第10話 はじめちゃん、ただ者ではない


 川野に教わった住所を頼りに家を探していると、どこからともなく声が聞こえてきた。


「おーい!」


 桐生はこちらに手を振りながら駆け足でやってきた。


「待って! ぼ、僕も一緒に、行くっ」


 桐生はかなり息があがっていた。

 55のおっさんが無理して走るとこうなる。


 普段研究ばかりで運動もろくにしていないから、それも大きいのだろう。


 それより、気になるのは桐生の隣でたたずむ男の子だった。

 先ほど桐生に手を引かれ一緒にやってきた。


 さすが子どもだ、桐生とは違い走っても息一つあがっていなかった。


 俺の方をじーっと見つめてくる。


「お、おい」


 俺が声をかけると、やっと息が整った桐生が顔を上げた。


「何?」

「そいつは?」


 俺が男の子を指差すと、桐生が悪ガキの様な表情で微笑んだ。


 このパターンは、すごーく嫌な予感しかしないのだが。


「よくぞ、聞いてくれた! この子は、はじめちゃん。アンドロイド二号なのだ!」


 これでもかと胸を張り豪語ごうごする桐生。


 リリーだけであきたらず、またアンドロイドを作ったのか。


 俺はもう自分があきれているのか、感心しているのかわからなくなってきた。

 天才の考えることは俺には理解できそうにない。


「この子はただの子どもじゃあないよ。

 まあ、そのときになればどんなに素晴らしいアンドロイドかが君にもわかるだろうさ!」


 怪しげに笑う桐生を尻目に俺ははじめを見つめた。


 なんてことはない、見た目は普通の可愛らしい男の子。

 幼稚園くらいの設定だろうか。

 なぜこの見た目にしたのかは不明だが、別に聞きたくもない。


「ふっふっふ。輪島くん、この子が可愛いから見惚みとれていたね?」

「は? いや、別に」

「なんでこの子が5歳児なのか……それは、君の息子だからだよ!」

「はい?」


 俺は言葉が出なかった。

 こいつの脳みそはいったいどうなっているんだ、覗けるものなら覗いてみたいものだ。


「君には奥さんも子どももいない。これからもきっと結婚する気はないんだろう?   

 見ていればわかるよ。……そこでだ、僕はまず君に奥さん代わりのリリーをプレゼントした。

 そして次は、はじめちゃんというわけさ! これで君の一家が完成するんだ」


 もう好きにしてくれ。天才の考えることはやっぱりよくわからん。

 俺がアンドロイドの家族を欲しがっているという発想はどこからやってくるんだ。


 俺は桐生を置いてさっさと歩き出す。


 佐々木は桐生の肩に手を置いて優しく二度叩いた。なぐさめているらしい。

 リリーはというと、感心した様子で拍手を送っている。


「ちょっと、輪島くん、嬉しくないの? この子はすごい子なんだよ、きっと君の仕事の役に立てる!」


 桐生が俺の後ろで懸命にアンドロイドの素晴らしさについて語り出した。


 それでも、俺は振り返らずに目的の場所へと向かうのだった。





「ここだ」


 俺がアパートの前で立ち止まると桐生、佐々木、リリー、はじめは一斉に立ち止った。


 通り過ぎて行く人が奇妙なものを見る目で俺達を見つめていく。


 それはそうだろう。

 おじさん二人と美女とメイドと子どもという、なんともキテレツな団体がそこには存在していた。


 俺が頭を抱えていると、一番の元凶がお気楽な声で話しかけてくる。


「大丈夫?」


 桐生、こいつと出会ってから俺の生活は変わり果てた。

 まあ、そんなに悪いことばっかりではなかったが、なんというか俺の穏やかだった人生は終わりを告げたと言った方が正しいか。


「ああ、大丈夫だ。それよりここだ。川野のアパート」


 築何十年経っているのかは不明だが、かなり古いアパートであることは間違いない。外観からして昭和の匂いがプンプンしてくる。


 外壁は塗装とそうがれ落ち、染みのようなものが目立つ。地面のコンクリートもひび割れ、その割れ目から草が生え、ところどころつたが出来ていた。階段などの鉄はほぼびているようだ。


 全部で8件しかない、小さなボロアパート。


 川野の部屋は2階にある、階段を上ってすぐの部屋だった。


 階段を上るとカンカンと鉄骨独特の音が響く。

 チャイムを鳴らしてみるが、返事はない。まあ予想通りの展開だ。


 もしかして川野自身も消息を絶っているのではないかと考えていた。

 しかし、そうすると沙羅を探す手がかりが今のところない状態になってしまった。

 さて、どうしたものか。


 俺が部屋の扉の前で悩んでいると、佐々木が俺の前に身を乗り出してきた。


「俺に任せろ」


 そう言うと、何か細長い針金を手に持ち部屋の鍵穴に刺した。

 そして手を器用にくねくねと動かしている。


 おい、待て。それって。


 俺が戸惑っているうちに、カチャッと鍵の開く音がした。


「おい、おまえ、何してるんだよ!」

「わお、佐々木くん、すごいっ」

「わお、佐々木様、素敵です」

「おじさん、天才」


 皆から称賛しょうさんされ、佐々木が少し照れた表情をする。

 いや、俺は褒めてない。


「まて、まて、まて。それは駄目だろ、犯罪だぞ」

「……今は、非常事態だ」

「そうだよ、沙羅さんのためだよ。川野だって許してくれるよ」


 こ、こいつら、自分の都合のいいようにしか考えていない。

 常識なんか通用しない奴らだった。

 俺はどうすれば、っていうかなんで佐々木の奴鍵開けなんてできるんだよ!

 こいつ、やっぱヤバい奴なんじゃ……。


 そうこう悩んでいる間に、二人と二体はさっさと扉を開け、川野の部屋へと入っていた。


「あー、もう。こうなったらやけくそだ!」


 俺は鼻息荒く扉の内側へと入り、外の様子を確認してからそっと扉を閉めた。




 中へ入ると、そこはごく普通の男性の一人暮らしの部屋だった。


 六畳一間に小さなキッチンとトイレ。

 部屋の中央には小さなテーブルがあり、その前にはテレビが一台。端の方では少し乱雑に放置されている布団とその上に脱いだままの着替えが散乱していた。


 冷蔵庫を開けると中身はガランとしており、置いてある食材のほとんどは賞味期限が切れていた。

 やはり、ここへはしばらく帰っていないのだろうか。


「ねえ、これ見て」


 桐生は一冊のノートを俺に見せてくる。


「どうした?」

「これ、川野の日記だよ。沙羅さん、ヤバいんじゃないかな」


 その日記には、川野の想いがつづられていた。


『この世の中、腐ってる。毎日、めのような場所で、クソみたいな連中相手に俺は何をしている。

 こんなはずじゃなかった。俺はもっとすごい何かを——


 余計なことばかり言いやがって。俺の何がわかる。

 俺のこと見下しやがって、許せねえ。


 今日は素晴らしい出来事があった。俺の想いをわかってくれる人に出会えた。

 俺はあの人についていこうと思う。


 俺はやるぜ、今日確信した。今の腐った世の中を変えられるのはあの人しかいない。俺はその手伝いができるんだ。こんな素晴らしいことはない。

 しかし、沙羅の奴邪魔だな、なんとかしないと。


 沙羅、おまえには悪いが、あの人のためだ。許せ』


 日記はそこで途絶えていた。


「これは……。沙羅さんが危ない」


 沙羅は川野の手中しゅちゅうにある確率が高い。


 しかし、川野の居場所がわからない。

 沙羅の元までどうやって辿り着けばいいのか。


 途方に暮れていると、はじめが俺の側にやってきた。

 そしてノートをくんくんとぎはじめる。


「おお! そうだ、はじめ、君だ!」


 桐生が興奮したように叫ぶ。


「な、なんだ、どうした?」


 俺はわけがわからず狼狽うろたえ、桐生とはじめを見比べる。


「はじめちゃんの能力。彼は犬並みの嗅覚と聴覚を備えているんだよ」

「なんだって?」


 皆がはじめに注目する。


 はじめはノートの匂いが嗅ぎ終わると、勢いよく外へ飛び出した。


「よし、皆。はじめちゃんを追うぞ!」


 桐生が張り切って、はじめのあとを追っていく。


「おお」

「はい」


 続いて、佐々木とリリーも桐生のあとを追っていった。


 取り残された俺の選択は一つしかないだろう。


「はあ……、いくか」


 一息つくと、俺はみんなを追って走り出した。

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