第40話

 クロロ村から農作物と共に贈られたマメは、収穫祭で披露されるのだろう。彼女は皇帝の宮殿にいる!……推理したジルは、オオカミ少年とともに宮殿に潜りこむことを考えた。

 マメが皇帝への拝謁はいえつを済ませたらクロロ村は義務を果たしたことになる。その後にマメを宮廷から連れ出して村へ送り届けよう。……ハタと問題に気付いた。クライヴのことだ。彼はイモを入れた木箱の中に隠れている。もし木箱が何段にも積み重ねられていたら、自力で脱出するのは無理だ。木箱の移動にはトルガルの力が欠かせない。

 どうする自分?……宮殿潜入を優先するか、予定通りクライヴとの合流を果たすか、決断の時だった。

 クライヴ、ごめんなさい。……宮殿に潜入し、マメの救出を優先することに決めた。本来それが目的だったからだ。魔法が使えるクライヴなら、自力で何とかするだろう。

 クライヴ、自己責任よ。……イモの箱に潜んで帝国侵入を計画したのはジルだったが、無責任にもクライヴ放置を決めた。箱に入った彼に対して自己責任とは、無責任を越えて極悪人、人権蹂躙じゅうりんだ。

「でも少年……」

 ジルはクライヴの姿を頭の片隅に押し込め、オオカミ少年の頭をなでた。

「……今ここで収穫祭から逃げることはできても、ながーいオオカミ人生からは逃げられないのよ」

 諭すように話すと、少年の目に困惑の色が浮かんだ。

 ヨッシ、いける。……ジルは少年の籠絡ろうらくにかかった。奥の手がある。

「……それでどうだろう。この優しいオネエサンが一緒に行ってあげるので、収穫祭へ行ってみるというのは?」

「オネエサンが?」

「うむ。オネエサンも収穫祭で棒切れのようにしていてあげる。どうかな?」

 ジルは少しだけ膝を折り、少年の肩に手を置いて引き寄せた、彼の突き出た口元がジルの豊かな胸にムニっとめり込む。

 突然の柔肌に少年の眼は虚ろ、頬は赤く染まっている。もっとも毛むくじゃらのために赤い頬は見えない。

「どうかな、オネエサンと一緒に行ってみない?」

 ジルはダメを押す。

「うん」

 冷静な判断力を失った少年は首を縦に振った。何度も何度も、柔らかな〝肉〟の感触を確認するように……。

「偉いわ。きっと立派な大人になれるわよ」

 いたいけな少年を色仕掛けで籠絡した悪女が何を言う!……突っ込みは覚悟の上。ジルは、おまけとばかりにムニムニと巨乳を彼に押し付けた後、姿勢を戻して彼の手を取った。

「まずは学校ね」

 オオカミ少年が拒否しないことを確認して歩き出す。

 強引だったかな?……後ろめたい気持ちもあったけれど、オオカミ少年が軽やかに歩くので良しとした。

 嘘も方便、習うより慣れろ、だ。……なんだ、それ?


 学校は五分ほど歩いたところにあった。校門の前でフクロウ顔の獣人が「オハヨウ」と子供たちに声を掛けている。

「おはようございます」

 ジルはオオカミ少年の手を握ったまま校門を入ろうとしたが、フクロウ顔の教師に止められた。

「あのう、あなたは?」

 フクロウの大きな瞳がクルクル回転しながらトンジルの顔から足もとまで、不躾に観察した。

「この子の保護者です」

 ジルはオオカミ少年を自分の前に引き出した。

「ねえ?」

 半ば強引に同意を求める。

「ウン、僕のオネエサンだよ、先生」

「お姉さん、……でしたか……」

 言葉では言うものの、まだ顔は納得していないようだった、

 ジルはフクロウの耳、……アッ、耳があるといことは先生はミミズク人間だ。などとのんきに考えながら、その耳に向かってささやく。

「この子が収穫祭のある学校に行きたくないとぐずるものですから、今日は逃げ出さないように見守らせていただきたいのです」

 最後には、ミミズクの耳にフーと息を吹きかけた。

 ブルブルと震えたミミズク先生。「ど、どうぞ……」と道を開けてくれた。

「ありがとうございます、ブヒ」

〝ブヒ〟はトルガルがつい漏らした。

「おはよう」「おはよう」「おはよう」

 子供たちの元気な声が追い越していく。時に彼らは振り返り、「どうしたの、ドンキー」「だれ、そのひと?」と訊いてくる。

 オオカミ少年はドンキーというのか。ロバではないか。……思わずジルとトルガルの頬が同時に緩んだ。

「オネエサン」

 少年は得意げに言った。

 子供だわ。大人なら、同伴されるなんて恥ずかしいことだ。……もしジルがもう少し大人だったら、同伴を喜ぶオジサンや夜のオネエサマたちがいることを知っていただろう。が、まだ中身は高校生と仔ブタの合体したものだから、ここでは無知を赦してほしい。

 なんだかんだあって、収穫祭まで、トンジルはドンキーのクラスの後ろで、授業参観することになった。

 休憩時間等はオオカミ少年だけでなく、ライオン少年、パンサー少女、ウサギ少年にウシ少女と、子供たちに取り囲まれて質問攻めにあった。晴夏にもセフィロスにもない、初めての人気者の経験だった。子供たちは不躾で遠慮がないけれど、悪い気分ではなかった。

 昼休みには給食までご馳走になった。もっとも、食べたのはトルガルでジルのお腹はクークー鳴りっぱなしだ。

 収穫祭ではご馳走にありつけるかしら?……午後、そんなことを考えながら、獣人の子供たちと共に宮殿に向かった。

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