第33話
トルガルがぷっくりした鼻で地面を舐めるように歩いている。トロロの臭いを追っているのだ。
「マメが失踪したかと思ったら、今度は村長か」
クライヴが関心なさげにつぶやいた。
「まさか……」何らかの誘拐組織があるのではないか?……ジルはゲームの謎解きのように、犯罪を想像してしまった。
「不倫かな?……いやいや、マメが村長と、……ナイナイ」
「クライヴの想像力って……」頭のネジが外れているに違いない。……吐息が唇を割った。
――クンクンクン――
鼻を鳴らしたトルガルは右へ、左へと角を曲がりながら歩いていた。ジルには、仔ブタがどこに向かっているか見当がついた。トロロの集落の風車小屋だ。八角形のそれは他の集落の風車小屋より大きい。まるで代々続く村長が住む集落の権威を示しているようだった。
行き先が分かると先行したくなる。が、グッとこらえた。トロロが風車小屋に立ち寄った後、さらに別な場所に向かっている可能性があるからだ。
――クンクンクン――
トルガルは確実に風車小屋に向かっていた。周囲の畑では村人がバナナに似た黄色の果実を収穫している。彼らは稀にジルたちを見やったが、作業の手を止めたり、仲間と言葉を交わすことはなかった。そんな彼らを「まるでロボットだな」とクライヴが評した。
――クンクンクン――
臭いを嗅ぎながらクライヴが風車小屋の階段を上る。
「トルガル、村長はここに入った後、出ていないのね?」
念のために確認する。
「ブヒ、ヴヒヴ―ヒグーブブヒッブズヒ(うん、でも別の出口があるかもしれない)」
トルガルが観音開きの大きなドアの前で足を止めた。
ドアノブを引く。それはギギッと鈍い音を上げながら開いた。平和なこの村で、鍵のかかっているドアを見たことがない。
「誰かいますかー?」
中を覗いて驚いた。僅かな窓から指す自然光で照らされているのは、高い天井を一本の大黒柱と八本の柱が支える空間に、並んだ金属製の箱の列だった。一見すると業務用の冷蔵庫に似ていたが違った。小さなメーターやランプがいくつかついていて、ランプには青い光がチカチカ点滅している。
「コンピュータ?」
「いや、変圧器とバッテリーだろう。おそらく帝国から譲り受けているものだ」
忍者の子孫は機械にも詳しいようだった。
「入りますよー」
断って足を進める。
「ブヒブヒ……」
臭いを嗅ぎながらトルガルも進んだ。奥へ奥へと……。
バッテリーに挟まれた狭い通路を進む。行きついたところに階段があった。思いのほか幅が広く、勾配も緩やかだ。
柱をつなぐ太い
「なんか、既視感があるな」
クライヴが言った。
「アッ〝十各館の殺人〟の間取り図だ」
「そう、それだ。こっちは8角形だけど」
彼がポンと手を打った。
上から見る景色は壮観だけれど、並んだバッテリーの金属製の箱はクロロ村らしくないと感じた。
「ブヒ」
階段の行き止まりでトルガルが鳴いた。それはちょうど入ってきたドアの真上で終わっていた。小さな踊り場にはドアが一つだけあった。
「開けるぞ」
クライヴが言った。
ジルはうなずいて応じた。
――ギギギ――
蝶番がきしんで鳴いた。
二階は、一階よりやや狭かった。風車小屋は上部に行くにしたがって細くなっているのだ。床を貫通した柱の太さはそのままなので、空間を一層狭く見せていた。3か所の窓から光がさしていて、住むのにはよさそうだ。
「居住スペースか?」
家具らしいものはベッドが二つだけで、青人たちの住まいのようなキッチンや冷蔵庫はなかった。ただ一つあるドアは、洗面所のものだ。部屋全体はきれいに掃除がされていて、床板にも足跡一つ残っていない。誰かが住んでいるとは思えなかった。
階段があって、それは天井まで伸びていた。そこにあるのは踊り場ではなく、ハッチ式の出入り口だ。その向こう側で機械が唸る鈍い音がした。
「誰もいないね」
「上か?」
クライヴが尋ねると「ブヒ」と仔ブタが応じた。
「こんなところで村長は何をしているの?」
「俺が知るかっ」
そう言って、彼は上に続く階段に足を乗せた。
「ブヒ……」
トルガルは先導を止めてジルの頭に乗った。
トントントンと軽やかなリズムを打ってクライヴが上っていく。その階段は一階から続いたそれより急だった。
「ヨッ……」
上部まで上った彼はハッチを押し開けた。――グオーン――ストレートな機械音が鼓膜を襲った。ジルは思わず耳をふさいだ。
「発電機だ」
クライヴが3階の床に上った。
そこは風車が固定された機械室で、風車から伸びた発電機が唸りを上げていた。太いケーブルが壁の内側に伸びている。
部屋全体が風向きにあわせてゆっくりと旋回していた。窓は小さなものが一つ。とても暗い。
「村長は……?」
「いない」
彼が短く応じた。
「ブヒッ……」
トルガルが飛んだ。
「ン?」
ジルは仔ブタの行き先に目をやった。機械室の天井にもハッチがあった。
「外に出られるのだろう。風車の修理も要るだろうからな」
クライヴが物知り顔で言った。
「ブヒ……」
ハッチの下で仔ブタが鳴いた。
「あの先に村長がいるのよ」
「ブヒ、ブヒ」
「しかし、階段がないぞ」
「きっと、ハッチの向こう側に収納されているのよ」
「縄梯子かなにかだな」
彼は周囲に目をやった。何か道具はないかと探しているのだ。
「トルガル、私たちを乗せて」
「ブヒヒ」
「二人は無理だろう」
「一人ずつ、順番で」
「ブヒ」
下りてきた仔ブタはクライヴの股に頭を突っ込んだ。
「こそばゆいなぁ」
トルガルに乗った彼がハッチに向かって飛んでいった。
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