悪役貴族は魔物使い~死亡ルートは嫌なので実家から離れて平和に暮らしたい。外れジョブの力を使って、もふもふたちと辺境開拓スローライフ~

あげあげぱん

第1話 こんなところにいられるか!

 疲れた。凄く疲れた。帰りたい……ゲームがしたい……帰ってゲームがしたい……。


 ………………。


 転んで頭を打ったらしい。痛い。横断歩道を渡ろうとしていたところまでは覚えているけど、どうなったんだ僕は。頭を打って変な後遺症とかないだろうな。普通に怖いぞ。


「どうした、ジョー。さっさと立て」


 立ちたいところだが、それどこれではない。瞬間的に頭の中に大量の情報が流れ込む。頭が痛すぎる。いや、ほんとに痛い痛い痛い!


 ……ほどなくして痛みが治まった。こんな痛いのもうごめんだぞ。


「ジョー? 大丈夫か?」


 声のした方に顔を向けて、僕は声が出なかった。そこに居たのは明らかに日本人ではなく、それでいて僕がよく知る人物、ジン・ブラッドだ。


 ははーん。さては、これは夢だな。そう思いながら、僕は意識が暗転していくのを感じていた。


「……おい、ジョー……いい加減起きてくれ」


 再び目を覚ました時、僕は芝生の上に寝転んでいた。どの程度寝ていたのだろうか? あまり長く寝ていた気はしない。でも、ついさっき感じた痛みが戻ってくる気配はなさそうで安心した。


 上体を起こし目をぱちぱちとさせてみた。すると、僕の前によく知る人物が立っている。さっきのは夢ではなかった!? 僕がよく知るゲームの人物が目の前に立っている。そしてはっきりとした現実感がある。あー、なるほどね。一回意識を失ったせいか不思議と状況が呑み込めた。さっきからジョーと呼ばれているし間違いない。


 つまり。僕は転生者。どういうわけかRPGの世界、エルダーファンタジーの悪役貴族になってしまったらしい。しかも最弱のネームドキャラにだ。お先真っ暗か?


 ジョーの記憶はある。だけどジョーの意識は感じることができない。僕は、僕の魂は、ジョーという少年の体にすっぽりと収まってしまったのだろう。しかし、よりによってジョーとは……もうちょっとましなキャラが良かったな。


 ジョー・ブラッドはこのゲームの中でも最弱のネームドと名高い。それだけでも嫌だというのに、それよりも問題なのは……。


「ジョー、そろそろ稽古再開だ。お前は強くならないといけない」

「待ってください兄さん。頭を打って気絶してたんです」

「……情けない弟だ。もう根をあげるなんてな」


 僕と歳の近い兄、ジン。こいつに付き合っていると僕は近い将来、死ぬことになる。最弱キャラに転生した上に死亡フラグが立っている状況だ。間違いなくヤバい。


「たまに屋敷へ帰ってきてみれば、ジョー。お前は相変わらず不甲斐ない。お前も今年で十三になるというのにな」

「仕方ないですよ。僕のステータスは」

「恐ろしく低い。剣も駄目、魔法も駄目、得意なのは少し魔物のことが分かり、多少の弁が立つくらい。このままでは家の役にも立たん」


 そ、その通りだが酷いことを言ってくれる。ブラッド家の人間はだいたいこんな感じだが、この兄はとくに容赦がない。僕もゲームのこいつは見た目しか好きじゃなかった。


「そこでだ。お前にチャンスをやろう」


 来た来た。来ましたよ。ジンが僕を誘う、ということは、あるイベントが起こる前触れだろう。そのイベントについていくと俺は十割くらいの確率で死ぬ。それは困る。凄まじく嫌だ。


「……兄さん、チャンスとは?」


 一応、念のために聞いておく。もしかしたら、万が一くらいの確率で僕の予想は違うかもしれない。そうであったら良いなあ。


「南の地で奴隷狩りだ。きっと楽しいぞ」

「あ、はい」


 うん、予想通りのイベントに突入しようとしてるね。やべーよ。このままだとマジで死ぬぞ。何か考えないと。焦る。


「戦闘面でお前に期待はしていない。だが、今回の奴隷狩りにはいくつかの貴族が関わる。彼らも南の獣人たちを捕まえるだろう。そこでだ。お前の唯一の取り柄である話術を使って、奴隷を交換する時に活躍してみろ」


 僕、ていうかジョー・ブラッドは魔物使いのジョブ、言い変えれば職業を持っている。エルダーファンタジーには交渉というシステムがあり、魔物使いは人だけでなく魔物とも交渉ができる。そのため話術のステータスにボーナスがつく。あんまり頼もしいとは言えない能力だ。


「つまり、奴隷取引の交渉を手伝うということですか?」

「その通りだ。お前にぴったりの仕事だろ?」


 一度、頭の中で整理しよう。落ち着く必要がある。落ち着け。僕。焦るんじゃない。


 このままだと僕は兄に従い奴隷狩りのイベントへ向かうことになる。それは嫌だし、なんとしても避けたい。


 エルダーファンタジーではゲームが始まってすぐに主人公が奴隷狩りと戦うことになり、その最中チュートリアルの敵としてブラッド兄弟は主人公に立ちふさがる。が、チュートリアルの敵なのでサクッと殺される。主人公が戦わないルートでもなんやかんや死ぬ。そう死。デスだ。気分の良いものではない。


 致死率十割のイベントになんて付き合ってられん。なんとしても回避するぞ。というかこのイベント以外でもブラッド家の人間はなにかと死ぬ。というかゲームのストーリーの進め方次第では全員死ぬ。ほんと呪われた一家だな。同情する気持ちは、わかないが。


 結論、ブラッド家に居ると死ぬ。なんとかせねば。なんとかせねば!


「どうした? ジョー、返事はハイ一択のように思えるが」


 ドヤ顔で語るジンに怒りがわく。こいつは今まさに僕を道連れにしようとしている。お前が死ぬ分には構わないけど僕を死地に連れていくのはやめろ。そう、直接伝えたら、間違いなく交渉失敗だ。落ち着いてクールに話を進めたい。


 さて、考えろ。僕はエルダーファンタジーをやり込んでいる。ゲーム本編に関係ない設定集も読み込んだ。キャラの一人一人までよく知っているはずだ。その知識を活かせば生き残れるはず! 生き残れると良いな……!


 ジン・ブラッドはどんな人間か。ブラッド家ではジョーと同じく妾の子であり野心家、奴隷狩りに遊びとして参加する一方でブラッド家の利益も常に考えている。今回のことも他の貴族との付き合いを考えて参加を決めているのだ。ならば、僕は奴隷狩りに参加する以外の方法で、この家の利益となる手段をプロデュースする。この方向で行くべきだろう。慎重に考えろー。


 考えろ。ゲームの設定を思い出せ。なにか良い手があるはずだ。お前の冴えた頭で切り抜けろ。僕ならできる。できるはずだ!


「ジョー、さっさと答えを聞かせろ」


 その時、僕の頭に一つのアイデアがよぎる。


「……兄さん。僕には最近考えていたアイデアがあるのですが、僕の返事を聞く前に、まずはそのアイデアを聞いてもらっても良いでしょうか。時間はとらせません」

「ほぅ……聞かせてみろ」


 ジンはあまり期待していないという風な顔で、聞き返してきた。少なくとも話は聞いてくれる。ならば、なんとかなるかもしれない。ワンチャンくらいあるはず。なんとかなれー!


「ブラッド家は北西の、辺境の草原に土地を持っていますよね」

「ああ、祖父の代からある土地だな。それがどうした?」

「そこには昔から、コボルトやウルフなどの魔物が発生していたはずですね?」


 ジンが眉を寄せる。顔が良いのでその表情も様になって見えた。


「確かにそうだ。だが、どうしてお前がそのことを知っているんだ? お前はいつから辺境の土地やそこに住む魔物のことを知っている?」


 あ、本来のジョーはこの情報を知らないのか。どう誤魔化す? ゲームプレイと設定集の知識とは言えないからな。変な疑いは避けたいぞ。


「さ、最近。メイドの話を聞いたのです。偶然です」


 ど、どうだ? なんとかなったか?


「メイドか。ふむ……」


 ジンはアゴに手を当てて考える。ほどなくして「ああ」と声を漏らす。その時、いけると思うのと同時に嫌な予感がした。


「思い当たるのが居るな。口が軽いのは困るのだが……いい加減、始末するか」

「ま、待ってください。僕のアイデアにはですね。一人か二人、人が必要になると思うんです!」

「ふむ、聞かせろ」


 や、やべえー。僕のせいで罪の無いメイドが死ぬところだ。そこら辺のことも考えて説得しないと。僕のせいで人が死んだら寝覚めが悪い。


「はい、えっとですね。北西の草原は魔物が多く、大した資源も手に入りません。しかし、そこに道を作ることができれば、友好国との交易路を結ぶことができます。そうしたなら、国への、そしてブラッド家への大きな助けとなるはずです」


 実際、ゲームに交易路を開拓するイベントがあるしね。悪くない話のはずだ。だよね?


「ふむ……」


 ジンは、考えているな。


「交易路の開拓は祖父の代から計画されていた。何度も計画は実行しようとして失敗してきた。草原の魔物たちのせいだ。それをお前ができるというのか? 戦闘などからきしのお前に?」

「僕だからこそ、ですよ兄さん」

「なに?」

「僕には魔物使いのジョブがあります。魔物と話ができるんですよ」

「つまり、お前は草原の魔物たちと戦うのではなく、説得してみせるというのか?」

「そうです!」


 僕とジンは見つめ合う。さあ、どうなる?


「……くく、そうか魔物と話し合うか。くくく、面白いことを言うな。何もできない愚弟と思っていたが、なかなか骨があるじゃないか! お前が草原の開拓へ向かうというのなら、俺からも父上に話を通そう!」

「良いのですか!?」

「お前が言い出した話だろう。この計画が成功すれば俺たちも多少は父上に誉めてもらえる! 奴隷狩なんて参加している場合ではないぞ! 俺も同行する!」

「え、兄さんも一緒に来るのですか!?」

「それはそうだ。戦闘も満足にできない弟だけに、この計画を任せてはおけん。それにな」

「それに? なんですか?」

「戦や魔物討伐ならともかく、貴族連中と奴隷狩など遊びにしかならん。それはそれで楽しいのだろうがな。どうせなら、もっと、やりがいのあることがしたい」

「兄さん、奴隷狩を楽しみにしてたんじゃ」

「楽しみではあったさ。貴族の男どもは俺たち兄弟をちやほやしてくれるからな。それはそれで楽しくはある。が」


 兄は長い髪をなびかせ、フリルのついたスカートを揺らした。彼の端正な顔が俺を見つめている。僕が女の子なら、どきりとしていたかもしれない。まあ、僕にその気は無いが。


「そろそろ俺たち下の兄弟がブラッド家の愛玩動物ではないことを示す時だ。なあ、ジョー。俺と同じく、その見た目で可愛がられる弟よ」


 ブラッド家の次男ジンと三男ジョー、この二人は男の娘キャラである。

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