第10話 ゼリーな彼女と交渉タイム

『こ、交渉? あーしと?』

「そう、君の口は動くみたいだから」


 ミーミーは相変わらずスライムクイーンを舐め回してるし、後ろの方ではジンとナーが心配そうにしているのが分かった。僕は後方の二人を手で静止させる。心配はいらない、交渉さえ始まってしまえば僕のステージだ。交渉に自信ありってわけ。


「ミーミー」


 僕が彼の名を呼ぶと、彼は「うぉん!」と鳴いてスライムクイーンから離れた。そうして彼は僕を守るようにポジションをとる。グッドボーイ。君は本当に頼もしい奴だ。


 僕はスライムクイーンに、にっこりと笑う。彼女に対して悪印象は無い。いきなり襲いかかってきたけど、彼女が好戦的な種族だということはゲームの知識で知っていたし。


「まずは自己紹介をしよう。僕はジョー・ブラッド。君の名前は?」

『……あーしの名前知りたいんだ?』

「うん、知りたい」

『分かった。答えたげる。あーしの名前はジャム』

「ジャムだね。素敵な名前だ」

『誉めてもなんにも出ないし』


 スライムクイーンのジャムは僕の話に乗ってくれている。良い傾向だぞ。スムーズに会話が進むのは大歓迎だ。


「ジャム、僕は君をスカウトしたい。君の力を貸してほしいんだ」

『あんたの犬があーしより強いことは身に染みたかんね。話くらいは聞いてやんよ? でも、あんたの話が気に入らない場合は、あんたの仲間にはなんないからね。そん時は、さっさと殺しな?』

「きっと僕の話を気に入ってくれるよ」

『……ふぅん。あんた自信家なんだ。そういうのは嫌いじゃないよ』


 スライムクイーンは好戦的であり、自信家の相手を好む。それはデータとして知っている。でも、僕はそういうデータとは関係無しに、自信を持って交渉に望んでいる僕が居る。これまでの成功経験が僕の自信を支えているのだ。今だって交渉が失敗する気がしない。


『それであんたは、あーしを仲間に誘うかわりに、どういう条件を提案してくれるわけ?』


 やはりそうきたか。彼女は力で抑え込んでも屈服はしない。あくまで相手とは対当か、それ以上の関係でいようとする。ここで変にへりくだってはいけない。彼女はそういう、ごますりには敏感だ。なめられると、こちらの不利な条件を平気でつきつけてくる。彼女のそういう強気なところが僕は好きだ。


「最低限の衣食住は保証するよ。それ以上の対価が得られるかどうかは君の頑張り次第だね」

『だるぅ。あーし、だるいのは嫌いなんだよね。努力とか、しないで済むなら、その方が良いじゃんね』

「そういう考えもあるね。でも、努力も悪いものじゃない」

『へぇ』


 ジャムはにやりと笑う。その表情には蠱惑的な魅力を感じる。まあ、僕は惑わされないけどね。


『あんたはそういう考えなんだね。あーし的には相手によって意見をころころ変えないのは好感がもてるよ』

「それはどういたしまして」

『でもさ』


 ジャムは維持の悪そうな顔をする。なんというか生意気そう、という表現の方がしっくりくるのかもしれない。僕からすると子どもが強がっているようで微笑ましいけどね。


『あーし、だるいのは嫌いなんだよね。あーしを働かせたいなら、もうちょっと条件を貰えなきゃ』


 来た。ゲームでもスライムクイーンを仲間にする時の最難関の会話だ。ここで提示する条件を間違えるとなめられて、仲間にしても全然働いてくれない。もしくは、交渉自体を打ちきられる。だけど僕は転生者、ここで出すべき最善の条件を知っている。


「お昼寝」

『へぇ?』

「毎日、お昼寝できる時間を用意するよ。ジャムにとって悪くない条件のはずだ」

『ふ、ふぅん。あんた、なかなか分かってんじゃん』


 ジャムの表情を見るに、嬉しさを隠しきれていない。彼女は眠ることが何より好きだ。それはエルダーファンタジーの設定集にも書かれているし、彼女が初登場時に眠っていることからも推察することができる。いや、ヒントとしてはあまり優しくない気がするな。ちょっとだけ、ゲームの開発陣に不満のあるところだ。


「で、君の返答を聞きたいところだね」

『返答ね。ま、良いか。ずっと遺跡に居るのも飽きてきてたし、毎日お昼寝つきなら、あーしは条件をのんでも良いカナー?』

「はっきりとしたイエスか、ノーか、どっちかを聞かせて」

『分ーかった。分かったてば。うん、答えはイエスだよ。あんた話してて楽しいし、えーと……ジョーだっけ?』

「ジョー・ブラッドだよ」

『了解、ジョー……ジョーちんだね。これからよろしく! ジョーちん!』


 じょ、ジョーちん!? 仲間になると決まったらいきなり距離を詰めてきたな。少しビックリはしたけど、彼女はそういう性格だ。そう分かっていれば無理なく受け入れられる。


「交渉完了だ。よろしく。ジャム」

『よっろしくー。そういうわけで三食昼寝つきの生活、絶対に守ってもらうかんね! ジョーちん』


【ゼリーな女王、ジャムをテイムしました】


 スライムクイーンのジャムが仲間に加わった。それにしてもゼリーでジャムってなんだか面白い。素敵な組み合わせだと思う。あと、お腹がすいてきた。


 僕は後方のジンたちに振り向きサムズアップしてみせる。その様子を見て彼やナーがほっとした顔になる、彼らのほっとした顔を見ると、僕も一仕事が終わったような気がして、ほっとした気分になった。交渉の成功は確信してたけど、いつの間にか、思ってた以上に緊張してたみたいだ。


 さ、残りの調査を終わらせてしまおう。そうしたらお昼にして、帰りの馬車で昼寝をしよう。日差しと風が気持ち良くて、なんだか眠くなってきたや。


 調査を終え、その日の夕方には、僕たちはフェンリル草原の拠点に戻った。コボルトたちにジャムを紹介し、ジャムはすぐにも拠点で寝始めた。まあ、彼女に働いてもらうのは明日からにしよう。彼女は疲れているだろうし、僕も疲れた。くたくたで休みたい。明日は朝から水浴びするんだ。


 一晩が経つ。


 翌朝、ジンやミーミーと一緒に川で水浴びをしていた時のことだ。水中からいきなりゼリー状のものが飛び出し、僕の体を包んだ。驚いて溺れるかと思ったけど、どうもゼリーに包まれていることに目をつむれば問題はなさそうだった。呼吸もできるし、全身にひんやりした感覚があって気持ち良くすら感じられる。


『どう、驚いたっしょ。ジョーちん。ジャムだよー』

「もがもが」


 喋りたいが、口の回りもゼリーで包まれてて上手く喋ることができない。と、いうか……半裸でゼリーまみれってだいぶ不健全な絵面になってないだろうか? ゼリーで全身を包まれる以上のことはされてないけど。


 ジンが必死な顔して僕を助けようとしてる。なんかウケるな。ジャムから敵意は感じないから大丈夫だと伝えたい。


「もがもが」

『あ、そっか。口が上手く動かせなかったか!? ごめんごめん。今、口を動かせるようにするから。許してほしーし』

「……ぷはっ。あー、やっと口が動く」

『以外と冷静だね!? こっちが逆にビビるくらいに』

「君の敵意は感じなかったから、大丈夫かなって」

『ふぅん。度胸あるじゃん』


 とりあえず喋ることができるようになったので、ジンに問題ないと伝える。彼は「し、心配させやがってぇ!」と割りと真面目にキレてるみたいだった。これ、ジャムのせいだからね。僕は悪くねえ。


 ジンは怒って川から上がってしまった。ミーミーがそんな彼に飛びかかって、戯れている。その様子は見ていてほっこりする。


「……さて、ジャム。こんなイタズラをした理由を教えてもらおうか?」

『あーね。ジョーちんにあーしのスキルを紹介しとこうと思って』


 なるほど。僕は知ってるけど、スライムクイーンのスキルってかなり強力なものが揃ってるんだよね。せっかくだし、彼女のスキル紹介を聞かせてもらおう。

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