第35話

 マメの自宅へ向かう途中の集落は、どこも献上品準備の佳境に入っていた。村人はマメの姿を目にすると驚いて作業の手を止めたが、すぐに安堵の表情を作って作業に戻った。

「みんなホッとしているようね」

「ワシが行かなければ、代わりに誰かが行かされるケロ」

 冷めた返事にマメの絶望を感じた。

「村長は、若者は帝国に行ってみたがっていると言っていたけど」

「アメリア・ドリーム……。アメリア帝国に行って暮らすことをそう言うケロ。でもそれは、献上品の管理責任者ではないケロ。……アメリア・ドリーム、そう言って獣人たちは村人を誘うケロ。その誘いに乗って村を離れた者はいるけれど、帰って来た者は一人もいないケロ。村人は皆、獣人たちに騙されているケロロ」

「誰も戻ってこないのに、どうしてアメリア・ドリームなんて言葉が生まれたんだ?」

 クライヴが訊いた。

「家族に手紙やプレゼントが届くケロ。……ワシは元気に楽しくやっている。大きな家に住み、何不自由ない贅沢な暮らしができている。家族も出来た。それで戻ることができないので許してほしい。……手紙は、皆似たような内容らしいケロ。息子や娘を失った親は、それを信じるしかない。そうしなければ辛すぎるケロロ」

 彼女は淡々と話した後、「アァー」と太陽に向かって声を上げた。

「アメリア・ドリーム、ワシも信じてみるケロ」

 マメの顔に作り笑いが張り付いていた。彼女が覚悟を決めたのか、あるいはまだ村やクライヴに未練があってもがいているのか、ジルには分からなかった。ただ、彼女のために何かをしてあげたいと思った。

 マメの集落も献上品の箱詰めで誰もが忙しくしていた。そんな中、彼女を認めたダイーズが、仲間たちの手を止めさせないように声を押し殺し、驚きと喜びの感情を表情だけで幕発させていた。彼は無言で駆けてくると、ギュッと娘を抱きしめた。彼の後を追って、エダやアズキも駆けてきた。

「どこへ行っていたゲロ」

「悟りの部屋、……みたいな場所にいたケロ」

 オドオドした口調だった。

「悟りの部屋ゲロ?」

「風車小屋の最上階だ。村長に押し込められたんだ」

 クライヴが教えると、ダイーズやエダは目を丸くした。

「そんなところで何を悟るケロ?」

 アズキが訊いた。

「アメリア帝国、アメリア・ドリームのことケロ」

 マメの説明にダイーズとエダが瞳を潤ませた。

「村長も苦渋の決断だったのだろうゲロ。……すまんゲロ。ワシは……、ワシは……」

 二人は娘の運命を呪い、涙をぬぐった。

「お父さん、お母さん、悲しまないでケロ」

「しかし、マメ……ゲロ」

「もし今、怪我をしたら……。大病を患ったら……ゲロロ」

「……お役目から逃れられるゲロ。しかし、ゲロロ」

 二人は再び涙をぬぐう。その瞳に移るのは、マメの妹。アズキだ。彼女もまた涙していた。

「心配いらないケロ。ワシは行くケロロ。アズキを代わりにはしないケロ」

 マメはアズキの肩を抱いた。

 その時、イモの箱詰めをしていた村人が「ゲロゲーロ」と呼んだ。人手不足なのだ。マメのことがあるとはいえ、それは運命で決まっていたこと。それで彼らは、仕事から抜けることを許してくれなかった。

「すまんゲロ、今、行くゲロ!」

 ダイーズは応じ、家族に目配せした。

「ワシも手伝うケロ」

「いや、マメは管理責任者ゲロ。自ら働くことはないゲロロ」

「最後だから、一緒に働きたいケロ」

 マメたちは、クライヴとジルに礼を言うと仕事に戻った。

「最後だって……」

 ジルはマメの背中を目で追いながら、隣のクライヴに話した。

「ブヒ……」

 トルガルが切なそうに鳴いた。

「クライヴ、何とかならないの? 英雄でしょ?」

「俺にそんなことが分かるかよ。第一、英雄クライヴと名付けたのはジルだぜ」

「だからよ。英雄のつもりでいたら、英雄的な人間になるんじゃないの?」

「ハァ?……まったく、勝手だな」

 彼は呆れ、ゲストハウスに向かって歩き出した。

「ブヴヴブゥ(腹減った)」

 お決まりのようにトルガルが鳴く。

「俺も腹が減った」

「クライヴ、トルガルの話が分かったの?」

 ジルは驚いて訊いた。

「腹減った、だけは分かるようになった。もう百辺は聞いたからなぁ」

「門前の小僧というやつね」

「なんだ、それ?」

「知らなきゃ、いい。忘れて。それより、マメさんのことよ」

 ゲストハウスに戻ってからもジルは考え続けた。

 クライヴは違った。マメを閉じ込めたトロロを、村長なりの苦渋の決断だったのだろう、と言ったダイーズを「馬鹿な奴だ」と嘲笑した。

「良い人なのよ」

 ジルは弁護した。

「ただのバカだ」

「ブヒ」

「トルガルまで……。あの人たちは村長の権威を信じ切っているのよ」

「だからバカなんだ」

「前にも話したでしょ。この村では知識は村長一家に独占されているの。ダイーズさんが村長に逆らうことはできないのよ」

「フン……。考えたら分かるだろうに……」

 クライヴは、お好み焼き風の食べ物を自分で焼き、トルガルと食べた。

「男子は、よく食べるわね」

 そうして思い出した。かつては自分もがつがつ食べるブタだった。

 食べるのは良くても、食べられるのは嫌だ。何としてもマメを助けてあげたい。ダイーズはもとより、トロロにも迷惑にならない良い方法はないだろうか?……そうして思いついたのは、マメをアメリア帝国へ送り出し、役目を終えた後に連れ帰るというアイディアだった。

「……ムリよねぇ……」

 幸せそうに食べるクライヴとトルガルを見ると、胃袋がキリキリ痛んだ。

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