第37話
目覚めた時、外はすっかり明るくなっていた。昨夜も発電機の唸りがひどくて、深夜になるまで眠ることができなかった。それで目が覚めるのが遅れたのだ。
額や頬がかぴかぴに乾いていた。気になりながらも窓から外をのぞく。多くの青人が飛行船に向かって列をなしていた。二人一組で大きな木箱を運んでいた。
飛行船のゴンドラの後部がフェリーのハッチのように大きく開いていて、長い板が掛けられスロープを作っていた。それを使ってゴンドラの中に木箱を積み込んでいる。どうやら眠っている間に、飛行船から荷物を降ろす作業は終わってしまったらしい。
鷹と鳩の顔をした獣人の姿は見当たらない。
「クライヴは大丈夫かしら……」
つぶやくと「ブヒ」と鳴き声がした。
「ブヴヴブゥ(腹減った)」
仔ブタはドアの前で空腹に耐えていた。額や頬のかぴかぴは、仔ブタに舐められた痕跡らしい。起こそうとして、舐めまくったのに違いない。
「ずいぶん舐めたわね」
「ブヒヒ」
仔ブタは抗議の声を上げた。
「ごめん、寝坊した」
顔を洗い、身づくろいを済ませて階段を下りた。ドアを少しだけ押し開き、外の様子をうかがう。
「トルガル、臭う、獣人?」
頭に乗った仔ブタはドアの隙間に鼻を近づけ、フンフン鳴らしてから「ブヒヒ」と鳴いた。
「獣人、いないのね?」
「ブヒ」
足音をひそめて風車小屋を出た。
「これは……」
そこにはアメリア帝国から持ち込まれた荷物が五箱ほどあった。
「帝国からの奉仕品……?」
「ブヒ」
箱に記載された文字は英語によく似ていた。
「フリーザー、と読むのかしら」
箱の四つには冷蔵庫と思しき単語があった。箱の大きさからも冷蔵庫で間違いないだろうと思った。残りの箱は冷蔵庫の箱の二倍ほどの大きさで、〝自動車〟と思しき文字が記載されっていた。
「自動車にしては小さいわよね」
「ブヒ」
「遊園地の電動自動車ぐらいかな?」
「ブヴヴブゥ(腹減った)」
そんなやり取りをしているところにアズキがやってきた。彼女はバケットやサラダを入れたかごを下げていた。
「天使さま、おはようケロ」
彼女は微笑んだ。けれど日頃の透き通った笑顔ではない。不安で濁った笑顔だ。
「ブヒ」
「アズキさん、おはよう。獣人の姿が見えないけど……」
「村長のところに集まっているケロ」
「なるほど。外交というやつね」
「ケロ、……これ朝食ケロ。クライヴさんは……」
アズキが籠を差し出した。
「ありがとう。彼はいいの。……頼んでいたものは?」
そう応じ、籠を受け取った。
「籠の中に……。マメ姉さんをよろしくお願いするケロ」
籠に視線を落とす。サラダボールの下に黒布の端が見えた。
「頑張るわね」
任せて!……そう言い切る自信はなかった。
アズキが唇を結び、深く頭を下げた。
ジルは小さくうなずき、再び風車小屋に入った。
籠の中身を床に並べる。水瓶から水も汲んでそこに置いた。
トルガルは躊躇なくバケットに飛びついた。ジルは黒い布を広げ、明かりに透かして見た。それは厚く朝日を完全に遮った。細い竹筒は節をくり抜いてある。ホースや聴診器の代わりにするつもりだ。麻紐の用途は決まっていない。念のために頼んでおいた。
「ヨシ、いけそうね」
ジルは安堵し、最後のバケットを取った。トルガルがクライヴの分まで食べ始めていた。
「トルガル、それ以上、大きくならないでよ。作戦に支障が出るわ」
「ブヒッ?」
仔ブタにも作戦を話してあったのだが……。
「もう忘れたの?」
「ブヒ」
「まあいいわ。アメリア帝国の様子が分からない。どのみち臨機応変に動くしかないんだから」
「ブヒ」
仔ブタがサラダボールに顔を突っ込んだ。
荷物の積み込みは昼までに終わらなかった。村人は一旦、昼休憩をとり、再び木箱の搬入作業に入った。その間、アズキが昼食を運んできてくれた。彼女は、荷物が積み終わったらすぐに飛行船が飛び立つ、と得た情報を教えてくれた。
ジルは風車小屋の窓から、荷物を積み込む様子をじっと観察していた。積み込みが終わり、ゴンドラのハッチが閉じられたら、風車小屋を出るつもりだ。
そしてその時が来た。荷物が積み終わり、ハッチが閉じられる。
「行くわよ」
ジルはトルガルを頭にのせて風車小屋を出た。ちょうど二人の獣人がゴンドラに乗り込むところだった。
それまで荷物を運んでいた村人が飛行船を遠巻きにするように立っていた。その中にダイーズがいて、肩の高さに腕を上げて握りこぶしを作って見せた。
「計画通りに進んでいるようね」
「ブヒ」
ほどなく飛行船の錨が巻き上がる。すると飛行船は風を受けて左右に揺れた。
――ブシュ――
耳慣れない音がする。タンクの弁が開き、気体が放出された音だ。
飛行船が浮き上がり、ゴンドラの左右のプロペラが回りはじめる。村人は飛行船に向かって手を振り、別れの挨拶をした。
高度を上げた飛行船が編隊を組む。
「ボクたちも出発だ」
ジルはトルガルにまたがった。
「見つからないように、低く飛ぶのよ」
「ブヒ」
ジルを乗せたトルガルが宙を飛び、神秘の森の上空に出る。それに気づいたのはダイーズの家族だけだった。
「右よ……」「もう少し右……」
ジルは頭の上を飛ぶ飛行船の位置を告げ、身体を傾けてトルガルに向きを変えさせた。まるで自分が箒にまたがって飛ぶ魔女になったような気分だった。股の間で仔ブタの羽がブンブン動き、股間がムズムズする。胸は冒険にワクワクし、頭は不安でヒリヒリしていた。
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