第42話

 アメリア帝国皇帝、スクワール・エンペロープが収穫祭の招待客に向かって両手を広げていた。エンペロープという名の通り、この場にいる者たちどころか、全国民を包み込んでやろうとでもいうように。

 彼が演説を始める。

「……原始、我々の先祖は猿の頭を持った猿人であった。数万年の時を経て、我々は多様性を獲得し、哺乳類だけでなく、鳥類、爬虫類、魚類に至るまで分化に成功した。我々は神、ドクター・ツマナカの祝福を受けた幼子である……」

「ウォー!」

 招待客の中から歓声が上がり、あちらこちらから「皇帝陛下、万歳!」の声が上がる。大人たちが拍手喝采する一方で、訳の分からない子供たちは硬直したまま、ただ瞳だけを右へ左へ、上へ下へと泳がせている。

 ♪♪♪ジャーン、ジャーン、ジャーン♪♪♪

 楽器が鳴り、皇帝が右手を上げる。会場が水を打ったように鎮まる。

「……アメリア帝国一翼を担い、繁栄を祝して駆けつけた国々の代表を紹介しよう。アルパカル公国第一王子、ヒヴラムケンタロウ!」

 ♪♪♪パンパカパーン♪♪♪

 ファンファーレが鳴り、ケンタウロスが一歩前に出て手を振った。

「ウォー!」

 歓声と拍手がわき起きる。

 ♪♪♪パンパカパーン♪♪♪

「……カラブルの深海王、サカナ大君!」

「ウオ!(魚)」

 サカナの顔をした同族たちが、ひときわ大きな声を上げた。

 半漁人が一歩前に出て、鎧に隠れていた肩の胸ヒレを大きく広げた。

 彼の後には森林の女王、青人のアキノ・シイタケ。山岳地帯で鉄や金を掘って暮らす巨人族のヤマノ・テツヤと、続いて紹介された。その時初めて、クロロ村がアキノ・シイタケが統治するピマン合衆国の一部だと知った。

 ♪♪♪パンパカパーン♪♪♪

「……そして、今回が初めてのゲスト、アンデス帝国のムシノキング・バッター!」

 顔がバッタのような昆虫人間が一歩、ピョンと跳ねたかと思うと、勢い余ってテラスから飛び出した。彼は青い顔を真っ赤にしてピョンと後退、元の位置に戻った。

 ♪♪♪パンパカパーン♪♪♪

「……の旧人、ジョウホー・陸道!」

 ジョウホー・陸道。……ジルは、チャイナドレスの女性の名を、しっかりと頭に刻んだ。クライヴこと桃千佐祐が元の世界に戻れる可能性があるとしたら、彼女が、ユララシアの華国こそが、そのカギを握っていると思うからだ。

 テラス上のゲストたちは一言も話すことがなかった。彼らのもとにシャンパングラスが配られる。

「ドクター・ツマナカの祝福のもと、アメリア帝国に栄えあれ!」

 スクワールがグラスを掲げた。

「皇帝万歳」「弥栄」「スクワールに幸あれ」「アメリアに繁栄を」「偉大なるアメリアに」

 テラス上のゲストが、それぞれの思いを言葉にした。

 ♪♪♪パンパカパンパンパーン♪♪♪

 金管楽器が一斉に鳴った。

 ――皇帝陛下、万歳!――

 万歳が三唱され、前庭の招待客たちは料理の並んだテーブルに集まる。その頃には飲み物もそろっていた。果実酒もあればビールに似た酒もあった。子供たちのための果実ジュースもあれば苦そうな緑色の液体もある。

「ブヴヴブゥ(腹減った)」

 ジルの頭の上で、トルガルがじたばたした。

「慌てないで。私だってお腹が減っているんだから」

 招待客たちがおしゃべりや料理に夢中なので、ジルとトルガルは声を潜めることなく話した。

 ジルはフォークを使い、トルガルの口へどんどん食べ物を運んだ。そして五度に一度は、自分の口へローストされた肉を運んだ。

 布の隙間から肉きれを入れるのはなかなか難しいものだ。トルガルが話しているように見せかけるための竹筒も邪魔だった。とはいえ、食べて、食べて、食べ続けた。料理はどんどん運ばれてくるのでテーブルが空になることはない。

 そうして胃袋が満たされてくると本来の目的を思い出した。

「マメさんを捜さなくちゃ」

「ブヒ」

 目を向けたのは宮殿の建物だった。いつの間に屋内に戻ったのだろう。テラス上に皇帝たちの姿はなく、楽団員たちがパーティーにふさわしい優雅な音楽を演奏していた。

「建物の中が怪しいわね」

「ブヒ、ブヒ」

 音楽に酔っているふりをしながらテラスに近づく。三つの扉はぴたりと閉じられていて、誰も行き来しない。ブルドック顔の近衛兵が出入り口だけでなくテラスの手前にもいて、そこに上がるのも難しそうに見えた。

「あのう、トイレをお借りしたいのですけど……」

 思い切って近衛兵に尋ねた。

「トイレなら、あの茂みの向こうだ」

 近衛兵が指したのは前庭の右側の生垣だった。人の背丈より高い生垣が数百メートルも続いている。その陰に建物があるのだろう。

「ありがとうございます」

 聞いてしまった手前、そこへ向かった。生垣に近づくと、細い通路があるのが分かった。その奥がトイレなのだ。

 通路の手前で足を止め、皇帝の宮殿に目をやる。トルガルに乗って上空から侵入できないだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る