第2話 フェンリル草原のコボルトたち

 父への説得は簡単に終わった。簡単に、というか北西の草原を開拓したいと言ったらすぐに許可してくれた。どうも父は僕やジンには大した興味もないようだった。なんか寂しいな。


 ま、そんなわけで僕とジンは二週間ほどかけて北西の草原へやってきた。馬車に乗り、従者を一人従えて。ちょっとした冒険みたいで旅は楽しかったよ。


「ジン様。ジョー様。馬車が止まりますっ!」


 そう言って馬を止めたのはブラッド家のメイド、ナー。イヌミミを頭に生やした獣人であり、親の代から奴隷の少女。僕とジンの世話係であり、可愛いもの好きの噂好き。僕が転生してすぐジンに処理されそうになった当人である。彼女にそのことは黙っておこう。知らぬが仏ってやつだね。穏便なのが一番だ。


「ジョー。先に降りるぞ」

「ああっ! ジン様お待ちください。降りるのを手伝います」

「いらん。俺じゃなくてジョーに手を貸してやれ」

「はいっ!」


 そんなわけでナーの手を借り、草原に降り立つ。フェンリル草原と呼ばれるこの土地には建物一つ無い草むらがずっと先まで続いている。緑で埋め尽くされた大地からは若草の匂いが香り、青く晴れた空と合わせて爽やかな印象を受ける。こういう晴れ晴れとした場所、好きだ。


 馬車が来たところまでは石畳の道ができているが、どうもこのあたりで道を伸ばす計画は断念されたらしい。この道を伸ばしていき、交易路を繋げるのが目標だ。目標がはっきりしてると、やる気が出るよね。


「しばらくは、馬車にでも泊まるしかないだろうな。化粧などもしている予定はなさそうだ」

「ええっ! ジン様たちが化粧をなされないなんて!? 私の人生の楽しみが九割無くなってしまいます!」

「いや、俺たちを愛でることしか楽しみが無いのか。お前は?」

「はいっ! お二人を愛でることが九割、噂を聞くことが一割の楽しみでございます!」


 ジンは細い腰に手を当てながら呆れ、ナーは尻尾をぶんぶんと振っている。そんな二人を見ているのも良いが、ここでステータスの確認もしておこう。ステータス確認、何度やってもワクワクするね。


 この世界でのステータスの確認法は知っている。ここまで何回もやったしな。


 瞳を閉じ、強く念じる。


 ステータス。


 ●ジョー・ブラッド

 ●レベル1

 ●ジョブ

 魔物使い

 ●スキル

 1:魔物会話

 2:

 3:

 4:

 ●基礎ステータス

 体力:10

 魔力:1

 筋力:1

 技量:1

 耐久:1

 速度:1

 知力:25

 話術:60+20


 うーん、これはひどい。とまでは言わないが、かなり極端なステ振りだな。明らかな交渉特化型のキャラなのに交渉を補助するスキルが魔物会話しかない。どうにかしてスキルを習得しないと交渉も大変だぞこれ。


 生前の僕が持っていたゲーム知識を確認しよう。こういう時は情報の整理が大切だ。


 エルダーファンタジーではプレイキャラを作る際に基礎ステータスに百ポイントを自由に割り振ることができる。ま、僕のステータスは決まってたが、それでなんとかするしかない。頑張る。


 そうして決まった基礎ステータスにジョブごとのボーナスポイントが追加される。僕のステータスで話術に追加されている二十ポイントは魔物使いのボーナスによるものだ。このポイントを武力に振れたら、などとも思ってしまう。が、変えられないものは受け入れるしかない。


 ちなみにこのゲーム。レベルは八までしか存在せず、経験値は基本的にクエストをクリアすることで手に入る。レベルアップごとに、空きスロットへ新たなスキルを追加するか、すでに持っているスキルを強化するかが選択できる。基礎ステータスは変動しない。ゲームでは受け入れてたシステムだけど、こうして現実になると歯がゆい。


 しばらくは地道にクエストをクリアしてスキルを習得していこう。どんなスキルが良いかな。交渉に特化したキャラでも魔物を手なずける方向か、人との商談を得意にするか、あらゆる相手に対して柔軟に話ができるキャラにもできる。ジョー・ブラッドがどういうキャラに育つかは可能性に満ちている。ゲームのキャラ育成って楽しいよね。いや、今は生死がかかってることは分かってるんだけどさ。ウキウキしちゃうのよね。


「……ジョー……ジョー!」


 目を開けると、そこにはジンの姿があった。その顔は険しい。に、睨むなよぉ。そういうの慣れないんだから。


「兄さん、どうしました?」

「草原からこっちを見てる奴らが居る。何体もだ」


 なるほど。魔物か。おそらく奴らの正体は。天地明察、僕には、分かっちゃうもんね!


「コボルトでしょう。さっそく僕たちの様子を見に来ましたね。ここは彼らのナワバリですから」

「どうする? 相手の数は多い」

「もちろん話し合います。ナーには例のものを準備させておいてください」

「分かった。ちょっと待ってろ」


 ナーに準備をさせてから僕とジンは魔物たちとの交渉に向かう。大丈夫、ジンを説得した時のことを思い出せ。僕ならやれる!


 さて、草原にはいくつもの気配がある。正確な数は分からないが、戦闘になると絶対めんどい。不必要な戦闘は避けたいぞ。


 僕は石畳の道に立ち、コボルトたちの反応を伺う。彼らはこちらを警戒しているのだろう。すぐには姿を表さない。う、ちょっと不安。大丈夫だろうか?


 ジンは僕の横に立ち、長い髪の毛を指でいじる。彼が横に立っていると、不思議と安心感があった。

  

「ジョー、実を言うと俺はお前の交渉の結果にそれほど期待はしていない。魔物使いはまともに魔物を使役することも難しい外れジョブだからだ」

「では、どうして僕の話に乗ってくれたんです?」

「自主性の欠片もなかった弟が、自分でやりたいことを見つけたんだ。兄として応援するし、他の貴族の誘いだって断るさ」

「なるほど、それで貴族たちとの奴隷狩の約束を無しにして、ここまで来てくれたんですね」

「そういうことだ」


 軽く、背中を叩かれる感触があった。期待をしてくれてるのかな?


「お前が結果を出すことに期待はしていない。だから、やりたいようにやってみろ」


 あ、期待はしてないのね。ちょっと悲しい。


「分かりました。でも」


 僕は自信をもって答える。


「期待には答えますよ」


 僕は一歩前に出て、口を開く。大丈夫、いける。


「コボルトたちよ。僕たちは敵ではない。姿を表せ」


 その言葉に対してすぐに姿を表すものは居ない。だが、なにか話し合っているのは分かる。となれば、待っていれば彼らは姿を表す。その姿はなかなか可愛らしい。


 二足歩行で黒い毛並みをした犬みたいな姿。体長は一メートルほど、標準的な大きさのコボルトだ。


『コボルトのリーダー、クロだ。話を聞いてやる』


 なるほど、彼の名前はクロか。ゲームでは単純にコボルトAでしかなかったが、彼にもちゃんとした名があるのだな。ちなみにクロの喋っていることは魔物使いの僕にしか分からない。これからジンに魔物との会話を通訳したりとか多そうだな。そう思うとちょっと面倒かも。


「ジョー。奴はなんと言っている」

「話を聞くと言っています」

「良いぞ。話を続けろ」


 もちろん、そのつもりだ。僕はコボルトたちに言う。なるべく穏便に話が進むように、なると良いんだが。


「道中で話は聞いた。どうも草原の生物だけでなく、近くの牧場で家畜を襲っているらしいな」

『だとしたら、なんだと言うのだ』

「草原の狩りも、牧場の家畜を襲うのも、絶対に安全というわけではないだろう。僕たちは君らの代わりに肉を調達することができる。君たちさえ良ければ狩りを手伝うことも可能だ」


 クロは考えるような顔をこちらに向けている。ど、どうなる?


『……ただで、というわけではないだろう。見返りに何を求める』

「君たちには道を作ってもらいたい。僕には労働力が必要なんだ」

『道を作る代わりに、安全に食料が手に入る。悪い話ではない……が、道だけ作らせて食料は寄越さないという気ではないだろうな?』

「そこは安心してくれ。手付金ではないが、先払いの肉を用意した」


 ナーが今、道中で購入した肉を馬車から降ろしている。その匂いはコボルトたちにも届いているはずだ。クロは鼻をヒクヒクさせている。その動作はちょっと可愛い。


『確かに、肉を用意しているようだな。良いぞ、お前たちの話を聞いてやっても』

「ちょっと待ってくれ。話は終わってない」

『なに?』

「君たちが肉だけとって働いてくれない可能性もある。だから、これは提案なんだけど」

『どんな提案だ』

「僕と君とで同盟を結ばないか?」


 エルダーファンタジーのシステム、同盟の使い所はここだ。

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