第22話 明確な敵

 ウィードの町でエレナさんにリバーシを売り込んだ翌日。ジンの元へブラッド家から返事の手紙が届いた。ワンチャン相手が交易路のことを諦めてくれれば良かったのだが、そう上手くいかないだろう。直接対決も覚悟しておく必要がある。面倒だが。


 今、僕とジンは小屋の一室で二人きりだ。内々の話があるということ。ジンからの信頼が伝わって嬉しくはある。

 

 ジンは椅子に座り、手紙に目を通している。彼の表情から、良くない内容だとは分かった。少しして彼は手紙を読み終わり、ため息を着いた。分かるよ、その気持ち。話が通じない相手って面倒だもんね。そういう内容だったんでしょ?


「手紙にはなんと書かれていましたか?」


 手紙の内容は予想できるが、一応聞いてみる。僕は良い気がしないし、ジンも良い気がしないだろう。だけど、彼の口から、はっきりと現状を確認したい。


「……俺たちがブラッド家の屋敷へ戻らないなら資金の提供を止めるつもりのようだ」

「それは困りましたね」

「……あまり困っているような顔には見えないが」

「あ、分かります?」

「何か良い考えがあるのか?」


 ジンから期待のこもった視線を向けられる。が、良い考えがあるわけではないんだよね。それでも、僕は今の状況を楽観視している。


「ダーク兄さんが実家のお金の大部分を管理している以上、彼からの話に応じなければこうなることは予想できました」

「……そうだな」

「とはいえ、です。僕は、そういう状況になっても大丈夫なように準備をしてきたつもりですよ。ですから、現在はそれほど悲観する状況でもないかと」

「とはいえだ。宿も、お前が商人ギルドに売り込んでいるゲームも、まだ収入を生み出しているわけではない」


 それはその通り。もっと早く収入になってくれたら嬉しかったが、順序というものが大切だ。そこで、ジンの力を借りたい。


「宿やゲームから収入を手に入れるためには、もう少し時間が、かかります。なのでジン兄さんは時間稼ぎをお願いします」

「時間稼ぎ、ね」

「どうしても草原を離れるのに時間が必要で、その間だけでも資金提供を止めるのは待ってほしい……とか理由はお任せしますよ」

「……気軽に言ってくれる」


 ジンは腕を組んで考えている。何をどうするべきか迷っている感じだ。不安なのだろうか。大丈夫、僕もついてるし、皆もついてる。そのことをストレートに伝えるべきかもしれない。なんて考えているとジンは「聞いてほしい」と口にした。うん、聞くよ。なんでも話してみてくれ。最近の僕はお前に対して好意を抱いてるよ。


「俺は、家族に俺の実力を認めさせたい。俺だって、やればできるんだ。凄いんだってところを家族に見せたいと思っている」

「でしょうね」


 それはジンの言動や境遇から察することはできた。エルダーファンタジーでは嫌なやつだった彼も、兄弟として一緒にいるうちに共感できるようになったのだと思う。それは僕にとって、きっと良いことだったのだろう。一人の人間を好きになることができたのだから。


「今でも、俺の思いは変わらないんだ。俺はブラッド家の中で認められたい。だから迷っている。長兄と対立してしまって、良いものかと」

「なるほど、だったら安心してください」

「安心だと?」

「ええ、少なくともブラッド家の末っ子は、ジョー・ブラッドはジン兄さんを凄いと思ってます。嘘じゃありません」

「……ふっ、そうか」


 ジンは少し寂しそうで、同時に嬉しそうな表情になった。僕が彼を認めるだけじゃ、彼には足らないのだろうか。自分で言ってて彼を励ますには色々と不足しているのではないかと思うと不安になってきた。


「そ、そんな訳なので、ジン兄さんにはもっと自信を持ってほしいなあ……なんて……」


 ジンは組んでいた腕を解き、脱力したような姿勢になった。えぇ……脱力するほど僕の評価は頼りないかい? 僕、傷ついてしまうよ?


「……そうか。そうだな。お前は俺を認めてくれるか。今までお前にやったことを思えば恨まれていても、おかしくはないなと思っていたんだが」


 ジンの言う、やったこと、とは剣の稽古とか、剣の稽古のことだろう。死ぬほど稽古してくるからな。こいつ。


「僕に恨まれようと思ってやってたんですか? 剣の稽古とか」

「恨まれようと思ってやっていた訳じゃない。お前は俺に境遇が似ていた。だから強くなってもらいたかったんだ。そうして、俺やお前が家族に認められることを願ってた。それは身勝手なことだったか?」

「身勝手かと言われると、そうかもしれませんね」


 僕の言葉にジンはバツの悪そうな顔をした。少しは悪いことをしているかもとは思っていたのかな。そうであってほしいが。


「とにかく! ジン兄さんには僕がついています。それに、ダーク兄さんに全てを持っていかれるのは嫌でしょう」

「まあ……そうなんだよな」

「ジン兄さん、僕たちはいつかダーク兄さんとは争わなければ、ならなかったんだと思います。そうして勝たなければ! 僕たちを真に認めてくれる人間は、僕ら二人以外には現れないのかもしれない」


 たぶんそんなことはないだろうけど、ブラッド家や、これまで付き合っていた貴族連中以外なら、僕たちを認めてくれる人たちは、たくさん出会えると思うけど、ここはあえて強い言葉を使う。ジンの背を押してやりたいから。彼を勇気づけたいから!


 やがて……ジンは納得したように頷いた。僕の思いが伝わってくれたようで嬉しい。


「いつか兄上とは争わなければならなかった。その時がやってくる。それだけなんだろうな」


 ジンの中で何かがすっきりしたようだ。彼の表情から迷いが消える。そんな彼を支えてやりたいと僕は思う。彼と僕の間には確かな友情があった。


「時間稼ぎは兄に任せろ。お前は、お前がやるべきと思うことをやってくれ」

「任せてください。兄さん」


 この日から、僕たち二人にとって、ダーク・ブラッドは明確な敵になった。

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