第6話 ワイバーン討伐
翌日、僕はコボルトの一匹、白毛のシロが作ってくれた木の弓矢を確認していた。コボルトの武器は改めて確認してみると、結構しっかりした作りで感心させられる。
「シロ、これはたぶん良い弓だね」
『たぶん……じゃなくて良い弓っす……』
シロは俺を見上げながら、おどおどしている。そんなに警戒しなくて良いのに。僕って雰囲気怖くないよね? 怖いとしたら、ちょっとへこむなあ。
僕も弓は一応使える。たいした威力は出せないだろうが、射つくらいのことはできる。まあ、それすら、あまり自信は無いのだけれど。
「この弓、使わせてもらうよ」
『あたしが作った弓っす……威力は保証するっすよ……』
弓の自信はあまりないけど、できる限りのことはしたい。そう意気込んでいたところに兄のジンがやって来た。
「ジョー、準備はできたか?」
「できてますよ。兄さん」
「よし、それなら行くぞ」
僕とジンは、ナーやミーミー、コボルトたちを連れて草原のワイバーンを探す。というか、僕はゲームの知識でどこにワイバーンが居るかを知っている。ただ、ちょっと距離があって面倒ではある。
草むらに潜みながら進んでいく。体に草が擦れてこそばゆく感じたり。
ワイバーンを探して歩くこと、しばらく。
草原の古い監視塔の上にワイバーンが居座っているのを見つけた。なかなか厳つい顔をしている。ちょっと怖い。
「……兄さん、ワイバーンだ」
僕に顔を向けたジンは微笑んだ。不覚にも可愛いと思ってしまう。やっぱりこいつは顔が良い。
「震えてるぞ。怖いのか?」
「ああ、怖いよ。ワイバーンの近くに居るのは」
ワイバーンが竜主のなかで最小最弱だとしても、大型の肉食獣を前にすると落ち着かない。落ち着けるわけがない。
「俺が居れば大丈夫だ」
「うん、頼りにしてるよ」
「任せておけ」
塔の上のワイバーンはまだ、こちらに気付いていない。そのうちにジンは僕に指示を出し、僕の通訳を通してコボルトたちに伝えていく。僕と兄のコンビネーションはなかなか良い感じではないだろうか。
やがてコボルトたちが隊列を組み、陣地が形成される。僕たちの脳内にアナウンスが聞こえる。いい加減、脳内のアナウンスにも、なれてきた。
【スキル陣地形成:陣地内の味方のステータスを10%アップします】
一割の能力アップはでかい。僕の極端に弱い能力をバフしても怪しいが、コボルトたちやミーミーの能力にバフができるのは頼もしい。
ワイバーンは油断してあびきをかいている。今ならいける。きっといけると思うが、怖い。手が震える。
そんな僕の手をジンがそっと握ってくれる。その手が暖かく感じられ、改めて彼の存在が頼もしい。
「お前には俺たちがついてる」
ふと、僕に体をこすりつけてくる存在に気付いた。フェンリルの子ミーミーだ。彼のもふもふした毛を触っていると心が落ち着く。
ほどなくして、僕の手の震えは治まった。
ありがとう、ジン。ミーミー。
僕は頷き、それを見たジンも頷いた。片手でミーミーを撫でてやる。ミーミーは気持ち良さそうに目を細める。僕の心はより落ち着いていく。
「やろう、皆」
その言葉を合図にするように空気が変わった。ジンが手振りで弓を構える合図を僕とコボルトたちに送る。その姿は様になっていた。
弓を構え、次の合図を待つ。待ち時間が異様に長く感じられる。そして。
ジンが手を軽く振った。矢を放つ合図だ。僕は引いた弓から矢を放つ。塔の上のワイバーンに向かって。行けっ! 矢よっ!
コボルトたちの矢が、僕の放ったものと一緒に飛んでいく。多くの矢がワイバーンの表皮に刺さる。そんな中、一本の矢が塔に届くこと無く地面に突き刺さった。あれは僕の矢だ。なんか悲しい。
ワイバーンが僕たちに気付いた。矢の痛みによる怒りの咆哮が辺りに轟く。僕は思わず弓を落とし、両手で耳を塞いだ。凄くうるさい!
塔の上からワイバーンが翼を広げ飛び上がった。ワイバーンは滑空しながら、僕たちを見下ろしてくる。その眼光に威圧されそうになるが、僕は気を引き絞る。
僕たちを中心にして旋回するワイバーン。奴は竜種でありながらブレスを吐けない。その代わり、滑空をいかしての突進は強力だ。奴の突進を待つ時間は、思っていたよりも長い。さっき弓を構えていた時間みたいだ。
ジンは手振りを使ってコボルトたちを制止している……来るぞ、もうすぐワイバーンが来るぞ、来る!
「今だっ!」
ワイバーンの突進に会わせてジンが腕を上げて指示を飛ばす。僕はコボルトたちと共に草原に隠していた木の盾を構えた。直後、僕たちが構えた盾にワイバーンが突っ込んできて、全身に衝撃が走る! 重いっ!
押し飛ばされそうになりながらも、なんとかこらえる。僕は盾を構えた集団の中でも端の方に居て、衝撃が少なかったのもあるが、ジンのスキルによる助けもあった。彼のスキルはやはり頼もしい。
「頑張れ! 頑張れえ!」
『おうっ!』
僕は魔物会話のスキルを使ってコボルトたちに激を飛ばす。ステータス的な数値には、なんの影響もない。だが、少しでもできることなら、なんでもやる。ここで負ければ全て終わり。それは嫌だ。
「耐えろぉ!」
『おうっ!』
やがて、盾の向こうの衝撃が弱まる。ワイバーンが止まったのだ。木の盾は馬車の一部を崩して作った急造品だが、よく耐えた。よく耐えてくれたっ!
「ミーミー! 今だっ!」
「任せてねっ!」
盾の壁を回り込むようにして、ミーミーがワイバーンに突撃していく。僕たちは盾を離し、手に斧や剣を構える。黒が他のコボルトたちに率先して正面からワイバーンに襲いかかる。その勇猛さに、ただ、凄いと思う。
「ジョー、俺たちは側面だ」
「了解!」
先を行くジンに急いでついていく。皆頑張ってる。僕も頑張らないと!
僕たちは集団でワイバーンに襲いかかる。得意の突進を防がれ、コボルとの集団とフェンリルに襲いかかられれば、いかにワイバーンといえどただでは済むまい! ワイバーン! お前はここで殺す!
弓で挑発し、盾で攻撃を止め、一気に集団で叩く。その作戦は完璧に決まった! 気分が高揚するってもんだ!
がむしゃらに戦い、気付いた時には。
激しい先頭の末、ワイバーンが倒れる。その牙だらけの大きな口からは血が吐かれ、ワイバーンは息を止めた。しばらく、僕は大きな亡骸を前にして荒い息を吐いている。勝った……? 勝った!
僕たちは勝利を確信し、ジンと共にハイタッチを決めた。そこに返り血で真っ赤なナーも走りよってきて、ぎょっとする。そういえば彼女も先頭に加わっていたのを忘れていた。しかし、素手のはずなのに返り血で真っ赤になるとは、彼女の戦いを想像すると、今日一番恐ろしくて身震いした。
ミーミーは……ワイバーンの首に乗っていた。彼は元の飼い主の仇を討ったのだ。彼は仇の頭に前足を乗せ、草原中に聞こえるような遠吠えをした。その遠吠えは、どこか悲しそうだった。
「ミーミー」
僕が名前を呼ぶと、ミーミーもこちらに目を向ける。その瞳は寂しそうに見える。
『ご主人……僕はね……そのね』
ミーミーは言いにくそうにしている。ゲームなら、ここで彼の背景を聞く選択肢があった。だけど今回、僕は。
「言いにくいなら、言わなくて良いんだよ」
『ご主人、そっか、そうだね』
僕はミーミーに背景を聞かない選択をした。彼の背景をすでに知っているという理由もあるけど、やっぱり、出会ったばかりの彼に深いところまでは聞かない方が良い気がするのだ。
「さ、ミーミー。帰りの準備を始めよう」
『うん!』
こうして僕たちはワイバーンを討伐した。
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