第4話 フェンリルの子
ウィードの町に到着した。しっかりとした城壁で守られた立派な町だ。カラフルな屋根の建物が立ち並びなんとも可愛らしい。それでいて、草原の魔物たちを簡単には寄せ向けない、しっかりとした防御機能がこの町には備わっている。良いね、頼もしい。
馬車は、馬車置き場に預けている。今の僕たちは徒歩の状態だ。歩くのは、それほど好きではないかな? 嫌いってほどでもないけどさ。
「良い町ですね。ジョー様」
「ああ、人々の雰囲気も明るい」
このような町の中でフェンリルの子と会えると思っているのはゲーム知識のある僕くらいであろう。この町で起こる、あるイベントで彼とは出会うことが可能だ。期待に胸が膨らむようだ。
「町を色々見て回りたい。何があるか知りたいからね」
嘘だ。僕はこのウィードの町を隅々まで知っている。ただ、フェンリルの子とのイベントを起こすためには町の墓地へ向かう必要がある。ただ食料を買うだけでなく、墓地へ行くための口実が必要だ。悪いね、ナー。
ナーは頷く。彼女はいつも楽しそうだ。
「分かりました。隅々まで見て回りましょう!」
「行ける範囲でね」
「もちろんです。進入禁止の場所にまでは入りません!」
そう言いながら、ナーのイヌミミはピコピコ動いている。回りが気になってしょうがないんだね。分かるよ。僕も同じ気持ちだもん。
「せっかくだ。観光のつもりで楽しもう」
「はい!」
それから、僕とナーはウィードの町を見て回る。時に出店で串焼きを買ってみたり、時に冒険者ギルドの前を通ったり、そうしているうちに僕たちは町の墓地まで来ていた。この辺は人も居なくて寂しい雰囲気。好きではないかも。
刈り込まれた草地にはいくつもの墓石が並ぶ。見たところ人によって、よく手入れされているようだ。寂しく感じるけど放置されてるわけでもない。そこは安心。
「あら、こんなところまで迷い混んでしまいました」
「そうだね」
これも嘘だ。僕はまるで迷い混むかのように見せつつ、意図的にここまでナーを誘導した。そういうスキルがあったわけではないのに案外うまくできるものだ。と、思うが。
もしかすると、ナーが僕の動きに何らかの意図を感じた上で何も言わずに付き合ってくれているのかもしれない。だとしたら、彼女は優しいな。好きになっちゃいそうだ。
「ジョー様、ここには墓石しかないように思えます」
「いや、あれを見てくれ」
僕は一つの墓石に指を向ける。そこには銀……というよりは白い毛並みをした、犬のような魔物が居た。あれがフェンリルの子だという知識がなければ、大型犬のようにしか見えない。そのような見た目だからこそ、町中にも溶け込んで居るのだろう。そして可愛い!
「野犬でしょうか?」
疑問の言葉を口にしながら、ナーは一歩前に出た。僕のことを守るように。彼女のジョブは武闘家であり、レベルは二。一対一で正面からの戦闘なら兄のジンより強い。頼もしいが、今は彼女の武力は必要無い。
フェンリルの子がこちらに気づいた。ナーの警戒を気にしない様子で、彼はこちらに近づいてくる。彼は僕たちを前にして、舌を出し、尻尾をぶんぶんと振っている。甘えているように見える。ああ、まじで可愛い!
『君、ご主人によく似た匂い! ついていっても良い!?』
「……ついてきたいのかい?」
このやりとりはエルダーファンタジーのゲーム中でプレイヤーキャラが魔物会話のスキルを持っている場合に発生する。このイベントを覚えていて本当に良かった。
正直このイベントがジョー・ブラッドという人物にも適用されるか、不安がなかったかと言われれば嘘になる。だが、なんとなく上手くいく気はしていたのだ。こういう時の僕の予感はよく当たる。
フェンリルの子は僕を見ている。ああ、もふもふだな。もふりたい!
『……君についていきたい! 僕はミーミー! きっと君の役に立つよ!』
「そうか、そうか。分かった」
僕たちが会話をしているのに対して、ナーはどうしたものかという様子だ。大丈夫だとは思うけど、一応彼女にお伺いを立てる。ま、ダメだと言われても連れて帰るつもりだけどね!
「ナー。この子を連れていってやっても良いかな?」
「私に聞くより、ジン様に聞いてみるべきかと」
「それもそうだね」
僕は念話水晶を鞄から取り出し、それを使って、フェンリル草原のジンに呼びかける。この魔道具は魔力が一でも問題なく使える。役に立つ魔道具だよお前は。
ほどなくしてジンが会話に応じてくれた。今すぐにでもミーミーをモフリたいのを我慢しながら、事情を説明する。
「……話は分かった。お前から念話を繋げてきて何があったかと思ったが……構わない。コボルトたちに犬が一頭加わったところで大して変わらないだろう」
連れて帰るのは犬ではなく、フェンリルの子なのだが、その辺りの詳しいことは後で説明しよっ! 今は詳しい説明よりモフリが優先だ!
話がまとまったので念話を終える。僕はナーに顔を向けた。たぶん、今の僕はめっちゃ笑顔だ。
「ミーミーを連れていっても良いってさ」
「ミーミー?」
「この子の名前さ」
「なるほど」
ナーも納得してくれた。僕は屈みながらミーミーに言う。ついでに我慢しきれず、いっぱいモフる。ミーミーは嫌そうにはしない。むしろ気持ち良さそうにしている。
「ついてきて良いよ。これからよろしくね。ミーミー」
『ありがとう。君についていく! よろしくね!』
そう言ってミーミーは「うぉん!」と鳴いた。凛々しい鳴き声のはずなのに、可愛く感じる。
【白日の子ミーミーをテイムしました】
これでミーミーは僕の従魔となった。拍子抜けするほど簡単。まー、それは元のゲームからしてそうなんだが。
エルダーファンタジーでパーティーを組む時、人が四人と、動物か魔物を二体までパーティーに加えることが出来た。この世界でもその辺のルールは適用される……と思う。
さて、とても簡単に強力な仲間が出来たが、これは魔物使いというジョブへの救済措置だったりする。魔物使いが最初に持てるスキルは魔物会話だけで、正直なところ、これだけでは弱い。ゲームをやりこんだ僕が保証する。弱いよ。
エルダーファンタジーではどんなジョブのキャラを作ったとしても救済措置が用意されていた。そして、救済用に用意されたキャラやアイテムにも背景となるストーリーが作られていた。
フェンリルの子ミーミーは生まれてすぐ、親を失った。かつて草原を支配していた老フェンリルも、ミーミーが生まれた時には骨になっていた。草原をさ迷っていたミーミーはある冒険者の男に拾われた。彼の元で幼いミーミーは育っていく。だが、彼を拾った男も冒険者ギルドのとある依頼をこなそうとして亡くなった。ミーミーを留守番させず冒険に連れていれば結果は違っただろうと設定集には書かれている。悲しい話だが、資料集を読んでいた当時はふぅんって感想だった。
と、まあ……ミーミーについての背景ストーリーはこんなところだ。よく覚えてるな、僕。我ながら感心する。
「行こう。ミーミー」
僕の言葉にミーミーは再び「うぉん!」と鳴いた。ういやつ。ういやつ。
墓地から通りに出て、来た道を戻る。そのうち、また冒険者ギルドの前を通りかかった。ミーミーがそこで立ち止まる。お、これは、あれかな?
ナーが不思議そうにミーミーを見た。イヌミミメイドとフェンリルの子の組み合わせは様になっている。写真があればなあ!
「あら、ミーミー。どうしたのでしょう?」
「冒険者ギルドが気になっているみたいだね」
ミーミーは冒険者ギルドの扉に顔を向けてじっとしている。その横顔は悲しそうだ。
「ミーミー。何か気になるのかい?」
『ちょっとね。でも大丈夫。気にしないで!』
「そう?」
この一連の流れはゲームにも存在する。ミーミーは「気にしないで」と言っているが、何かあるのは明らかだ。今すぐミーミー関係のクエストを進める必要はない。今日は食料の買い出しをすることが優先だ。優先順位の高いタスクからこなすべきだ。
僕とナーは食料の買い出しを済ませ、それを馬車に積んで出発した。出発の瞬間はいつも楽しい気持ちになる。
コボルトの数は二十六体。僕やジン、ナーとミーミーを合わせて三十人前ほどの食料が必要になる。結構な大所帯だな。自分たちのことながら大変だ。
ブラッド家から十分なお金は貰っているが、いつ主人公に家を潰されるか分からない。何か金策を考えておくべきだろう。幸い、僕にはエルダーファンタジーの知識がある。資金の獲得も考えたいところ。お金はあって困らないからね。
帰ったらその辺のことも考えてジンに相談してみよう。
しばらくして。
「冒険者ギルドに登録したいだと?」
夕方、作業を終えたコボルトたちのそばで、ジンは僕に「ダメだ」と言う。そ、そんなあ。
「冒険者の依頼を受けるのは危険すぎる」
ジンの言うことも分かるけどさ……気を付ければ大丈夫だって。と、いうことをどうやって説明しようかと考えていたところ。
「どうしても、冒険者ギルドに登録したいと言うなら条件がある」
「条件?」
「俺も連れていけ。コボルトたちには定期的に休みを出すから、その時なら俺もついていける。冒険者ギルドにいくのはその時だ」
「なるほど」
ジンは心配性だな。なんか、彼のことが好きになってきたかもしれない。
「僕の身を案じてくれているのですね」
「ば、ばか!」
ジンは恥ずかしそうに、そっぽを向きながら言う。あ、これツンデレってやつです?
「お前一人じゃ戦えないだろう?」
「ナーがいますよ」
「それでも、お前たちだけには任せておけん。それだけだ」
ここはツンデレな兄の言うことを聞いておこう。何事も穏便にね。
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