第17話 雨の気配

 フェンリル村に宿を開くため、まずは家具が必要だ。家具の無い宿なんて僕なら泊まりたくないからね。せめてベッドくらいは用意したい。


「……というわけで、今度は家具を作ってもらいたいんだ。シロ」

『ふむ……家具……っすか。どんな感じのものを作れば良いのか、説明して欲しいっす……』

「そうだね。例えば……」


 身振り手振りも加えつつ、僕は作ってもらいたい家具について説明する。シロは時々頷きながら話を聞いてくれているけど、ちゃんと僕の意図が伝わっているか、少しだけ不安だ。


「……と、そんな感じの家具を作ってもらいたいんだ。僕は」

『なるほど。りょ、了解したっす』


 たぶん意図は伝わったと思う。伝わってるよね? 頼んだよ。シロ。


 シロへの説明を終え、小屋から外に出た。そこではジャムが立ったまま眠っていた。器用な寝方だと感心するが、この子は出入口の近くが好きなのだろうか。変わった趣味だ。まあ、口出しはしない。


『ジャム、そろそろ……起きないっすか?』

『むにゃむにゃ……もう少し寝かせてほしーし……』

『そ、そうっすか』


 シロはジャムに強く言えないようだ。彼女の、お昼寝に関してだけは僕も強くは言えない。彼女とは、そういう交渉をして仲間になってもらったからだ。下手に睡眠の邪魔をして怒らせるのは怖いしね。


「じゃあ家具のことは任せたよ。シロ。小屋を作る時に残った木材は自由に使って良いから。足りなくなった時はまた話をして」

『じょ、ジョーさんはこれから、どこへ……?』

「ちょっとマルコフさんに相談することがあってね。ほら、最近やってきた商人さん」

『ああ……うっす。いってらっしゃい……っす!』

「うん。行ってくる」


 小屋からマルコフさんのテントまでは近い。彼がこっちにやってきた時から、ご近所さんみたいで親近感がわく。彼の人柄のおかげもあるだろうけどね。そんなことを考えているうちに、彼のテントの前まで到着した。


「マルコフさん。おはようございます」

「どうも、おはようございます。ジョー殿、今日はどのような御用ですかな?」

「実はマルコフさんに相談がありまして。この間、完成した小屋についてです」

「なるほど」

「小屋を宿として利用したいと考えていましてね。ほら、フェンリル草原には冒険者が来ることも多いです。彼らに宿泊できる場所を用意できれば、村を助ける収入になるはずです」

「良い考えだと思います。して、その宿屋についてジョー殿は私に何を求めているのですか?」

「流石、話が早いですね」


 相談がスムーズに進むのは良いことだ。何事も楽に進んでくれると助かる。マルコフさんなら、きっと僕の力になってくれる……気がする!


「相談というのは宿で働く人についてです」

「ほう、人」

「そうです。やはり、宿屋を運営するなら、宿に詳しい者の手が欲しい。そこで、マルコフさんの伝手で草原の宿を任せられそうな人材は紹介していただけないでしょうか?」


 マルコフさんは、おそらく国中を旅して商売をしている。エルダーファンタジーの作中で彼のようなテントの商人は、そのようにして活動していた。というわけで、ここは彼の広い顔を頼りたい。いや、顔が広いというのは予想なんだけど、いきなりで不躾かもしれないけど、頼れそうな相手なら誰にでも頼る。それが僕の生存戦略だ。


「……なるほど、話は分かりました」

「分かってもらえましたか」

「ですが、その相談をするなら私より適任の相手が居ますよ」

「適任の相手ですか?」

「ええ、そうです」


 マルコフさんはにっこりと笑って頷く。その所作は上品にすら感じられる。もしかして、彼は良い所の生まれなのだろうか。そう思えるほど、彼の立ち振舞いは素晴らしい。


「ウィードの町にある商人ギルドを頼ると良いでしょう。場所はご存じですか?」

「はい、以前登録も済ませています」


 そういえば、あれから顔を出していない。また顔を出しても良い頃だろう。しかし、なるほどギルドを頼るという手があったか。商人ギルドなのだから商人を探すならうってつけだろう。エルダーファンタジーではそういう機能は無かったが……どうも僕はゲームの知識で動くことに慣れきっている。良くないな。


「商人ギルドに宿を任せられる者を紹介してもらうと良いでしょう。そしてぜひ、私に紹介状を書かせてください。これでも私は結構名の知れた商人ですから」


 そう言って彼はウインクした。僕が女の子だったら惚れていたかもしれない。それくらい素敵なウインクだった。イケメンはずるい。今の僕もイケメン枠ではあるんだけど……いや、男の娘枠か。


「では、今日は紹介状を書かせてもらいますので、出発は明日が良いでしょう。ウィードの町の方角は雲が怪しい。一雨、降りそうです」


 そう言って彼はある方角に向かって指を指した。指が指す先を見てみるけど、いつもと変わらない雲が漂っているように見える。雨が降りそうには見えないが、マルコフさんの言うことなら信じられる……気がする! 僕は彼を信用するよ!


「たぶん雨はこちらにも来るんじゃないでしょうか。雲はこちらに動いて来ているようですから」

「空を見ただけでそこまで分かるんですか?」

「ちょっとした特技ですよ。凄いでしょう」


 マルコフさんは得意気だ。嫌味な感じはしない。彼の立ち振舞いによる効果だろう。それにしても、雨が来るなら、これからどうしようか。とりあえずジンのところに行ってみるか。


「マルコフさん。ありがとうございました! 僕はこれから兄のところに行ってきます! 紹介状の事、よろしくお願いしますね」

「ええ、任せておいてください」


 お互いに手を振って別れる。ほんとマルコフさんはいつ会っても気持ちの良い人だ。


 ジンを探す途中、背後から僕の体に、もふもふとした毛並みがすり寄ってきた。一瞬驚いたものの、その正体がミーミーだと分かれば怖くない。


「どうしたミーミー。遊んで欲しいのかい?」


 ミーミーは嬉しそうに尻尾を振りながら「うぉん!」と鳴いた。分かりやすいやつめ。少しだけ戯れてやるとしよう。ジンの元へ行くことも忘れていないけど、ミーミーがあんまりにも、もふもふで可愛いから、無下にはできない。


 近くに骨が落ちていたのでそれを拾いミーミーに見せる。たぶんこの骨はコボルトが落としたものだと思う。わりと綺麗で不快感はない。僕がそこらに落ちている者を抵抗なく拾えるというだけかもしれないが。元日本人としていかがなものか。でも拾えるものは拾えるのだ。とくに気持ち悪いとか思わないからね。


「よしミーミー! この骨が見えるな?」


 ミーミーは応えるように「うぉん!」と鳴いた。うん。ういやつ、ういやつ。


「よーし、それじゃあ!」


 僕は遠くの空に漂う雲に向かって骨を振りかぶる。骨は片手で持つのにちょうど良い大きさなので、どこまでも飛んでいくような気がした。遊ぶ時は全力で遊ぶ。それが僕のモットーだ。


「取ってこい!」


 僕は全力で骨を投げた。それはどこまでも飛んでいくように思えた……けど、実際には思ったよりも、ずっと手前に骨が落ちる。ミーミーはあっという間に、骨が落ちるよりも早くそれをキャッチし、戻ってきた。貧弱な僕と比べてミーミーは流石の身体能力だね。


「グッドボーイ! グッドボーイ! ミーミー!」


 それから、僕はミーミーとしばらく遊んでいた。そう、しばらく。楽しくなってきて夢中になってしまったのだ。そんな僕たちを止めてくれたのは郵便の配達人さんだった。


「郵便です! じゃ!」


 配達人さんは僕に手紙を渡してすぐに走っていった。お仕事、お疲れ様です。


 手紙の差出人を確認する。そして、少し嫌な気持ちになった。差出人はダーク・ブラッド。ブラッド家の長男であり、エルダーファンタジーでも屈指の嫌なやつだ。こいつから手紙が来たということは、この手紙に書かれていることは、きっと録でもない内容だろう。


 面倒ごとは嫌なんだけどな。もしかしたら、僕が集めた武力が炸裂する時かもしれない。

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