第41話

 宮殿の警備にあたる近衛兵はブルドッグの顔を持った獣人ばかりで、金モールの飾りのついた赤い制服を着ていた。手にしているのは軍用ライフル銃だ。収穫祭に参加する獣人たちは招待状を提示して宮殿内に入るのだけれど、トンジルは学校の教師のようなふりをして、何のチェックも受けずにはいることができた。

 宮殿は敷地こそサッカースタジアムが十個も入るほど広大だったけれど、建物は二階建ての石造りで、酒蔵のようなシンプルなものだった。形ばかりの尖塔や窓が左右対称に並ぶシンメトリーなデザインで、テラスに向かって三つの出入り口がある。中央の出入り口はひときわ大きく、観音開きの扉の上にアメリア帝国の双頭のドラゴンの紋章が刻んであった。

 建物のテラスから一段下がった広大な前庭が収穫祭の会場だった。門からそこまでが遠く、子供たちはブーブー文句を言った。

 ジルの頭の上のトルガルはブタだけど、ブーブーとは言わなかった。一昼夜の飛行による疲労だろう。半ば眠りの中でスースー寝息を立てている。「おきて」と、ささやいたところで目覚めることはなく、段差を勢いよく飛び越えて強めの衝撃を与えたり、髪をなでつけるふりをして脇の下をつついたりして起こさなければならなかった。

 ところが前庭に近づくと、トルガルは目覚めてじたばた騒いだ。そこにはテントがいくつも張られていて、香しい料理が並べられていたのだ。

「ブヴヴブゥ(腹減った)」

「シッ! 静かに」

 トルガルは声を上げてジルを困らせた。

 前庭には料理も沢山あったけれど、それ相当に獣人たちも沢山いた。犬猫はもとより、馬や羊、ワニやヘビ、サカナやタコの顔をした獣人もいた。トルガル同様、彼らの中にも空腹そうな者はいたが、料理に手を出すことはなかった。近衛兵が「食事は皇帝のあいさつの後だ」と銃を向けるからだ。

「サカナやタコなんて、獣ですらないわね」

 思わずつぶやくと、フクロウ顔の教師に「差別はなりませんよ」と注意された。

 どうやら獣人たちの中には種族による差別が存在するらしい。だからこそ差別はならない、と言語化されているのだ。……そんなことを考えながら、教師の意見に深く同意した。差別は良くない。人種と人種の差別はもちろん、人間とブタの差別も……。

「うわー、御馳走だ」「食べたいな」

 子供たちはざわついたが、彼らはサカナやタコの顔をした獣人やトルガルより行儀が良かった。ゴクンと唾を飲むものの、列を乱すことはなかった。

 バイオリンを手にした猫顔の獣人、コントラバスを抱いた大アリクイ顔の獣人、トランペットを手にしたコウノトリ顔の獣人、カバの顔をした指揮者、……テラスの左右の出入り口から、様々な楽器を持った獣人が五十人ほど現れる。彼らはテラスの奥まった場所で、中央の大きな扉の前をあけて席を定め、演奏の準備を始めた。その様子に招待客は口を閉じ、御馳走のことも忘れてテラスに注目した。

 ♪♪♪パンパカパーン♪♪♪

 音楽はトランペットのファンファーレで始まる。競馬や闘牛でも始まりそうな勇壮な楽曲だった。

 ♪♪♪ドドドドド、ドン、ドン、ドーン♪♪♪

 ティンパニーのリズムと共に中央の大きな扉が左右に開かれる。現れたのは上半身が人間、下半身は馬のケンタウロス、青銅製の鎧をまとった半魚人、竹の皮で作った冠をいただき緑色の半透明のローブを羽織った青人……。

 青人が現れた時、ジルもトルガルもマメが衣装を変えて現れたのかと思った。しかし違った。その青人は美顔だったが、老人とまではいかないまでも、明らかに老いていた。

 次に現れたのは身長四メートルもある巨人だった。彼は腰を曲げ、首を左に折って出入り口をくぐった。彼は熊の毛皮を身に着けていたが両腕両肩、両胸の隆々たる筋肉は見せたままだ。彼に続いて、顔がバッタの昆虫人間が現れた。

 その後に姿を見せた人物にジルは息をのんだ。明らかに人間の女性だった。金色のチャイナドレスをまとい長い髪を結いあげている。年齢は自分と変わらないだろう。

 どうして? もしかしたら、あれが旧人?……ジルの思考を察したトルガルが「ブヒ」と鳴いた。

 ♪♪♪ジャーン、ジャーン、ジャーン♪♪♪

 銅鑼どらに似た楽器が鳴った。

 招待客の中に緊張が走るのがジルには分かった。

 建物の中から皇帝が現れた。リス顔の頭に黄金の冠を乗せた獣人だ。

 ――皇帝陛下、万歳!――

 音楽を無視し、万歳の声が轟く。何度も、何度も……。

 ジルもおざなりながら「皇帝陛下、万歳」と声をあげた。

「ブ」……一瞬、トルガルが震えた。皇帝の後ろに真っ赤なドレスをまとったリズを見つけたからだ。

 皇帝の孫娘というのは嘘ではなかったらしい。で、マメさんはどこよ?……万歳を唱えながら、テラスにマメが現れるのを期待した。

 ――皇帝陛下、万歳!――

 皇帝が右手を上げると万歳の唱和がピタリとやむ。あわせたように、音楽もフェイドアウト……、演奏が終わった。

「我が愛すべきアメリア帝国の臣民たちよ……」

 皇帝の演説が始まった。

 子供たちがの姿勢を取る。必要以上に全身に力が入っていて、まるで石像だ。

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