第13話 ウサギとの交渉
角ウサギ……ジャッカロープの狩りを初めて数時間、もう十体ほど狩っている。それは良いのだが、ここまでの狩りの成果は全てミーミーによるものだ。僕も頑張っているのだが、なかなか上手くいかず、不甲斐ない。
「ふぅ……ミーミー、疲れたね」
僕の言葉に対しミーミーが「うぉん!」と鳴く。彼はまだまだ元気いっぱいのようだ……けれど、そろそろ良い時間だろう。というか僕はへとへとだ。帰る。うん、今日は帰ろう。
「今日の狩りはここまでにしておこう」
そう聞いてミーミーはちょっと悲しそうな顔をした。まだ、狩りを続けたいようだ。でも、ここは帰る選択を優先させてもらうよ。悪いね、ミーミー。
「また近い内に狩りにこよう」
『……うん、分かった』
「やっぱり、まだ元気が有り余ってる?」
『それもあるけど……』
ミーミーは僕の顔を見上げる。その上目使いが可愛らしい。
『ご主人のかっこいいところを見たかったな』
う、それを言うか。僕だって頑張ってみたのだけれど、惜しいところまではいってる気がするのだけれど、矢が当たらないのだ。僕も悔しいよ。
「あんまり帰りが遅くなると獲物を町に持っていく時間が無くなる。それに、袋には十分な獲物が詰まってる。君のおかげだ。ミーミー」
『そうだね』
ミーミーは納得してくれたようだった。ほんとに良い子だよ。ミーミーは。だからこそ、次の機会は頑張るね。
「よし、じゃあ罠を見に行こう。そして帰ろう」
『うん!』
ミーミーと一緒にここを離れようとした。丁度、その時。視界に映るものがあった。ジャッカロープだ。いきなりのチャンスに落ち込んでいた気持ちが上向く。
「ミーミー、獲物だ」
『うん』
落ち着いて、弓矢を構える。今度こそ、今度こそ矢を当てる。そうしてミーミーにかっこいいところを見せるのだ。
獲物を発見したのは偶然だ。つまり運は僕の方にあるということ。この幸運を絶対に活かす。不思議と矢が当たる気がする。
弓を引き、狙いを絞る。焦るなよ。落ち着いて、クールに決めるんだ。獲物は小さい。しっかり集中して狙え。そうすれば、絶対に矢は当たる。
矢を、放った。決着は一瞬だった。僕が放った矢は真っ直ぐに翔んでいき、ジャッカロープの胴体に突き刺さった! やった! 当たった! 当たったぞ!
「ミーミー! 命中だ!」
『命中だね! かっこよかったよ! ご主人!』
「どんなもんだい!」
ひとしきりミーミーと喜びあったあと、撃ち抜いた獲物の元へ向かう。矢で貫かれたジャッカロープを見ると、可愛そうと思う気持ちと、やってやった! 嬉しい! って感じの相反する二つの気持ちが同時に浮かんだ。まるで心が二つあるみたいだ。
ジャッカロープを袋に詰める。袋はもういっぱいになっていたけど、なんとか詰め込んだ。満足感を味わいつつ、仕掛けてあった罠の元へ向かう。
罠に獲物がかかっているかは、五分五分くらいの確率だろう。そう思っていたのだが、嬉しいことに獲物がかかっているようだった! かごがガタガタ動いている!
「ミーミー! 何か、かかってる!」
ミーミーが「うぉん!」と鳴く。急いで罠の元へ駆け寄り、中を確認する。そこには、額に宝石のついた兎のような魔物が居た。カーバンクルだ! まさかカーバンクルが罠にかかるとは! 今日の僕は本当についてるみたいだ!
「カーバンクル! カーバンクルだな!」
『ん、ああ!? 人間! い、いえお嬢ちゃん。おいらを助けてはくれねえかい? って人間に話しても分かんないか……』
「分かるぞ。それと、僕は男だ」
『や、魔物の言葉が分かるんですかぃ!? って男ぉ!? とてもそうは見えないが、な、なんであれ良いや。ここから助けてくれねえかぃ旦那ぁ』
旦那と呼ばれるのは新鮮だな。しかし、助けてくれといわれてもなあ。会話をしてしまうと一気に殺しにくくなるが、どうするかなあ。
「そうは言われてもね。その罠を仕掛けたのは僕だからな」
『な、なんだとぅ!? てめぇ! こんなに可愛いカーバンクルちゃんを捕まえるなんて人の心無いのか!?』
そんなこと言われてもなあ。と、戸惑っているとミーミーが「うぉん!」と吠えた。カーバンクルはびくっと体を震わせる。
『だ、旦那ぁ。こんなに可愛い、おいらをまさか殺しませんよね、ね?』
う、うーん。なんだか、いじめてるみたいで可哀想になってきた。とはいえ、このまま解放するのもな。せっかく罠にかけたのだし……ここは交渉をしてみようか。
「ねえ、助かりたいなら、僕と交渉しようよ」
『な、なんでい。おいらの何が欲しいってんでい……いや、待てよ。ははーん、分かったぞ』
「何が分かったの?」
『おいらを仲間にしようってんだな? こんなに可愛いカーバンクルちゃんだもんなあ。分かるぞぉ』
「仲間は間に合ってるかな」
『んなっ!? おいらは仲間にする気はねえってのかぃ!?』
「うん」
だってカーバンクルって弱いし、あまりパーティーメンバーに居れるメリットもないんだよね。僕としてはもっと興味のあるものがあって、それを彼から貰いたい。ゲームと同じなら、彼はきっとあれを持っていると期待する。
「ねえ、持ってるんでしょ……宝石」
『んなっ!? この額の宝石は死んでも渡さねえぞ』
そう言って、額を隠すように前足を動かす彼の様子は可愛いのだが、僕の興味の先は彼の額のものではない。
「カーバンクルはきらきら光るものが好きで宝石を隠し持ってるんでしょ。僕はその宝石が欲しいな」
『げ!? カーバンクルの習性を知ってやがる! お、おいらの宝石を!?』
「うん、そこから出してあげる代わりに、君の隠してる宝石をくれないかな?」
『う、うー』
カーバンクルは僕を睨んでいる。そう睨むなよー。悪いことしてるみたいじゃん。いや、やってることはカツアゲと変わらないな。なら、悪いことか。だけど僕は謝らないぞ。エルダーファンタジーで魔物使いプレイする時はしょっちゅう、やってたことだからね。
『ぐぬぬ……ま、しゃーねーや。世の中弱肉強食ってね』
「じゃ、交渉成立かな?」
『ええい! もってけドロボー!』
カーバンクルが体をブルッと震わせた。すると彼の周囲にいくつもの宝石が散らばる。おお! 立派な宝石だ! どこで、こんな綺麗な形の宝石を拾っていたかは聞かないでおく。
『おいらが草原を通る商人や冒険者からくすねてきた宝石たちがよぉ……おーいおい……』
聞かないでおいたのに、勝手に自白してくれた。おおかた、そんなところだろうとは思ってたけど、お互いに、ろくでもないじゃないか。彼に対してはあまり罪悪感を抱かなくて済みそうだ。
「ありがとう、この宝石は僕の方で保管させてもらうよ」
『おう、旦那が宝石をどう使おうと構わねえよ。それより、早くおいらを出してくれ。ずっとかごのなかに居たんじゃ、狭くてかないませんや』
「分かってる。今出してあげるからね」
カーバンクルを罠から解放した。すると彼は凄まじい速度で逃げていく。惚れ惚れする逃げ足だ。まさに脱兎のごとくってやつだ。
『もうあんたには捕まらねえからなー! ばーか! ばーか!』
「あはは! もう僕に捕まるんじゃないぞー!」
『おにー! あくまー! きちくー!』
カーバンクルの捨て台詞を聞きながら、彼を見送った。愉快なやつだったな。あ、名前を聞きそびれた。まあ……もう会って話すこともないだろうね……たぶん。
宝石を回収し、懐もほくほく。気分もほくほくだ。
「それじゃあミーミー、今度こそ拠点に帰ろう」
ミーミーは「うぉん!」と鳴いた。彼と一緒に来た道を帰りながら、充実した半日だったと思う。
そう、今日はまだ半日しか経っていないのだ。
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