大藪池の<あれ>(3)

 いきなりスマホが鳴った。夜中の一時過ぎだ。わたしはベッドに寝ながらスマホをとり応対した。こんな時間に何があったのだろうか。警察は生徒の家族と学校を通じて担任のわたしに緊急連絡をした。佐々木の両親が言うには、息子は大藪池でクラスの友人と遊んでくるといったが夜の十一時を過ぎても息子はまだ帰ってなかった。遅く帰るときには必ず家に連絡するのが習慣だったのに、何かおかしい、息子はきっと事件に巻き込まれたに違いない、と。

 佐々木…大藪池…何かの直感で、わたしはお清めの塩と数珠を持った。亡くなった母の代わりに育ててくれた霊媒師の叔母が、お前には霊感があるからこれを肌身離さず持っていなさい姉さんの形見よと教えてくれた。霊感があるとはいえいままで何の役にも立たなかったが遺言でもある母の言葉を信じ、それを覚えていたわたしは素直に従った。急いで身支度し、タクシーで高校に行った。

 昼間来ていた高校の辺りは林に囲まれ、住宅街になっておらず、人気も感じられない。学校の背後は深い森だ。大藪池はその森の奥にある。街灯もまばらで真っ暗だった。宿直の職員を呼び出し、職員室に入る。

すぐ後から警察が来た。佐々木がいなくなったが、他のクラスメイトの連絡はなかった。佐々木の言った「クラスの友人と」が、わたしは気になった。

「今、大藪池を捜索中です。小屋の前に自転車が三台。貸しボート小屋が壊され、ボートが二隻、無断で池に出ていますが、人は一人もいません。缶ビールやハイボールの空き缶が散らばっているので、たぶん酔っぱらってふざけて池に落ちたのでしょう。五月になったとはいえ、水はまだ冷たいのに」

 その間、保護者の連絡網では、いなくなった生徒は佐々木をはじめ、児玉と田中だったと判明した。あの三人が仲良かったとは到底思えない。しかし新学期にわたしが目撃したくすぶる黒い影が共通するのだ。あの影は三人が溺死する予兆だった。

 ゴールデンウィーク最終日。佐々木らは時間を持て余し、酒を飲んで憂さ晴らしをしたかったのだろう。若者は、それが危険とも知らず、いとも簡単に命を捨てる。自分では死ぬ気がなくても衝動的に死を選んでしまう。死のこちら側から、あちら側にぱたん、と裏返ってしまう。若くて健康な者の特権だ。いや、まだ三人が死んだとは限らない。

 わたしは一人で椅子に座って警察の連絡を待っていたが疲れ過ぎて力が抜けやがて眠くなり机にうつ伏せになった。長い長い一瞬だった。

 そのとき、いきなり窓の外が明るくなった。職員室の壁全体に大きく眩しい光が反射し、ロッカーや連絡ボード、机に並べられたファイル群などがくっきり浮かび上がった。急に太陽が出て朝焼けになったと思ったが、それは一瞬にすぎず、辺りはまだ暗かった。わたしの右手首につけた数珠がぱーん!と弾け、それから電話が鳴った。三人が見つかった。時間は深夜二時過ぎだった。三人がなかなか見つからなかったのは水底で木の根が絡まってそれぞれの衣服や身体が引っかかったのだという。

 それにしてもあの現象は何だったのか。もしかして関係者の車のヘッドライトかもしれない。そう思ったが職員室は二階だったと気づいた。しかも職員室の窓は駐車場に面していない。あの光は、三人が同時に水面に上ってくる合図だったのだろう。

 翌日わたしは教室で三人が池で亡くなったことを報告した。すでに鈴川が泣き腫らした目をしていた。昼休みの職員室で他の教員が「もう彼氏なんか作らない、恋愛なんか、結婚なんか絶対しない! と鈴川が断言した。まだ若いんだから何があるかわからないのに…」と薄笑いをしていた。大人は自分個人の答えを他人に押しつけたがる。

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