第6話 奇妙な謎の一団、結成


 次の日から、沙羅の捜索を開始することにした。


 俺は探偵事務所で二人の到着を待ちながら、暇つぶしに佐々木が置いていった小説に読みふける。


 推理小説だが、これがなかなか面白かった。


「お二人とも、遅いですね」


 リリーがコーヒーの入ったマグカップを俺にそっと差し出す。


「ありがとう、いつものことだ」


 カップを受け取り、一口飲む。

 暖かい液体がのどを通っていき、胃へと流れ込む感覚になんだか癒される。

 俺はこの瞬間が結構快感だった。

 

 このことを以前、桐生に言ったらすごく変な顔をされたが、絶対あいつの方が変わっている。


 二人が遅刻するのは、当たり前だ。


 10分、15分なんていつものことだし、30分、一時間遅れることだってある。


 最悪な場合、約束したことを忘れていて、その日は現れない。

 次の日以降、ひょっこり現れ「忘れてた」と言うのだ。


 俺はもう、あいつらを待つのはやめた。

 一応約束はしているが、待つんじゃなくていつも通り普通に過ごす。

 これが俺の流儀りゅうぎだ。


「おっまたせー」


 事務所の扉が勢いよく開いて、ニコニコした桐生が飛び込んできた。


「おう、今日は早かったな」


 珍しく、今日の遅刻は10分だった。かなり優秀だ。


「うん、だって。楽しみにしてたから。リリー元気?」

「はい、慶介様、今日も素敵ですね」

「リリーも可愛いよ」


 リリーの頭を撫でる桐生。リリーも嬉しそうだ。

 ペットか何かと勘違いしてるんじゃないのか。


「……すまない、遅れた」


 開いたままの扉から静かに入ってきた佐々木がつぶやく。


「おお、おまえも今日は早いな。

 それだけ早く来られるんなら、いつもそうであってほしいね」


 そう言ってはみたが、二人とも人の話を聞いてなどいない。


 桐生はリリーとの話に夢中だし、佐々木は黙ってどこかあらぬ方向を見てボーっとしている。


 ほんとに勝手な奴らだ。


「じゃあ、そろったことだし、行くか!」


 俺が立ち上がると、リリーが反応した。


「ご主人様、私も行きます」

「え? なんで?」


 俺の問いには答えず、リリーはもう来る気まんまんという顔で俺の横に並ぶ。


「主人とメイドは離れてはいけないんだよっ」


 なぜか桐生が自信を持って答える。

 俺は桐生をあきれた表情で見つめ、考えた。


 リリーは格闘技が得意だったな、何か捜査の役に立つかもしれない。

 その考えに行きついた俺は納得したように一人頷いた。


「じゃあ、皆で行くか」


 俺が微笑むと、リリーが嬉しそうに微笑んだ……ような気がした。



 こうして三人と一体は藤崎沙羅の捜索へと乗り出したのだった。






「おい、どうしたんだ? その姿は」

「何がだ?」


 佐々木は俺を不思議そうに見つめた。

 何がおかしいのかわかっていない顔だ。


「だって、おまえ、それ」


 俺は佐々木を指差す。


 佐々木はなぜか女装していた。


 いつも手荷物のない佐々木が今日は珍しく大きなバックを持っていたので、何か捜索に役立つものでも持ってきたのかと期待していた。


 先ほど、ちょっと着替えてくると言いトイレへと駆け込んだ佐々木は、出てきたら女性へと変貌へんぼうしていた。


 黒髪のストレートロングヘアのかつらをかぶり、衣装は清楚せいそな桜色のワンピースに淡い水色のカーディガンを上から羽織はおっている。

 足元は女性らしい青のパンプスをいていた。


 佐々木はもともと細い体型で肩幅もないため、女装しても違和感がなかった。

 顔立ちも美形なので、化粧をすると本当にどこかの綺麗な女優のようだ。


 清楚なお嬢様と言われればそう見えてしまうほどに。


「佐々木くん、ちょー綺麗! すごいね。変装の名人だね」


 佐々木の回りをぐるぐると旋回せんかいしながら、桐生がはしゃぐ。


「まあな」


 佐々木もまんざらでもないように照れていた。


「……まあ、聞き込みするのにあんまり男がぞろぞろいたら警戒されるだろうから、ちょうどいいや」


 もう俺はいろんなことに免疫ができていて、あまり驚くことはなくなっていた。


「そうだろ、そう思って考えた」


 佐々木が一人ほくそ笑む。


 ……本当かよ。


 なんでこんなに二人ともやる気まんまんなんだ。


 まあ、一人でやっていた頃よりは、賑やかで退屈しないから、いいけど。


 俺もなんだかんだでこの二人といることに、楽しみを見出している自分がいることに気づきはじめていた。


「じゃあ、聞き込みするぞ」



 こうして、二人のおじさんと変装した美女とメイド姿のアンドロイドという謎の一団の長い1日が幕を開けたのだった。


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