ええ、意外でしょうよ。僕が前に出てくるなんて。でも、ここは僕がやらなきゃいけないんだ」


 ミーミーが、僕の側に来てくれる。彼が一緒なら、心強い。やれるって気分になる。僕は銃を構え、ダークに向けた。


「だから、ダーク兄さん。あんたは僕が殺します。最弱のジョー・ブラッドがね!」

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