第47話

 大声で呼んでみようか? 建物は二階建ての安普請のようだから、マメさんに声は届くだろう。いや、無理だ。ついさっき上空から見た限り、収容施設の数は十棟や二十棟ではない。百棟を超える可能性さえある。全部を回るのにどれだけかかるか。その間に、あの近衛兵たちがやってきたら。……ジルはクライヴに目をやる。……彼は喜んで戦闘を始めるだろう。

「そうだ、トルガル。マメさんを匂いで捜せる? きっとこの収容所内にいるはずなのよ」

「ブヒ、ヴァヴェヴィヴ(うん、やってみる)」

 仔ブタは鼻をヒクヒクさせて通路に沿って飛んでいく。ジルとクライヴは、その白いお尻を追った。

 トルガルは時に建物の屋根を飛び越えて、最短距離で進んでいく。道なりに走るジルとクライヴは汗だくになった。

「あ、ブタが飛んでる」

 時折、外を覗く青人がトルガルを発見した。その声は意外に明るく、監禁されている者の切迫感はなかった。とはいえ、彼女らが外に出てくることはなかった。

 彼女たちは建物を自由に出る権利を奪われているのだ。……ジルは腹が立った。助けてやりたいとも思った。けれど、今の環境を受け入れた彼女たちに、外へ出るべきだと言うのは無責任だろうとも思った。

「アッ……」

 一階の一つの窓から見えた女性のお腹が膨らんでいた。

「ん、どうした?」

 クライヴが不思議そうな顔をした。

「あの人、お腹が膨らんでいる」

「妊娠しているみたいだな」

「きっと〝実〟がつまっているのよ」

「獣人の食料というやつか。まさか、赤ん坊を食べるのか?」

「分からない。ジョウホー・陸道は赤ん坊でも子供でもなく〝実〟と言った。ジベレリン処理するというのも、妊娠させるのとは意味が違うと思う」

「ふむ……。おい、トルガルが向こうに行ったぞ」

 闇夜にぼんやり浮かんだ白い仔ブタの姿が、前方の建物の屋根を超えて行った。

 クライヴが走り出す。ジルはそれを追った。

 そうしてどうにか二十棟ほどの探索が済んだころ、通路がにぎやかになった。

「どうやら、追手が収容所内に入ったようだな」

「まだ、半分も調べてないのに。……トルガル、まだマメさんの匂いはないの?」

「ブヒ」

 マメを発見するより早く、あの近衛兵たちに見つかってしまうかもしれない。

「ねえ、クライヴ。追手はライフル銃を持っていると思うのよ。対抗できる?」

「全部、吹き飛ばしてやるよ」

「そうじゃなくて。……今後のことを考えたら、……隠密裏おんみつりに処理すべきだと思うのよ」

 しゃべりながらトルガルを追うのはキツイことだった。息は切れ、言葉も途切れた。

「時間をかければ、一人ずつ始末できると思うけど……」

「異世界とはいえ、……殺人はどうかっと思うわ」

「相手は人間じゃないだろう。獣人だ」

「半分は……人間よ。……たぶん」

 顔の表面が違うだけで、おそらく獣人の内部組織は人間と同じに違いないだろう。むしろ、青人のほうが、獣人より遠い肉体構造を持っているのに違いない。

「まあな。分かっているよ。一皮むけば、人間も獣人も同じなんだろう?」

「おそらくね。……なんとなく、……そう感じる」

「でも、異世界だぞ」

「しつこい……わね。転生……したからといって、……クライヴは……桃千佐祐でしょ?……殺したり……したら、きっと……後悔する」

「なるほど、理屈だな」

 その時、「ヴォーブォブーツ(匂いがある)」と仔ブタが鳴いた。それからは真っすぐ匂いに向かった。

 ジルたちは通りを横切り、あるいは物陰を走ってトルガルを追った。近衛兵たちに見つかってはならない。

 通りを懐中電灯の光が走る。二人は足を止めた。

 光が近づいてくる。慌てて茂みに隠れた。ハアハア、上がった息を必死で整える。

「臭うぞ……」

 ブルドック顔の近衛兵が足を止め、二人が潜んだ茂みに近づいた。

 ドクンドクンとジルの心臓が高鳴る。

 光が茂みを照らす。

「そこのやつ、顔を見せろ」

 ブルドックは言った。

 クライヴを押し留めてジルが立った。両手をあげ、黒布で覆った顔を茂みから出した。

「おまえ、青人ではないな。名前は?」

 彼がそう告げた時だった。

 ハッ!……横にまわったクライヴが無言で正拳を繰り出した。彼と近衛兵には距離があって、近衛兵の肉体には全然届かなかったけれど、圧縮された空気が彼の鳩尾みぞおちに深く食い込み、意識を奪った。

 近衛兵は膝から崩れ落ちて地べたに伸びた。

「危なかったな」

 クライヴが近衛兵を茂みに引きずり込みながら言った。

「ホントウ……」

 ジルは、バグバグ鳴る胸を押さえた。

「あれ、トルガルは?」

「行っちまったみたいだな」

「トルガル……」

 声を押さえて呼んだ。返事はない。

「トルガル、居る?」

 少しだけ声を大きくした。

「ブヒ」

 返事は遠くからした。そうして戻ってきた仔ブタの背中には、半裸のマメが乗っていた。

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