第15話 発展を始める拠点
フェンリル草原の拠点に戻ると思わぬ客の姿があった。僕たちのものとは別のテントが立っていて、その前で一人の男が露店を開いている。なんだなんだ。気になるじゃないか。
「ナー、馬車の方は任せたよ」
「ジョー様!?」
「僕はちょっとあのお店を見てくるよ!」
「一人で大丈夫ですか!?」
「ま、大丈夫じゃない? 変な商人だったら、ジンが店を出させないだろうし」
そんなわけで露店の様子を見に行くことにした。どんな商品が置いてあるか、とか想像すると、わくわくするね。
「ミーミー、行くよ!」
僕の呼び掛けに答えるようにミーミーが「うぉん!」と鳴いた。一緒に馬車から降り、のんびりとした足取りで露店に向かう。夕方の草原に吹く風が気持ち良い。
露店に近づくと店主の男が愛想よく手を振ってきた。こっちも手を振って応える。彼はしっかりと聞こえる声で「いらっしゃい!」と言う。さっぱりとして気持ちの良い印象の男だ。嫌いじゃない。
「こんにちは。いや、こんばんはかな。僕の兄には会いましたか?」
「こんばんは。兄……ということは、あなたはジン殿の弟さんですね」
「はい、ジンの弟で、ジョーと言います。それと、この子はミーミー」
ミーミーは舌を出して尻尾を振っている。ミーミーが警戒していないし、彼はジンを知っているようで、ある程度の警戒心は解いても良いように思える。彼は短い金髪と透き通るような青い瞳の若い男で、その顔には愛嬌もあった。第一印象はとても良い。
「ジョー殿、自己紹介をさせてください。私はマルコフ。商人をやっています」
「これはどうも。よろしくお願いします。マルコフさん。こちらでは、どのような商品を扱っているのですか?」
僕の質問を聞いて、マルコフさんは待ってました、とでも言いそうな表情で頷く。売り物に自信がありそう。これは期待が出来るな。
「うちでは何かと生活で消費するものを取り扱っています。今あるのは食料品ですとか、ロウソクですとか、そのようなものです」
「なるほど、木材や鉄なんかはありますか?」
「今はありません。しかし、御望みであれば御用意できますよ」
「すぐにとは言いませんが、頼むことがあるかもしれません。それと、この辺りで獲れたものを買い取ってもらうことはできますか?」
「もちろんです。どんなものでも取り扱いますよ」
なるほど、そいつは良い。便利だね。エルダーファンタジーでは商人のテントがフィールドにポップすることがあった。ゲームのそれはランダムなものだったけど、マルコフさんは何らかの考えでここにやってきたはずだ。その理由は何だろう? 気になるなあ。
「マルコフさん、一つ訪ねても良いでしょうか?」
「はい、なんでも聞いてください」
「では、失礼して……なぜ、この場所で商売をしようと思ったのですか?」
「なるほど。それは、やっぱり気になりますよね」
マルコフさんはウンウンと頷きながら言った。彼の声には、なんというか、聞く相手を落ち着かせる効果がある。実際、話をしていて気分が良い。
「私がここに店を出した理由はですね。それはブラッド家がまたこの土地に交易路を作ろうとしているという話を聞きまして、しかも今度は順調に計画が進んでいるそうじゃないですか。これはぜひとも、建設中の交易路に向かい、ブラッド家の方々にお近づきになっておきたいと、そう思ったわけです」
なるほど。そういう理由か。まあ、納得できる。交易路の建設をする邪魔になるであろうワイバーンは討伐され、コボルトたちとも友好関係を気付いている。草原をずっと進むと危険な魔物は存在するのだが、そちらも、なんとかなるだろう。商売の気配はするのかもしれないね。僕にその辺の優れた嗅覚はないけど、それでも唾をつけておくには良い場所に思える。いや、良い場所だよ。
「分かりました。質問に応えてもらい、ありがとうございました」
「いえ、この程度のことであれば、いくらでも答えますよ」
「今後ともよろしくお願いします。マルコフさん」
「私からも、よろしくお願いします。ジョー殿」
話を終え、僕たちは別れる。マルコフさんはこれから、この拠点で店を開いているという。コボルトたちが彼の露店を利用することは無いかもしれないけど、僕やジン、あとナーは彼に色々お世話になりそうだ。商人が来たからか一気に集落らしくなってきたように思える。良いね! 楽しくなってきた!
ジンに会う前にシロたちの様子を覗いてみることにした。小屋作りはどこまで進んでいるかな? 一日じゃ流石にあまり進んでないだろうか。なんて思いつつ、実際の進行状況を見て驚かされた。
小屋の土台が完成している!? 一日でここまで進めるとは、流石だあ。とりあえず、近くで休んでいるシロに声をかける。
「やあ、シロ。一日でここまで進めるなんて、凄いね」
『あ、ジョーさん……ど、どうもっす……凄いのは、あたしじゃなくて、ジャムの方っすよ。彼女が居ないと、ここまで作業は進まないっす……』
「そうなんだ。ところで、ジャムはどこだい?」
『……ジョーさんたちのテントで寝てるんじゃ……ないっすかね? ジャムはあそこが好きみたいっすから……』
「なるほどね。僕はテントに行くよ。一日お疲れ様です。シロ」
『……う、うっす』
シロと別れ、テントへ。入り口の近くでジャムが眠っている。どうもこの場所を気に入っているようだ。その寝顔は穏やかで、こちらも穏やかな気持ちになってくる。彼女が起きたら、感謝の言葉を伝えよう。
とりあえず、ジャムは起こさないようにテントの中へ。ジンとナーが話をしているところだった。
「……なるほど、検討しよう」
「ぜひ! お願いします!」
ナーが熱意に満ちている。いったいどうしたというのか。僕、気になるよ!
「ナー、何かやる気に満ちているね」
「ジョー様、聞いてください!」
「うん、聞こう」
ジンから「おかえり」と言われたので「ただいま」と応える。それから、ナーの話を聞く姿勢をとる。彼女が熱意たっぷりに語っていたこと。ぜひ、聞かせてもらいたい。
「私、前々から考えていたんですけど、畑を作ってみませんか?」
「なるほど」
畑か。異世界スローライフの定番かもしれない。良いね。悪くない考えだと思う。
「それは良い考えだと思う。ただ、畑を作るなら人手が必要になるね」
「そこは、まず家庭菜園くらいのものから始めたいんです。畑の仕事は私に任せてください!」
「僕たちの身の回りの世話をしてくれているだけでも大変じゃない?」
「私、体力には自信があります!」
そこまで言うなら、彼女に任せてみようか。良い考えだと思うしね。ただ、彼女に全て任せるのは、やっぱり大変そうだから。できることなら手伝いたい。彼女にはいつも、お世話になっているからね。
「僕にも、できることがあるら言ってよ。僕も畑の仕事に興味があるからさ」
「ジョー様も畑仕事に興味がありましたか。良いですよ。作物を育てるのは。ぜひ、一緒にやりましょう!」
なんだか盛り上がってきた。拠点に商人が来て、小屋が建ちそうで、畑も出来そう。ちょっとした村みたいに、なり始めている。そんなの、わくわくしないわけがない。
「待て待て、二人とも待て」
ナーと盛り上がっていたところで、ジンが話しに入ってきた。なんだろうか。彼は心配そうな顔をしている。そういう顔をされると、ちょっと不安になっちゃう。
「畑を作るというのなら、二人でも大変だろう。ジョーも賛成しているようだし、畑を作ることは構わない。ただ、俺にも手伝わせろ」
僕とナーは顔を見合わせた。手伝わせろなんて、そんなの助かる。嬉しいに決まってるじゃないか。
「もちろんです。兄さん」
この拠点を立派なものにしていきたい。僕はそう思った。
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