第7話 情報収取も楽じゃない


 まずは沙羅の住んでいるマンションの住人に話を聞くことにする。


 スナックのママに教えてもらった住所のマンションへ到着すると、ちょうどゴミ収集所で掃除をしているおばさんに出くわした。


「あの、すみません、ちょっとだけお話いいですか?」


 ちょっと小太りな体型に、薄くパーマのかかった髪型。エプロンをしたその姿は典型的な昭和のおばさんだった。

 年齢は60歳前後というところだろうか。


 俺達が近づいていくと、ちょっと嫌そうな顔をしながらいぶかしげに俺達を眺めてきた。


 しかし、顔がしっかりと確認できるくらい近づくと、彼女の表情が一変いっぺんし明るくなった。


「あら、何かしら」


 彼女の瞳はどこか恋する少女のようなそれに変わった。

 誰かタイプの奴でもいたのか?


 まあ、こちらに好意的だといろいろ都合がいいので助かる。


「あの、この方、ご存じですか?」


 昨日ママから貰った沙羅の写真を見せる。


 おばさんは目を大きく見開くとつぶやいた。


「あら、沙羅ちゃんじゃないの」

「知ってるんですか?」


 ビンゴ! 今日はツイてるな、こんなに早く情報に辿り着けるとは。


「私、ここの管理人なの。

 沙羅ちゃんはとってもいい子よ。いつもきちんと挨拶するし、こうやって掃除してると手伝ってくれたりしてね。私のことも気にかけてくれて。

 ……なのにねえ、あの彼氏といったら」

「彼氏?」


 そういえば、ママも沙羅の彼氏の話をしていたな。

 あまりいい印象はないようだった。


「本当にあの子の彼氏なのかね?

 挨拶しても返事しないし、沙羅ちゃんへの態度もきついし、愛想あいそはなくて仏頂面ぶっちょうづらだし。あんなのどこがいいんだか」


 なんだか話が長くなりそうなので、急いで話題を変える。


「そうですか。……あの、ここ3日程、彼女見かけましたか?」


 管理人はうーんとうなり考える。


「そういえば、見ていないねえ。それがどうかした?」

「いえ、最近何か沙羅さんの様子が変だったとかはないですか?」


 また大きく首をひねってうなりだす。

 なにかをひらめいたように管理人は目と口を大きく開いた。


「そういえば、彼氏と大喧嘩してたよ。まあ、彼氏が悪いんだろうけどさ」


 彼氏の話は気になるが、これ以上話してもこの人から得られる情報はないと判断した俺は、話を打ち切ることにした。


「そうですか、わかりました。いろいろありがとうございました」


 さっさと立ち去ろうとすると、


「ちょいと、あんた」


 しまった、さすがに怪しまれたか。

 ゆっくりと振り返る。


 すると、予想外におばさんは嬉しそうな顔を向けてきた。


「あんた、いい男だねえ。沙羅ちゃんのおじさんかなんか?」

「え、ええ。まあ」


 ここは適当に誤魔化ごまかした方がいいと判断し、笑顔を向ける。


「へえー、沙羅ちゃんも美人だもんね、やっぱ血筋かねえ」


 管理人は豪快ごうかいに笑った。


 勘違いしてくれて、助かった。

 ここで変な風に探りを入れられると面倒くさい。


「でも、沙羅ちゃんてなんかいつも寂しそうなのよね。いい子なのに。

 あの彼氏のせいかねえ。

 ちょっと、あんた、たまには会いにきてあげてね」


 俺に笑いかけたあと、おばさんは急に桐生の方へ向きを変えた。


「あんた!」

「は、はい」


 今度はなんだ?


「私のタイプだわあ。ね、携帯の番号教えて」


 ずずいと体を寄せてくる管理人に、さすがの桐生もおののいている様子だった。


「い、いやあ、僕、携帯持ってないので」


 なんてあからさまな嘘だ。


 いつも、飄々ひょうひょうとしている桐生が困っている姿はなんだか快感だった。


「あら、そうなの。なら、仕方ないわね。

 じゃあ、あんたの教えて! この方と繋いでよ」


 おい、信用するのかよ!

 そして、なぜ俺を巻き込むんだ。


 俺は後退しながら、苦笑いする。


「あ、いや、俺」

「あら、そちらの二人のお嬢さんも綺麗だし、可愛いのねえ。

 ほんと、美男美女でいい目の保養ほようになるわ。あんたたち絶対また来るのよ」


 それから管理人は一人で勝手にしゃべりはじめた。

 物凄いパワーで放出される言葉の数々を止める術を俺達は持っておらず、この荒波から解放されるのをひたすら待つしかなかった。



 しばらく話して満足した管理人は、俺達をやっと解放してくれた。

 話しに夢中になり携帯のことはすっかり忘れた様子で、満足そうな笑みを浮かべながら俺達に手を振って去っていった。


 桐生を見ると、どっと疲れた顔をして佐々木にもたれかかっている。


 まあ、あのおばさんの勢いは凄かったからな。

 ご愁傷様しゅうしょうさま




 俺達一行は疲れた精神と体を休めるため、近くの公園で一休みすることにした。


「ああいうおばさんが、この世で一番最強だわ」


 俺は大きな息を吐きつつ、ドカッとベンチに腰を下ろした。


「ご主人様、どうぞ」


 リリーが缶コーヒーを差し出す。

 いつの間に買いに行ったのか、本当に気が利く奴だ。


「ありがとう」


 さっそく缶を開けると、俺は一気にそれを飲み干した。

 疲れと共に喉も乾いていたんだと自分でも驚く。


「でも、あの人、いい人だよね」


 桐生が笑顔で俺の顔を覗き込んだ。


「まあ、悪い人間ではないが……」


 俺が間を開けると、リリーが即座に反応する。


「疲れる、ですね」

「さっすが、リリー! 主人の想いをくみ取れるなんて、おまえは最高のアンドロイドだよ! 僕は天才だなあ」

「はい、慶介様は天才です」


 桐生が胸を張りつつ大声で笑う姿を、嬉しそうにリリーが見つめ拍手をする。


 その光景を俺と佐々木が黙って見ていた。


「おい、あれどう思う?」

「……桐生らしくて、いい」

「あ、そう」


 俺はそれ以上、こいつらに何も言う気力がなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る